20.朝摘みの鈴蘭
夜会から帰ったカロリナは夢心地だった。あの夜会はカロリナにとって、まさに素敵な一夜だった。
また早くフェルナンに会いたいとうずうずするも、レザン子爵との交流の為に会えないと思い出して気が沈む。次はいつかいつかと気になって、時間潰しに始めた刺繍がまともに進まない。カロリナは、一日一日がとても長く感じていた。
「お嬢様、お届けものですよ」
本来ならばノワゼット侯爵邸に向かっているはずの三日空けた日。ララがにこにこ顔でやってくる。
「どちらから?」
「ノワゼット侯爵からです。朝一番に」
え、と驚いたカロリナの目の前に差し出されたのは、鈴蘭だった。
おそるおそる受け取った小さな花束に目を落とす。
瑞々しく、つい先程まで生えていたような生き生きとした鈴蘭は、三輪。小さな白い花がふるりと揺れ、鮮やかな緑の葉が花をそっと包んでいる。気品あるすっきりとした甘い香りが、ふわりと漂う。
カロリナは、しだいに口をほころばせた。
「……ララ!」
「はい」
「花瓶をちょうだい。私が飾るから」
用意してあったようで、すぐに花瓶を受け取ると、部屋の机の上に置く。花束を解いて、根が綺麗に切り取られた鈴蘭を、一輪ずつそっと花瓶に挿していく。全て挿して、ゆっくり手を離したカロリナは、三輪しかないこじんまりした鈴蘭の花を優しい目で見つめた。
「綺麗ね」
カロリナの言葉に反応したかのように、鈴蘭の白い鈴が揺れる。午前の明るい日差しに照らされた花は、きらきらと光る。
一番綺麗だ、とカロリナは思った。
たった三輪なのに、今までもらったどんな花束よりも、心を掴んで離さない。
「はい、とても綺麗ですね。定番の薔薇よりも、やはり鈴蘭の方が、カロリナお嬢様にはとても似合います」
「私も、薔薇よりも鈴蘭がいいわ」
鈴蘭が飾られた机の前に座って、カロリナはじっと眺める。そうしていると脳裏をかすめるのは送り人で、知らず笑みを深くする。どれだけ眺めていても、飽きることはなかった。
ララが退室した後も、時間を忘れたように鈴蘭を見つめるカロリナは、ふと机に置いてあった手紙を手に取った。
手紙は親友のニネットからのもので、以前の夜会からいつもの頻度以上に送られてくる。素のカロリナを知る彼女は、あの時の出会いの嘘をあっさりと見抜き、フェルナンとどのように知り合ったのかとしつこく聞いてきていた。カロリナはずっと、秘密として楽しくやりとりしていた。
そうだ、返信を書こうと立ち上がって、引き出しを引いたカロリナは、懐しいものを見つけて、手紙と一緒に手に取った。
鈴蘭の前で開いたその紙には、几帳面な文字で、誓約書と書かれている。ひとつひとつの、性格がうかがい知れる文字を指でたどりながら、カロリナは笑みを浮かべる。
そういえば、フェルナンから貰った初めてのものは、この誓約書だ。目の前の鈴蘭と比べれば贈り物と全くいえないものだが、カロリナにとってはそれだけで宝物になりそうだった。
この気持ちをどう伝えよう。ペンを手に取ったカロリナは、ニネットへの返信に心を馳せた。
フェルナンからの鈴蘭は、カロリナが通っていた時と同じように、三日空けて毎度同じように届けられた。
いつも、三輪。午前中に。カロリナは訪問する日と同じように浮き足立ちながらも、鈴蘭が届く日を心待ちにしていた。
届けば、カロリナが手ずから花瓶に移す。最初は三輪だった鈴蘭は、どんどん増えて華やかな花束へと変わっていく。それを眺めるのが、カロリナの日課になっていた。
「ねえ、ララ」
「はい、どうされました?」
「だいぶ鈴蘭が増えてきたわ。花瓶が少し小さいみたいなの」
もともと小さめだった花瓶は、すっかり鈴蘭の葉に隠れてしまっている。
「あら、そうですね。でしたら、代わりものを」
「ララ、そのことなんだけれど」
少しもじもじとしたカロリナは、うっすら頰を染めた。
「私が、花瓶を買いに行きたいの。選びたいの」
「まあ」
「だからその、付き合ってくれる?」
なんともいえない主人のかわいらしさに、ララは微笑む。
「もちろんです、カロリナお嬢様。お供いたします、いえ、お供させてください!」
「ありがとう、ララ。じゃあ、さっそくいつにしようかしら?」
言い終わる間もなく、瞳を輝かせたカロリナは、そわそわし始める。ララが日程を調整してからと言ったのを聞いているのかいないのか、カロリナは楽しそうに言葉をとめない。
「花瓶もだけれど、花屋も行きたいの。鈴蘭をもっと長持ちさせる方法を知りたくて。それと、髪留めも見てみたいわ。新しいものがあったらって、最近思ってたの。そうだ、どうせならドレスも見て、流行を知りたいわ! ああ、したいことがたくさん!」
そんなカロリナを見ながら、全くかわいらしい方とララは笑いながら溜め息をついた。




