血狂いリス
「さて……マルドみたいな態度で腹立たしいですので死んでください」
「は? ハ――!?」
スタン! っと樹が矢を放ち、騎士の胴体がぶち抜かれましたぞ。
「こ、こんな……馬鹿な――こいつは、賞金首の――」
「ええ、誰が語ったか貴族殺しの血狂いリスとは僕の事ですよ」
スタスタと馬車から降りて倒れる騎士に不敵な笑みで樹は答えていましたぞ。
「あ……殺さずに生け捕りにして拷問した方が良かったですね。腹立たしい顔だったので力を籠め過ぎました」
先を越されてしまいましたぞ。
俺が活躍する所を樹に出番を取られました。
「ああ……うう……」
婚約者が唖然とした表情でお義父さんと樹の顔を交互に見ております。
「いや……あのさ」
「何ですか? 別に人助けをしたくてした訳じゃないですよ? 騎士が自国の姫に刃を向けようとしてあの場で魔法まで使おうとした。生かしておいても碌な事にはなりません」
俺が言ったような事と似たようなセリフを樹が言ってますぞ。
「め、メルティ様!」
エクレアが青い顔の婚約者に声を掛けてました。
「カワスミ殿!」
「これでこの世のゴミがまた一つ消えましたね。清々しい気分です」
「あー……もう」
お義父さんがここで顔に手を当ててましたぞ。
樹、いくら何でも手が早すぎませんかな?
「ヒヒィイイン!?」
戦闘を察知して馬車の馬たちがそのまま走り去ってしまいました。
「あー待てー」
「捕まえてくるよー」
「任せてー」
フィロリアル様が婚約者と騎士共が乗って来た馬たちを捕まえに行ってくれましたぞ。
「ご無事でございますか!?」
エクレアが婚約者に声を掛けると婚約者は怯えるような顔をしてましたぞ。
「メルちゃん大丈夫?」
フィーロたんも心配して声を掛けると、婚約者はホッとしたように一度深呼吸をしましたな。
それからフィーロたんは死んだ騎士共に顔を向けて。
「メルちゃんに攻撃しようとして先に阻止されるってどんな気持ちーねえねえ教えてー?」
「え……」
婚約者がドン引きしてますぞ。
フィーロたん!?
さすがに俺もこんなフィーロたんは困りますぞ!
「ラフミ!」
「ラフミちゃん! フィーロちゃんにこれ以上変なことを教えるのやめてよね! 本当に! 死んでる人に追い打ちまでしてるよ! フィーロ、それはだめな事だからね! ホラ、お姫様が困ってる」
「えー? ダメなんだー? わかったー」
「良いじゃ無いですか。魂って代物があるのなら追い打ちは効果がありますよ。実にザマァ無いです。悪霊となって出てきたらしっかりと処分してあげますよ」
「樹……本当、君は変わったよね。リーシアさんとエミアさんにどうにか癒して貰って元に戻って貰えないかなぁ……」
と、お義父さんは実に深くため息をしてますぞ。
「ルナ、離せー!」
「ダメ、アマには刺激が強すぎる」
尚、錬はドン引きして唖然としている間にルナちゃんに捕まって羽毛に埋もれてますぞ。
ともかく、フィーロたんはサクラちゃんと同じく婚約者に騎士共の死体を見せない様に視界を遮っては居ますぞ。
ですがラフミの煽りをフィーロたんが続けるのは困った事なのですぞ。
さすがのフィーロたんもこんな事を常時言いませんぞ!
「えっと……まずは王女様、落ちついて聞いて下さい」
「は、はい」
「どうやら君を連れてきた騎士達は何かの陰謀を画策していて、俺達諸共君を殺そうとしていたと見て……良いよね?」
メルロマルクに留まった際のお義父さんと同じやり取りですな。
「もちろん、根拠も無く言っているつもりは無いよ? 盾は悪と決まっているとか、凄くワザとらしく姫を人質にしたとか騒いでいたからね。何なら君を送り届けたっていい。俺達は君を誘拐する気も無ければ国を滅茶苦茶にする気も無い」
見覚えのある光景ですぞ。
ですがあの時よりも守りは完璧ですな。
エクレアやワニ男が近くで守っていましたからな。
「あの手この手でイワタニ殿を嵌める手立てを画策する……まったく、嘆かわしいとはこの事だ」
「国内の兵力が随分と減っているにも関わらず、こんな真似をして……国を滅ぼしたいのかと思う程だ」
「それだけ根深いという事なのかもしれんが……父上の活動は無意味だったというのか」
「これも両国が良くなるための膿を出す最後の試練と思いましょう。セーアエット様もお望みのはずです」
エクレアが嘆く姿にワニ男がそっと肩に手を添えてますぞ。
「……そうだな。私がここで諦めては父上も浮かばれん」
お義父さんがそんなワニ男とエクレアの様子に少しばかり微笑を浮かべていますな。
きっと良い関係と思っているのですぞ。
「どうやら勇者様方と父上の和解をして貰うはずが災厄をもたらしてしまったようです」
「気にしなくて良いよ。君だって被害者なんだ」
「……ありがとうございます」
「それで……女王様から願われた訳だけど、どうしたら良いかなー……」
お義父さんは俺とラフミの方へと視線を向けましたぞ。
ふむ……このままメルロマルクに留まった時のように動いて良いのですかな?
今回は善行をしていないので国内で革命が発生するような事は無いと思いますぞ。
となると最初の世界かそれよりも国内評価が悪い状況なのでメルロマルクがお義父さんを害する環境は整ってしまっていますぞ。
「はい。私は母上に父上と勇者様方の仲を取り持つように命じられてきました。ですが、このような事態になり誠に申し訳ありません」
しかしまー……婚約者は出会った頃は本当、借りて来た猫みたいな所がありますぞ。
赤豚もある意味、猫を被るという所では同じですぞ。
そういった意味で婚約者は間違いなく赤豚の妹ですぞ。
と、思っているとこれまで出会った婚約者たちが揃って心外だと怒っていますな。
事実ですぞ。
「それは良いよ。ただ、君のお父さんとは仲良くするのは正直無理だと思う。俺達は戦争に加担する気も無いし、勇者の本分である波に挑む事に集中したいだけなんだ。それをわかってくれない限りはね……」
「……ですね。今回の問題は父上と姉上は元より、国に非があると私も思います。無事に城に帰還した暁にはそう提案いたします」
「ただ……このまま君を城に送り届けて大丈夫?」
「無理じゃ無いですか? 暗殺されるのが目に見えてますよ。尚文さんは盾の勇者ってだけで憎悪されてますし、元康さんも嫌われてます、で僕はこんな姿ですし……錬さんだって……」
という所でルナちゃんに抱きかかえられて羽毛から顔を出された状態の錬にみんなの視線が向かいますぞ。
「なんだ!? 何を話してたんだ? ルナに絡まれた所為で聞いてなかったんだが!?」
錬はそれ所では無かったのですぞ。
「ラフミちゃん、錬に化けて送り届けるのはどうかな? 国内の評判良いし守ってくれるよね?」
お義父さんや俺は論外、樹は仲間たちの所為で評判が悪くなりましたからな、必然的に国内で活動して有名になっているのは錬……の影武者として活動しているラフミなのですぞ。
「ふむ……面白いな。やってやっても良いぞ? 私も色々と手を思いついたのでな」
ラフミがニヤリと笑った所で周囲のみんなが眉を寄せますぞ。
「かえって不安になってきた。何をしでかすつもりなんだろ」
お前に任せるのは非常に不安でしょうがないのですぞ。
一体何をしでかすつもりですかな!
そんな訳なのかわかりませんがラフミがどうやら錬の仲間たちに召集をすることになったのですぞ。
ああ、騎士共の死体は速攻で処理して証拠は隠滅しましたぞ。
樹も生け捕りにすれば口封じにシルトヴェルトに送れるというのにここぞという所で殺すのは問題ですな。
脳内でお前が言えることか! と声が聞こえる気がしますが間違いですぞ。
俺は分別がついてますぞ! ドヤ! ですな。
「俺の経験則ですが、このまま悠長にしてると証拠も無いのに婚約者は行方不明でお義父さんは指名手配になりますぞ」
「時間が大事って事だね……とはいえいきなりメルティちゃんを城に戻したらどうなるかわかったんもんじゃないし……フィーロと仲が良くなってるみたいだから護衛に一緒に行って貰えたら良いかな?」
「そうする予定だが、ついでにアゾットの仲間も一緒に居れば良いだろう?」
近場に居るのですかな?
等と思っていましたがラフミの招集で錬の仲間たちが集まるようですぞ。
婚約者は次の襲撃が来ない様にと馬車で休んでもらっていますぞ。




