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閑話 男同士の話し合い①

25話デジレがどこかへ行った時の話。

 



 デジレは馬車の中で苛々していた。行き先はもちろん、ノワゼット侯爵邸である。

 家を出る前に見た、姉の弱々しい姿が頭から離れない。舞踏会を含めた前後は、見ているこちらも笑顔になるほど幸せそうだったのに。舞踏会で見た姉と一緒だった侯爵も、好意が見て取れる様子だったから、これならと安心して姉を任せたのに。

 何をしたかは聞き出せなかったが、今のカロリナの様子にはフェルナンが関わっていると、ずっと彼女を見てきたデジレには確信があった。

 会ったら一発殴ってやりたい。デジレは膝上の拳に力を込めた。




 ノワゼット侯爵邸に着くと、デジレは険しい顔をして馬車を降りた。急な訪問の為に、侯爵家から出迎えがない。遠慮なく敷地内に足を踏み入れると、急に扉が開いた。

 飛び出してきたのは、髪も服も乱れた一人の老年の男性だった。息が荒く、すっかり疲れたような顔付きをしているが、品はどこかで感じる。

 デジレがいきなりのことに息を止めて彼を見ていると、彼はデジレに気付いたようで、向かってくる。


「お客様でございますね、ええ、ご足労いただいたところ、大変申し訳ございませんが、只今主人が、とても人様とお会いできる状態ではなく……」


 彼は、何かに気付いたようにデジレをまじまじと見つめた。


「貴方様なら、とめられるかもしれませんね」


「はい?」


「実は今、主人と客人が言い争いをしておりまして、とめられる者がいないのです。お客様にこのようにお願いするのは恐縮ですが、何卒なにとぞお力をお貸しいただけないでしょうか」


「私に出来ることなら」


 デジレはアルマンと名乗った彼に従い、邸に入った。確かに男性同士が激しく言い争う声が聞こえてくる。進むにつれてその声がだんだんとはっきりとしていき、とある開け放たれた部屋を覗けば、そこには怒り狂う男性が二人いた。

 一方は目的の相手であるフェルナンで、相手に今にも掴みかかりそうなところを使用人に押さえ込まれている。

 もう一方はデジレには見覚えがなかったが、金髪とちらりと見た邸の前の馬車からジャン・ムロンと想像がついた。彼も噛みつかんばかりにフェルナンを睨んでいる。

 予想外の展開に、デジレはしばらくその場に立ち尽くした。


「なにが幸せを願ってますだ、格好付けやがって! そんなに無駄に紳士ぶるからこんなことになるんだ!」


「その言葉が以外に何て返信すればいいんだ! だいたいあの手紙も、お前が余計なことを言うから!」


「俺はちょっと揺すっただけだろ! 返信でとどめを刺したのはお前だ!」


「なんだと!」


 フェルナンがジャンを殴りかかろうと動く。抑えていた使用人が引きずられて、拘束の意味をなさない。

 デジレは慌てて部屋に飛び込んだ。


「お二人とも! 落ち着いてください!」





 それからしばらく。

 ノワゼット侯爵邸の執務室には、三人の男性が息を荒くしながら床に座り込んでいた。

 デジレは必死に二人をいさめたが、彼らは聞く耳を持たず。いくら鍛錬は欠かしていないとはいえ、体格差からろくに抑えることも出来ず、デジレの服はもみくちゃにされてすっかり乱れきっていた。

 しかしまだ彼はましな方で、言い争って手も足も出た二人は、髪から服まで全身がぼろぼろで疲労困憊ひろうこんぱいしている。もはや嵐が過ぎ去った後のような様子に、デジレは深く息をはいた。


「君……、カロリナ嬢の弟君だな。どうしてここに」


 フェルナンが今更気付いたように言う。何かにぶつかったのか口元に痣ができているが、先程とは違い目には理性が戻っている。

 その言葉に、ジャンも顔をあげてデジレを見る。


「うわ、本当だ。カロリナ嬢の弟じゃなきゃこんな美少年がいるはずない」


 ぼさぼさどころではない髪の二人を見て、デジレは脱力した。

 怒っていたはずなのに、それよりも大きな怒りに触れた為に、すっかり彼の怒りは収まってしまっていた。


「侯爵、申し訳ありません。勝手に上がりまして」


「いや、お構いどころか……とんだ失態をさらしてしまったな。私に、なにか用があったのだろうか?」


「姉が」


 わかりやすくフェルナンが肩を揺らす。気付かないふりをして、デジレは続けた。


「姉が、ふさぎ込んで部屋から出てこないんです。理由を聞いても教えてくれません。侯爵についてかと聞いても首を横に振るだけです。それでも私は、侯爵ならなにか理由をご存知ではないかと思い、尋ねに来ました」


 フェルナンはしばらく沈黙すると、おもむろに立ち上がり、机の上の何かを手に取る。

 デジレに差し出されたそれは、一通の手紙だった。


「これが、君の姉君から届いた手紙だ」


 開いたカロリナの手紙は、哀れなほどに字が震えて便箋が所々ふやけ、デジレの心に突き刺さる。

 読み終わった後、震える手で手紙を返す。


「どうしてこんなことに……!」



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