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4.相手は女の敵



「嫌です、お父様! 生涯の伴侶なんて……私、絶対にあの方と結婚なんてしたくありません!」


「結婚したくないというのは私としては嬉しい……おっとと」


 鋭い眼光でネリーに睨まれたリシャールは、肩を(すく)めた。そして、かたくなになっている娘に優しげに声をかけた。


「祝福は、顔と名前が一致している相手にしか起こらない。カロリナは、自分が押し倒した相手が誰か、知っているね?」


 父の言葉に、身体をぴくりと反応させたカロリナは、恨みのこもった声で呟いた。


「……フェルナン・ノワゼット侯爵です」


 カロリナは記憶を呼び起こす。

 意識が戻った時に近距離で見た、燃えるような赤髪。きつくすがめられる碧い眼。

 混乱して、押し倒したことのはしたなさばかりで頭がいっぱいだったが、相手は誰かすぐに分かっていた。

 ――フェルナン・ノワゼット侯爵。貴族女性に軽々しく声を掛けては、その気にさせて手酷く捨てるという、女をもてあそぶ女の敵。

 あの夜会の時だって、世間話で彼の話題が出たのだ。いつも話す仲間の一人が彼に声を掛けられたからと、見つけて自分から話掛けたところ、鋭い目付きで知らぬと言われたと嘆いていたのだ。

 そんな男は、例え優良物件の若手独身侯爵だろうと、カロリナは絶対に願い下げだった。


「ああ、ノワゼット侯爵か」


「私、あんな女性をいたずらに扱う殿方は嫌いです。例え我が家の祝福でも、それは譲れません。結婚なんてできません」


 困ったような顔を向けるリシャールに、カロリナはぷいと顔を背けた。

 嫌っているパターンか、とぼそぼそとリシャールは呟き、苦笑いする。


「まあ、構わないよカロリナ。シトロニエ家が婚約者も決めず、結婚相手の身分も問わないのはシトロニエの祝福があるからだが、なにも必ず祝福相手と結婚しなくてもいいんだ」


「ほ、本当ですか!」


「ただ。祝福に逆らった者で、上手くいった者はいないけどね」


 喜び勇んで立ち上がろうとしたカロリナは、続いた言葉にすとんと腰を落とした。

 じゃあ、と父を睨む。


「それなら、私が王太子殿下の婚約者候補というのは、どういうことですか?」


「王家はシトロニエの祝福を知っている。カロリナが殿下を押し倒していたら、カロリナが王太子妃だったよ。そういう約束だった」


 カロリナはくらりと目が回った気がした。

 ノワゼット侯爵を押し倒してしまったのは最悪という他ないが、だからといって相手が王太子ならばよかったのかというとなにも言えない。

 リシャールは、顔色が悪い娘を同情するような面持ちで見つめる。


「カロリナ、気持ちはわかる。代々のシトロニエ家の者も、祝福があったと言われて素直に納得した者はあまりいなかった。だから、彼らは様々な手段をこうじてみた。結果として間違いないと分かったことは、シトロニエの祝福か選んだ相手とは、どんな相手だろうと上手くいくということだ」


 カロリナは聞きたくないと言うように、首を横に振った。


「でも、きっと、あの酷い侯爵は私が殿方を押し倒すような女だと、噂を流します!」


「そんなことはないと思うけどねえ。まあ、ひとまず、ノワゼット侯爵に会いに行きなさい。祝福にあった者は、まず相手に会うに限る」


「いや、そんな!」


「じゃあ三日後にしようか。こちらから伺いを立てておこう」


 呼び鈴を鳴らして、やってきた家令にリシャールは軽く言付けすると、家令はうやうやしく礼をしてすぐに退室した。


「さて、カロリナは部屋に戻りなさい。とんでもないことをしでかしたわけではないから、安心して、部屋にこもらずちゃんと生活するんだよ」


「そうですよ、カロリナお嬢様。侍女のララなんてとっても心配していたのですから!」


 来る時と同じくネリーに引き上げられたカロリナは、いや、とこぼす。


「カロリナ」


 名前を呼んだ父を泣きそうな顔で見返せば、カロリナが一番大好きな笑顔を向けていた。


「大丈夫。祝福の内容が内容だから、相手の心象はだいたい悪いけれど、シトロニエ家の者は容姿に優れた者が多いから。頑張るんだよ。お父様は、カロリナの幸せを一番に祈っているからね」


 手をひらひらと振ってくる父に、カロリナは馬鹿と叫びたくなったが、無情にも口を開く前に扉が閉まる。

 ずるずるとネリーに引っ張られるカロリナは、ちょっと仕返しをしたい気持ちで、唇を尖らせて不機嫌に聞いた。


「ねぇ、ネリー。お父様だってシトロニエの祝福があったのでしょう。どんなのだったの」


「リシャール坊ちゃん……でなくて、旦那様ですか。ええ、ええ、それはもう旦那様の時は大変でしたよ。旦那様の祝福は抱きしめるものでしたが」


 なんだたいしたことないじゃない、とカロリナはこっそり悪態をついたが。


「奥様を抱きしめた時、奥様が悲鳴を上げましてね。まあ、まあ、本当に不審者相手に上げるような悲鳴で。今でも奥様が何度謝っても、旦那様の心の傷として残っているそうで」


 少し父に同情したカロリナだったが、やはり急な面会の手続きは簡単には許せなかった。




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