表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/31

閑話 男同士の話し合い②

 


「その手紙の原因なら、そこにいるジャンがカロリナ嬢のある秘密をあばいたせいだ」


「おい待て、人聞きが悪いぞ。俺は暴いたわけじゃない。偶然気付いたんだ」


「暴いた……? まさか、押し倒したことがムロン男爵に知られたと?」


「君も、知っていたのか」


 驚きに目を見張るフェルナンは、しかしすぐに気まずそうに視線を落とす。

 デジレとフェルナンの間に、ジャンが割って入る。


「確かに少しきつめのことはカロリナ嬢には言ったさ。でもこいつ、手紙の返信に鈴蘭一本と幸せを願うとメッセージ付きで送ったんだ。どう考えても別離の合図だろ、君の姉上が落ち込んだのはきっとこいつの返信のせいだ」


 一本の鈴蘭という言葉で、カロリナの部屋に打ち捨てられていた一輪の鈴蘭をデジレは思い出した。萎れる鈴蘭がまるでカロリナのようで、耐え難くすぐに花瓶に挿したが、その解釈はあながち間違ってなかったらしい。

 フェルナンは沈黙を守っている。デジレは彼に向かってゆっくり口を開いた。


「何故、幸せを祈るだなんて。祈るではなくて、そうしてくれれば良いのに。舞踏会も、その準備から、姉はとても幸せそうだったのですよ。侯爵なら、姉を幸せにできるのに、どうして。あんなに姉は、侯爵が」


 叫ぼうとしたところで、急に口が手でふさがれる。なんだと目を手の主に向ければ、ジャンが首を横に振る。口を塞ぎながら、ジャンはデジレを引っ張って、フェルナンに声が聞こえない距離まで移動した。


「な、なんですか、いきなり!」


 口が解放されたデジレはもちろん怒るが、ジャンは静かに、と小声で言う。


「弟君。一旦抑えて」


「しかし!」


「姉上があいつを好きだって言いたいんだろう。わかるよ、俺だってどれだけ言いたかったか。俺も、フェルナンには幸せになって欲しいんだ」


 ジャンの言葉で、デジレの中の怒りがすっと引く。

 彼はジャンに顔を寄せると、同じく声を潜めて口を開く。


「それは、やっぱり侯爵も……。私から見ても、姉は気付いていないようですが、明らかに侯爵が好きですよ」


「揺すってみてもまだ気付いていないか……。こちらだってそうだ。本人たちだけが気付いていないんだよ。俺たちが外から伝えるのは簡単だけど、気付かせないと今後のためにならない」


「今後……」


 ふと、カロリナがフェルナンを押し倒した最初の頃に、彼と結婚がどうこう言っていたことが思い出された。

 デジレが真剣な顔付きで、ジャンに詰め寄る。


「では、どうすれば良いのでしょうか」


「手紙なんかでやり取りするから、ずれてるんだ。直接話し合わせた方がきっと間違いない。ただ、こうなるとどう会わせるかが問題で」


 腕を組んでジャンが考え込む。デジレも会わせる機会を考え、はっとした。

 即座に、フェルナンの元に走る。


「ノワゼット侯爵! 一週間後の王妃様主催の会は出席されますか?」


「あ、ああ。一臣下として、王妃殿下の誘いを断るなど出来るはずがない」


「姉も出席します。侯爵は、そこで姉としっかり話してください」


 デジレの勢いに押されて頷きかけたフェルナンは、いや、とやはり視線を落とす。


「話し合いをしようにも、出席者が多過ぎる。そもそも会えるかわからない」


「そうだな、なんせ王妃殿下主催だから出席者が桁違いだ。二人きりになれる可能性が低い」


 ジャンも厳しい顔で言う。デジレは強く頷いた。


「はい。ですから、私が王妃様に掛け合います。王城の庭園なら、奥の薔薇園に開けた空間がありますし、外からでは中は見えません。そちらでしばらく人払いをお願いします」


「王妃殿下に掛け合うって、そんなことができるのか。流石は王家とズブズブの関係のシトロニエ家」


「ズブズブというのはやめてください」


 これで問題ないとデジレはフェルナンを見遣るが、彼は相変わらずまごついている。さまよう視線は、ためらいがちにジャンを捉える。


「しかし……会ってもらえるのか」


「は?」


「だいたい、私でなくてお前だったのかもしれないのに」


「お前、まだカロリナ嬢が俺とお前を見分けられないと思ってるのか。前に言ったろ、しっかり見分けられてたって」


「あの時彼女は私がいないことを知っていた上に、お前は眼鏡をかけていなかったんだろう。街で会った時は、お前は髪を染めてなかった」


「あー! うだうだと面倒臭いな!」


 もともと荒れていた髪をさらに手で乱暴に掻き、ジャンは机のあったカードに走り書きして、フェルナンに突き付ける。


「だったら、この薔薇園で待つってのと、お前が王妃殿下の会に参加することを弟君に伝えてもらう。そして俺が、またお前にふんして、ついでに同じ眼鏡かけてカロリナ嬢を待ってやるよ。それでカロリナ嬢がお前じゃないとわかったら、話し合え」


 ジャンはふんと鼻を鳴らすと、カードをデジレに渡す。

 フェルナンは何やら考え込んでいるようだった。


「考えるな、動け。そして、思いの丈をぶちまけてしまえ!」


 フェルナンが顔を上げる。

 今までの弱々しい目と違い、決意が見て取れる。

 デジレは堪らず立ち上がった。


「では、私は至急姉上に伝えてきます!」


「よし、頼んだ! が、その服の乱れは不味い」


「しかし、早く伝えないと!」


 そう言いつつも、改めて見るフェルナンとジャンは、上から下まで本当に悲惨な有様だ。デジレも自分の服を見下ろせば、普段からは考えられないほどの着崩れをしている。


「た、確かにこのままでは姉上に何があったのかと心配されるかもしれませんが、早くしないと」


「だったらこうしよう」


 ジャンは顔を二人に近付け、秘密事を話すように声を潜める。


「この一連事は俺たちしか知らない、他言無用の男同士の話し合いだ」


「承知した」


「承知いたしました」


 デジレはすぐに、秘密を胸に少しわくわくしながら駆け出した。

 早く早く、姉に侯爵が来ることを伝えて、カードを渡さないと。そして、王妃に掛け合って、場を整えるのだ。

 そうすればきっと、またあの幸せな顔を見せてくれるに違いない。


 話し合いの決行は、一週間後。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ