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24.祝福だった




 幸いなことに、驚いたネリーにすぐに見つけてもらったカロリナは、そのまま彼女に連れられて執務室までやってきた。

 今回はネリーが先にリシャールに話し、許可が下りたところでカロリナが入室する。

 カロリナを待ち構えていたリシャールを見て、彼女は顔を崩した。


「お父様……! 申し訳、ございません!」


「カロリナ」


 カロリナは深く深く、頭を下げる。


「私が……私が、殿方を押し倒した噂が、きっと広まってしまいます。シトロニエ伯爵家の評判が、私の軽率な行動のために、落ちてしまいます」


 リシャールが何も言わないことをいいことに、カロリナは一気に言った。


「そして、お父様が応援してくれたにも関わらず、祝福相手とうまくいくことは、できませんでした。私は、シトロニエ家の者として失格です。邪魔者です。どうか……修道院に送ってください!」


 カロリナの心臓が激しく音を立てて、周りに聞こえるのではないかというほどうるさい。

 涙に汗に、顔をくしゃくしゃにしていると、優しくカロリナの背に腕が回された。


「カロリナ」


 優しい声が降ってくる。

 リシャールに抱きしめられたカロリナは、顔を上げずに名前が呼ばれるのを聞いた。


「お父様は、カロリナの幸せを祈っていると言ったね。私は、愛しい娘が笑顔で幸せに過ごして欲しい。悲しみに涙して過ごすなんて、あって欲しくない」


 よしよしと、カロリナの頭をリシャールが撫でる。


「うちの評判なんて、カロリナは気にしなくていいんだ。それは私がなんとかする。シトロニエの祝福も気にしなくて良い。全員がうまくいくわけじゃあない。だから、修道院に行くなんて言っては駄目だ」


「……でも!」


 カロリナは、リシャールの腕の中で顔を上げた。

 目に入った父は、言葉の響き通り優しい顔をしている。


「祝福の相手以外とは、上手くいかないんでしょう。だったら、私は、どなたとも結婚するつもりはありません。修道院に入って、一生シトロニエ家の繁栄を祈ります」


「それは今までのシトロニエの者が成し得なかっただけで、カロリナだったら大丈夫かもしれないよ?」


「いいえ、いいえ。私だって、成し得ません」


 だって、とカロリナはぼろりと涙を落とす。

 心を占めるあふれそうな想いと、脳裏をかすめる彼の姿に、もはやおかしくなってしまいそうだった。


「侯爵様じゃなきゃ、意味がないんです……!」


 カロリナは、せきを切ったようにわあわあ泣き始めた。涙にまみれた顔を、リシャールの胸元に埋める。

 リシャールは、しばらく間をおいてカロリナの背中なだめるように撫で、溜息をついた。


「……殴り倒したい」


「え、何か、言いましたか……?」


「あ、いや、別になんでもないよ」


 リシャールは誤魔化すように、ハンカチをカロリナの顔に押し付ける。


「カロリナ。シトロニエ家はね、祝福のせいで何人もが、悩み、いきどおり、カロリナのように悲しんできた」


 とんとんと背中を軽く叩く手と、穏やかな声音に、カロリナは少しずつ落ち着きを取り戻していく。

 リシャールは、どこか遠いところを見やる目で、続けた。


「こんな意味の分からない、襲われた者たちを大いに悩み惑わせる、どうみても呪いしか思えないこの現象。それでも、後になって皆、言うんだ」


 すん、と鼻を吸って、カロリナは顔を上げる。


「"確かにあれは、祝福だった"、と」


 目をまたたかかせるカロリナを、慈しむ目でリシャールは見返す。


「だから私たちは今、あの現象をシトロニエの祝福と呼んでいる。今は落ち込んでどん底かもしれない。でもカロリナにも、きっと祝福だったと言える時が来るよ」


 言うと、リシャールは胸元からカロリナをそっと離し、背を向けさせると、扉の方に向かってとんと押した。


「言っておいで、カロリナ。まだ時間はある。シトロニエ家の血を継いだ者なら、大丈夫だ」


 たたらを踏んだカロリナは、足を止めた後、リシャールを振り返った。

 心細そうな顔つきに、彼は笑顔でもう一度大丈夫と呟いた。


「……お父様も」


「ん?」


「お父様も、祝福があったのでしょう。お父様も、確かにあれは祝福だったと、思っているのですか?」


「あー……」


 リシャールは、整えられていた白く輝く金髪を乱暴に搔く。そして一瞬だけ困った顔をしたが、優しく微笑んだ。


「思っているよ。確かに、あれは祝福だった」


 その返事を聞いて、カロリナの顔には久し振りに小さな笑顔が浮かぶ。

 対してリシャールは、顔を赤くしてどこか挙動不審だった。


「お父様?」


「あ、いや。シトロニエの祝福の一番の問題点は、シトロニエの者を悩ますことなんだが、もう一つ、子供たちに馴れ初めを話すのが恥ずかしいと父から聞いていて……」


 もごもごと口ごもり、リシャールが呟く。


「思い出すだけでも恥ずかしい……とても子供たちに知られるわけにはいかない」


 良い壮年の男性が恥ずかしがる様子を見て、カロリナはいざという時まで父の馴れ初めを知っていることを隠そうと心に決めたのであった。




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