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閑話 ジャンとフェルナン②

 


 フェルナンは、あれは若気の至りだったと言って固辞するが、ジャンは決めていた。

 ――繁栄の為に。まずは、ノワゼット侯爵家に相応しい嫁を探し出す!


 早速、金髪を赤髪に染めて、フェルナンを名乗り夜会に出歩くジャンを、フェルナンは苦虫を噛み潰したような表情で見てきたが、とめはしなかった。いや、とめられなかった。フェルナンも同じ事をしたのだから。

 執務に忙しく、目の悪さからまともに夜会に行かないフェルナンに代わって、次々と女性を差し向けてみたが、どうも結果はかんばしくない。

 今日もまた、彼はそんな様子だった。


「ああ、そうだ。ジャンに聞きたいことがあった」


「ん?」


「カロリナ・シトロニエ伯爵令嬢を知っているか?」


 ジャンは驚いた。

 あのフェルナンから、女性の名前が出るとは。しかもその女性は、貴族ならほぼ誰でも知っている者だ。


「当然、『朝摘みの鈴蘭』の令嬢だろう? あの人間離れした美貌の令嬢、誰だって目を奪われる」


 光り輝く白みがかった金髪に、エメラルド色の瞳が瑞々(みずみず)しいカロリナ・シトロニエは、その美しさと完璧な所作故に高嶺の花と有名だ。王家と懇意のシトロニエ家の令嬢で、何故か婚約者がいないものだから、憧れも含めて彼女を狙っている独身貴族はとても多い。


「ああ、そうだな。一度見ると頭にずっと離れないほど、美しい」


 ジャンは目玉が落ちそうになる程驚いた。

 フェルナンは目が悪い。どれだけ絶世の美女でも見えない。それでも美しいと知っているということは。


「フェル、お前……ここでカロリナ嬢に会ったのか」


 フェルナンは、目を泳がせる。どうみても肯定だった。


「まあその、あちらが色々勘違いがあったようで、成り行きで、な」


「どんな成り行きだよ」


 今の流れからすれば、この執務室の変わりようからみても、カロリナが執務室に通っているだろうことは想像がつく。フェルナンの好みは理想が高すぎると笑うことさえできない。

 相手が大物だが、フェルナンが珍しく女性に興味を持ったと安心していると、彼の真剣な目に気付く。どうやらじっとジャンを見つめているらしい。


「……本当に勘違いしたのかもな」


「どうした?」


「いや、なにも」


 ジャンは首を捻るが、フェルナンは興味を失ったかのように仕事に戻る。

 しばらくすると、アルマンが笑顔でフェルナンに手紙を持ってきた。そういえばアルマンは、やけに機嫌が良かった。

 渡された手紙を見て、フェルナンの口がゆるりと弧を描く。ジャンが開けられる封筒を凝視すれば、シトロニエ家の家紋が押された封蝋が目に付いた。


「へえ……」


 封筒の中身に書き込んで、アルマンに渡すフェルナンは、きっと自分では気付いてないだろう。あまり表に出さない感情が、笑みとしてにじみ出ている。

 ジャンは密かに笑った。

 最近自分を追い立てるように仕事を増やしているのは、カロリナから必死に目を逸らすためか。それでも執務室で、彼女の姿が見える眼鏡姿で会うなんて、笑ってしまう。


「そうだ、ジャン。三日後から邸を十日程不在にするから、その期間に来ても私はいない」


「ということは夜会も出られないな。了解」


 嫌そうな顔ををするフェルナンは、またジャンがフェルナンにふんして夜会に出るのに気付いているのだろう。しかし、ジャンはこれをなかなかやめられなかった。

 フェルナンの相手なら、ジャンとフェルナンを、当然見分けられる相手が良い。

 フェルナン自身を見てくれる相手が良いと、似通った容姿を利用して、声を掛けて彼に流しているが、今のところ誰もがジャンをフェルナンと思い込んで、見分けられていない。少しでも違和感を覚えてくれれば、あえて放置している彼にとって不本意な噂なんかに惑わされず、フェルナンを見てくれるようになるだろうに。

 紳士なのに、ちょっと抜けている優しい彼には、これぐらい女性から向かっていかないときっと上手くいかないだろう。それこそ、女性側から押し倒されるぐらいされないと、女性には目を向けないかもしれない。


 さて、話に上がったカロリナはどうだろうか。

 どんな成り行きかは知らないが、何度も侯爵邸で会う相手。フェルナンをみても、気にする以上の感情があるらしい。

 彼女はジャンとフェルナンを見分けられるだろうか。


 是非、カロリナに会ってみなければ。





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