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17.舞踏会の準備




 ララを連れて飛ぶように急いで帰ったシトロニエ家で、カロリナはリシャールを訪ねてノワゼット侯爵邸にあったものと同じ招待状を見つけると、父に参加すると念押しして自室に戻った。自室では、ララと舞踏会に着て行くドレスや装飾品で盛り上がる。気付けばすっかり日も暮れて、カロリナは最後の準備と、玄関で待機していた。

 そろそろ、と思うと扉が開く。


「ただ今戻りました」


「おかえりなさい、デジレ」


「姉上? 出迎えなんて珍しいですね」


 デジレは軽く笑いながら、侍従にコートを預ける。綺麗な顔にはほんの少し疲れが見て取れた。


「お疲れさま。ちょっと、頼みごとがあるの。貴方の部屋に行きましょう」


「そういうことだと思いました。お待たせしてすみません、行きましょうか」


 まっすぐにデジレの自室に向かったカロリナは、部屋の扉が閉まるとすぐにデジレに詰め寄った。


「貴方、一ヶ月後の夜は空いてる?」


「一ヶ月後の夜、ですか」


 デジレは机に置いてある暦を確認して、頷いた。


「今のところ殿下に所用がない日ですから、夜は空けられますよ」


 その言葉を聞いて、カロリナは目を輝かせた。


「じゃあ、一ヶ月後のアナナス伯爵の舞踏会、私をエスコートして!」


「舞踏会? 構いませんけど」


「本当に? ありがとう、デジレ!」


 大喜びで、なぜか使用人からポットを奪ってまで給仕を始めた姉に、デジレは首を傾げる。

 さあさあとしきりに勧めるので、デジレは仕方なしに紅茶に口をつけた。あまり美味しくなかった。


「姉上、舞踏会にいくなら、ノワゼット侯爵にエスコートを頼めば良いじゃないですか」


「私と侯爵様はそんな間柄ではないもの」


 しれっと言うカロリナに、デジレが驚く。デジレからすれば親密と言えるほど頻繁に会っていたように見えたが、そんな間柄ではないとはどんな間柄だろうか、とやはり首をひねる。


「それに、侯爵様は伯爵に挨拶をしたら帰られるそうだから、一緒に行くわけにはいかないの」


「えっ、踊らないんですか?」


「そうらしいの。夜会がある意味苦手な方だから」


 カロリナは思い出したように楽しそうに笑った。


「だから、私も踊るつもりはないの。でも舞踏会なのだから、普通一曲は踊らないといけないでしょう? そこでデジレにエスコートしてもらって、デジレと一曲だけ踊ろうと思って。貴方だって、どうせ女性と踊りたくないのだから、私で手を打てて良いでしょう?」


「まあ、そうですけれど……。そもそも姉上に頼まれなければ、私は舞踏会なんて行くつもりは」


「まあ、王太子殿下の側近ともあろう者が、見聞を広めなくてどうするの」


 デジレは口をつぐんだ。そして仕方ないとばかりに溜め息をつく。


「わかりました。その代わりといってはなんですが、三ヶ月後の王妃様主催の花を愛でる会に参加してくださいね」


「ええ、王妃様ご自慢の大庭園を褒める会でしょ。もちろん参加させていただくわ」


「両陛下をはじめ、殿下も私も参加しますから、くれぐれもおかしなことはしないでくださいね。国内の貴族もだいたいお声がかかりますし」


「もちろんよ。私をなんだと思っているの? 『朝摘みの鈴蘭』なんだから」


「姉上として話していると、不安なんです」


 カロリナは手元の扇で、デジレの頭を叩いた。

 軽く痛がるデジレを見ながら、カロリナはふふふと笑う。

 これで一ヶ月後の舞踏会の一通りの準備は終わった。後は楽しみに待つだけだ。フェルナンはいったいどんな装いで来るのだろうと考えるだけでも、わくわくがとまらない。


「ねえ、侯爵様がいらっしゃるなら、どんなドレスが良いかしら。お気に入りのライトブルーのドレスも良いけれど、ちょっと大人っぽいデザインのパープルのドレスも良いわよね。思い切って、あの赤色なんて」


 くるりくるりと部屋の中を楽しそうに回りながら、にこやかに尋ねてくるカロリナを、デジレは目を細めて見守る。


「姉上は、最近とても楽しそうですね」


「え?」


 笑顔が溢れるカロリナは、白金の金の髪が光のように輝き、エメラルドの目は生気に満ち満ちて、デジレから見てもとても美しかった。


「いえ、違いますね。とても、幸せそう」


 誰のお陰かは言わずともわかる。

 ほんの少ししか会えないだろうに、こんなに上機嫌に待つとは。最初の頃は酷かったのに、変わるものだ。

 デジレもここまで見せつけられると、ノワゼット侯爵に興味が湧いてきた。


「弟として、姉上が幸せだと、とても嬉しいですよ」


 当日は、ノワゼット侯爵に会ってみよう。そうデジレはひっそりと心に決めた。




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