伝説の神鳥
第二王女をメルティと呼ぶ様になってから数日。
シルトヴェルトとは真逆の方向へ向かっている事もあり、俺達の進行はフィーロのお陰で相当な物となっていた。
それはさて置き。
最近、野生のフィロリアルと非常に多く遭遇する。
夜になると深夜でも狼の遠吠えみたいに遠くで鳴いていてうるさい。
この辺りはフィロリアルの生息地なのか?
そんな疑問を抱きながら迎えた野宿での事。
夜も深くなり、そろそろ寝ようかという時に事は起こった。
「「「グアー!」」」
「フィーロ、騒ぐな」
「フィーロじゃないよ」
かなり近くで聞こえたような気がするが、こんな鳴き声を出すのはフィーロ以外にいるのか?
また遠くで野生のフィロリアルが騒いでいるんだろうか。
「あの……ナオフミ様? フィロリアルの鳴き声が多く聞こえるのですが」
気が付いたら遠くだった鳴き声が結構近くで聞こえてくる。
「そういえばそうだな。フィーロ、近くに何匹いるか分かるか?」
「わかんない」
「じゃあ遠いのか」
「ううん。いっぱいいる」
「何?」
俺達は顔を引きつらせながらフィーロを見る。
「警戒しろよ!」
「だって、みんなでそっちにいくよーってずっとフィーロの所へくるって言ってるんだもん」
「この鳴き声、お前に語りかけてたのか!」
「うん」
頷きやがった。大量のフィロリアルの鳴き声に嫌な汗が滲んで来る。
四方の茂みがガサガサと揺れ、明かりの届かない場所にはフィロリアルくさいシルエットが蠢いている。
「どうなってんだこれ!」
「わぁ……フィロリアルがたくさん!」
メルティの奴、瞳を輝かせてフィロリアルを見てる。
「あのな、メルティ。お前に大事な事を教えるから良く聞け」
「なに?」
「フィロリアルは雑食だ。俺やフィーロは大丈夫かもしれないが、ラフタリアやお前は襲われたら食われるかもしれないぞ」
「何を言ってるのよナオフミ。フィロリアルは優しい魔物なのよ。そんな事するわけ無いじゃない」
ここに来て純粋な面が悪く働いているな。
「くそぉ……女王に会うために隣国へ行かねばいけないのに野生の魔物にやられましたじゃ冗談みたいな展開だぞ」
もはや隠れると言う事すらしなくなったフィロリアル達は俺達を囲んでいる。その総数は計り知れない程だ。
闇の中で光るフィロリアルの目が、数えるのも嫌になるほど存在を主張している。
見渡す限り、フィロリアルの群だ。
一体何が起こったんだ?
考えられる可能性としては、フィロリアルの縄張り争い。
しかしフィーロは縄張りの概念を理解できない飼いフィロリアルだ。
極端な成長をしてしまった上位個体として認識され、脅威と思われている……からこうして来たのか?
だけど、フィーロの所へ来ると鳴き声で信号を発していたらしいので違うとも思える。
となると……フィーロを縄張りの主、さしずめスカウトに来たのか?
これはかなりしっくり来る可能性だ。
よし、これで行こう。
「フィーロ、コイツ等を導いて幸せになるんだぞ」
「いきなり何を言っているんですか、ナオフミ様!」
「フィーロちゃんが行っちゃうの!?」
「しょうがないだろ。コイツ等はフィーロを迎えに来たんだ」
「そうなの!?」
「ごしゅじんさまとお別れ? やー!」
フィーロの奴、今更になって事態を理解しやがった。
だがもう遅い。ここでフィーロを捧げなければ俺達は大量のフィロリアルに襲われて一網打尽だ。
「俺達の為、コイツ等の為に頑張れよ。フィーロ」
事態が解決したら新しいフィロリアルを買うとしよう。今度はうるさくないと良いな。
「やー!」
等と問答を繰り広げていたら。
「「「グアー!」」」
フィロリアルの群がまるでモーゼの十戒のワンシーンのように二つに分かれる。
なんだ?
「グアー!」
その先には一匹のフィロリアルがこちらに向けて悠々と歩いてくる。後ろには何か豪華な馬車を引いて。
……馬車の上に何か宝石が嵌っている。
なんか見たことがある宝石だな……何処で見たのだろう。
と、不意に盾を見る。
すると馬車に施された宝石と同じ形の宝石があった。
「「「グア!」」」
その、馬車を引くフィロリアルにフィロリアルの群は敬礼して頭を下げる。
ゴトゴトと馬車を引くフィロリアルは俺達の前に来て止まる。
「わぁ……すっごいカッコいい。うらやましいー」
フィーロが目をキラキラさせて馬車を見ている。
俺は嫌だぞ。あんな成金馬車に乗るの。
あんなのに乗っていたら何を言われるかわかったもんじゃない。
「グア!」
馬車を引くフィロリアルを繋いでいた綱が勝手に外れ、前に出てくる。
別のフィロリアルが馬車を後方に下げた。
「なんだ? 何が起こるんだ?」
「グエエエエエエエエエエエエエエエエエ!」
馬車を引いていたフィロリアルが大きく鳴くと周りの植物が緑色に輝き、風が巻き起こる。
「あ……結界が張られてる!?」
「結界?」
メルティが驚きの声を上げた。
「うん。少し明るくなったからナオフミも見えるんじゃない? 遠くに霧みたいのが立ち込めているでしょ」
俺はフィロリアルの群の先に目を向ける。
すると濃霧のようにその先が見えない。
「あれは凄く高位な迷いの聖域タイプだわ」
「なんだそれ?」
「迷いの森っていう伝説が息づく森があるの、そこには古の勇者の時代に集められた武具が眠っていると言われているわ。だけどそこには人を近寄らせない魔法の霧が立ち込めているんですって」
「よく知っているな」
「母上が伝承が好きで迷いの森に行った事があるの。その時の霧と全く同じものがあるんだもの。驚いたわ」
というとあれか? 今ここで逃げ出しても逃げられないとかそんな奴か?
「あの霧に入ると何時の間にか戻ってきてしまうの……きっと私達はフィロリアルの聖域に足を踏み入れてしまったのだわ」
メルティの奴、なんかウットリしてる。
そういえばコイツはフィロリアルが大好きだからなぁ。夢が叶ったような心地なのだろうか。
「今はそれ所じゃねえだろ!」
草木が輝いて昼間のような明るさになっている。
一体何が起こるんだ?
見ると馬車を引いていたフィロリアルが黒いシルエットになり膨れ上がっていく。
でかい……。
ぶくぶくと膨れるシルエット。おそらく、変身しているのだろうが、フィーロの変身なんて目じゃ無い程の大きな変化だ。
最初の見た目は普通のフィロリアルだったのに、今では6メートルはある。
そして……9メートルくらいまで大きくなった所で止まった。その姿は魔物の姿のフィーロ。フィロリアル・クイーン(仮)と殆ど同じだ。
「わぁ……おっきい」
メルティが興奮を隠し切れない様子で呟く。
白と桜色のフィーロと比べて、そのフィロリアル・クイーンは白と空色だ。
大きな違いはフィーロの頭に無い王冠のような飾り羽だろう。
「クエエエエエエ!」
鳴き声だけでも空気が振動して骨にビシビシと響く。
「うん。うん。分かった」
フィーロが何度か頷いて俺達の方を向く。
「えっとね。人間の来訪者の者達よ失礼する。だって」
フィーロが何やら相手の言葉を翻訳して俺達に話す。まあ、同族だから会話ができるのは当たり前か。
「私も権威と古の誓約があるので安易に人の言葉を話すわけには行かない。承知して欲しい。だって」
「……まあ、そこは良いけどさ。俺達に何の用なわけ?」
「クエエエエエエ!」
「まずは自己紹介からしましょう。私はフィロリアルの女王である。古き名はフィトリア。だって」
「フィトリア!? ソレって伝説のフィロリアルの名前」
メルティが驚愕の表情で言い放つ。
「そこに居るのは盾の勇者とその一行でよろしいですか? だって」
「あ、ああ……」
「いきなりの訪問、失礼します。少々用がありましてこちらから来ました。だって」
「な、なんの用なんだ?」
見上げる程の大きなフィロリアルなので首がちょっと痛くなってくる。
「クエエエ」
「えー……やだー」
フィーロが露骨に嫌な顔をする。一体何を話しているんだ?
「クエエ!」
「ホント!? うん。分かった」
「何を話していたんだ?」
「えっとね。フィーロの実力を知りたくて来たんだって、で、フィーロと戦って欲しいんだって」
「フィーロだけか?」
俺の問いにフィトリアはコクリと頷く。
「でね。戦ったら良いものをくれるんだって」
「殺し合いとかじゃないんだよな?」
フィトリアはまた頷いた。女王に会わなければいけないこの忙しい時に……なんていうか別の女王と会っちまったって感じだ。
「……良いんじゃねえの?」
「クエエエエエ」
「盾の勇者に願いを聞き届けられて感謝を申し上げます。だって」
何とも面倒な会話だ。話せるのなら最初から話せば良いと言うのに。
フィトリアが翼を広げると周りにいたフィロリアル達が後退して大きな輪を作る。
「クエエエ」
「では勇者一行も下がってください。だって」
「はいはい」
俺はラフタリアとメルティを連れてフィロリアルの輪の端まで下がった。
「クエエエエエエ!」
「いくよー!」
フィーロは魔物の姿に戻って、フィトリアに向けて駆け出した。




