裁き
ラフタリアがビッチの背後に現れて剣を振りかぶった。
ガキンと咄嗟に振り向いたビッチとラフタリアは鍔迫り合いになる。
おそらく、吹き飛ばされた幻影に、もう一つの幻影を重ねていたのだと思われる。
「道端の小石がいつまでも自己主張して!」
「勝手に人を小石扱いするなんて……それが人の上に立つ者の言葉ですか!」
問答を繰り返しながらラフタリアとビッチは鍔迫り合いを続ける。
ビッチの剣は高価なものであるはずだ。なのにラフタリアの剣を折ることが叶わない。
単純に技量でラフタリアが上回っているのか分からないが、早く助けに行かなければ。
「まだ、俺は倒れちゃいねえ!」
セルフカースバーニングを受けて蹲っていた元康が起き上がり、俺の前に立ちはだかる。
「大火傷を負っているじゃねえか。そんな姿で勝てると思っているのか? 俺も随分と舐められたもんだな」
遠慮の無いセルフカースバーニングをその身に受けた元康には相当のダメージが入っているはず。
現に足取りが若干怪しい。
「この程度、回復魔法を掛けてもらえば造作も無い」
「掛ける奴がいるのか?」
元康が何の魔法を使えるかは知らない。
見ると、ラフタリアに一突きされて重傷を負った仲間に、もう一人の仲間が必死に回復魔法を使っている。
残ったビッチはラフタリアと鍔迫り合いをしていて、それ所ではない。
「フィーロも忘れちゃダメだよー」
「フィーロ!? お前、大丈夫なのか?」
憤怒の盾を出しているとフィーロは暴走するはず、なのにフィーロは特に暴れる気配がなくなっている。
憤怒の盾は別の盾とは別格なのかグロウアップしてから常時、憤怒の盾Ⅱの力を維持している。だから竜の憤怒、咆哮に眷属の暴走は追加されたままだ。だから憤怒の盾の1とでも言うのだろうか、フィーロが暴走しないようにと意図して変化を抑制……は失敗したのだが。
「なにがー?」
見るとフィーロの頭羽……アホ毛が淡い光を放っている。
「なんかねー体が凄く軽くなったの」
フィーロを覆う黒い炎が力を与えていて、白いフィーロの四肢が黒く染まっている。
それでもフィーロ自身に何も侵食が起こっていないという事は……。
フィロリアルの女王、とんでもない褒美をくれたものだ。
『力の根源たる私が命ずる。理を今一度読み解き、彼の者等を治せ』
「アル・ツヴァイト・ヒール」
重傷を負った仲間に回復魔法を掛けていた奴が長い詠唱の末に回復魔法を発動させた。
範囲回復、その手があったか。
「助かる!」
だがな……元康、お前は一つ大きな思い違いをしているぞ。
回復の光が元康と仲間に降り注ぎ、傷を癒す。
「よし……あれ?」
元康を癒していた回復魔法は元康の期待よりも大きく下回っていたのだろう。元康の奴、首を傾げた。
「回復魔法一つで完治できるような攻撃だと思ったか? 残念だったな。こういう手もあるんだ」
これは滑稽、セルフカースバーニングの副次効果は傷の治りを遅くさせる呪いだ。
回復魔法の効果が期待よりも大きく下回る。
「勝敗は決したと思うがな」
戦線に復帰した仲間がラフタリアに向けて魔法を唱えだす。
「フィーロ」
俺はラフタリアの援護をするように指示を出す。
「はーい!」
暴走する力をコントロールに置いたフィーロの動きはさっきよりも遥かに早い。
鍔迫り合いを双方やめ、ラフタリアが剣で防御の構えを取ろうとした所にフィーロは駆けつけて魔法を片手で弾き飛ばす。
「まだだ!」
元康が懲りずに俺に向けて槍を放つ。
「エアストジャベリン!」
投擲された槍が俺に向けて飛んでくる。
「喰らうか!」
俺は飛んでくる槍を掴む。
ガキンという金属音が掴んだ手から響く。
俺が槍を完全に掴んで威力を消すと、槍は元康の手元に瞬間移動した。
投擲スキルか……確かに遠距離からの攻撃だとセルフカースバーニングは発生しない。
一度見ただけでそれを理解するとは、腐ってもゲーマーだな。
「俺は……俺はここで負けるわけには行かないんだ。ここで負けたらメルティ王女も、ラフタリアちゃんやフィーロちゃんも盾の悪魔の物になってしまう」
……ここまで来て正義を確信しているコイツにはある意味、賞賛の感情が浮かんで来る。
というか、何で俺が悪役の様な扱いを受けているんだ。
まさか、元康には俺がゲームでいう中盤のボスの様に映っているのか?
なんという不愉快な扱い。誰がボスキャラだ。
「絶対に、助けるんだ」
「女好きの道化もここまで来ると、哀れだな」
洗脳なんてしていないというのがわからないのか。
この執念をもっと別の所に向けられれば良いのに……もったいない。
「く……」
決定打を俺に与えられない。フィーロに仲間が蹂躙されかかっている。
そこまで考えて、まだ闘志を失わない精神は、確かに勇者だ。
だが、盲目的に自身の正義を主張し、身内を疑わないというのはどうだ。
「諦めろ、お前は俺達に勝てない」
その味方が実は全ての黒幕だというのを知らない。
ここで後顧の憂いをしてやるのも一興かと思いつつ、メルティに目を向ける。
既に勝敗は決したのにも関わらず、必死に檻を破壊しようと魔法を唱えている。
自身に暗殺を企てただろう姉が今、やられようとしていると言うのに健気なものだ。
……殺してやりたいと言う感情は多大にある。
だけど、俺の無実を証明する為にはここで殺すわけには行かない。
殺すには俺の無実が証明され、あのクズをどうにかしてからでなければ、ならないだろう。
そうでなければ、俺はあのクズと同格になってしまう。
気に入らない相手には身内であろうとも犠牲にし、手を緩めない。
そんなので良いのか?
否、俺は無実を証明してみせる!
「まだだ……まだ俺は負けられないんだぁあああああああああああああ!」
元康の奴、玉砕覚悟で槍を俺に向けて突撃してくる。
次の一手で決め――
決める直前に場違いな音が響く。
パチパチと変な所から拍手が聞こえてくる。
「いやぁ……さすがは槍、とても強い意志ですね。良い足止めでしたよ」
直後に強大な魔法のプレッシャーが辺りに充満する。
ピクリとフィーロは全身の羽毛を逆立てて、ラフタリアに手を伸ばす。
「え――」
「メルちゃん!」
「キャアアアアアアアアアアアアア!」
「ウワアアアアアアアアアアアア!」
「わ、私は王女よ、魔物風情が何の権威があってそんな無礼を――」
「な、フィーロちゃ――ふべ!」
そして迷い無く、ビッチや元康、その仲間を俺の足元に蹴り飛ばし、高速魔法を駆使して俺の足元に来る。
フィーロを初めとした敵味方が全員俺の足元に集まった状態だ。
「ごしゅじんさま! 全力で防御!」
「い、いきなり――」
「いいからはやく! 上に多重展開!」
「くっ! わかった!」
フィーロの剣幕に押され、咄嗟にシールドプリズンを張り、エアストシールドとセカンドシールドを発生させる。
プリズンが出現すると同時だっただろうか、空から巨大な光の柱が俺達に向けて降り注いだのは。
「ぐう……」
ズシンと体の芯から響く重い攻撃だった。
ファストヒールを唱えつつ、耐え忍ぶ。
強固な状態のエアスト、セカンドシールドが一瞬で弾け、シールドプリズンで辛うじて持ちこたえる。
バキンという音が響き、俺はみんなを守る為に盾を空へ掲げた。
プリズンも破壊され、光が俺に降りかかる。盾の防衛範囲が目に見えて分かる程の分厚い光だ。
俺の足元に転がる奴等を包むようにフィーロは羽毛で押さえ込む。
「うぐぐぐううううううう……」
目減りするように俺の体力を光が削っていく。
「もう少し……終わった!」
光が突如消え失せ、俺は盾を上に構えるのをやめる。
同時にフィーロも立ち上がって、羽毛に隠していたみんなを放り出す。
辺りは……焦土と化していた。
密林のようだった田園地帯は見るも無残に俺を中心に隕石が落ちたかのようにクレータができている。
敵の魔法の余波を受けたのか、クレーターの外でうめく村人達がいた。
攻撃の余波を受けてしまったのだろう。
「こ、これは一体……」
「おやおや、これは盾の悪魔。さすがに高等集団合成魔法『裁き』を受けて平然としていますか」
声の方を見ると、以前城下町の教会で俺を出迎えた神父がやんわりとした微笑を浮かべながらそこに居た。後方には何十人もの教会関係者らしき連中。他に騎士も混じっている。
「お前は……!」
そして神父は忌々しそうに俺達、そして元康達を眺めた。
援軍では無い?
いや、あの一撃は確実に元康達も巻き込む物だった。
これは……。
「これはこれは、自己紹介が遅れましたね。私は三勇教会の教皇です」




