13.あの人は違う
「でも……カロリナ様も、先日はノワゼット侯爵の話を聞いて女性の敵だと憤慨していたではありませんか」
少し震えた声で、無視されたと言う例の令嬢が言う。
「ええ、それは間違いありません。私は女性の敵といえる軽率な殿方は大嫌いですもの。でもそれは、まともに本人を見ないままに、確証が持てない噂を真実だと思い込んでいただけです」
カロリナは、フェルナンと会った時を思い出す。
あまり知らない者を信用しない方が良いと言われた時、反抗心から信用に足るか会って自分で判断するとした自分の考えは、間違っていなかったと今なら胸を張って言える。
「あの方は、誠実な方です。人の気持ちを弄ぶことなんてしません。むしろ、身分も性別も外見も関係なく、一対一で真摯に話してくれる方です。ノワゼット侯爵領はとても広大ですけれど、そんな侯爵様の人柄で領民には好かれておりますし、信頼も寄せられています。そして、その信頼に応えることができる優秀さも兼ね備えているお方ですわ」
カロリナはノワゼット侯爵領に出歩いていた。
フェルナンに話を聞くにつれ、どうしても自分の目で見てみたいと侯爵家の使用人に案内してもらった侯爵領は賑わっていて、とても豊かなものだった。
領民に話を聞けば、領主である侯爵への感謝の言葉が出てくる。それを聞かずとも、領民の顔を見ればフェルナンがどう思われているかなど手に取るようにわかった。
「そんな方なら、あの怖い顔で睨んでくるのは」
「それは、侯爵様が……」
目が悪い、と続けるはずの言葉は、カロリナの口から出なかった。なぜか言いたくないと不意に思って、口をぎゅっと閉ざす。
「カロリナ?」
ぐっと口を引き結んだまま、急に黙ってしまったカロリナにニネットが小声で言うと、カロリナは意識を戻した。
令嬢達を見れば、少し困惑した面持ちで、お互いの顔を見合わせている。
「ノワゼット侯爵がそんな方なんて」
「でも、軟派な男性がお嫌いなカロリナ様が言うのですもの。正しいのではないかしら?」
「ええ、何度もお会いになっているようですし」
「そうですね。私もまともに話したことがないのに、勝手に酷い方と思い込んでいたかもしれませんわ」
令嬢達の言葉を聞いて、カロリナはほっと胸をなでおろした。少し、顔に笑みが零れる。
「……ねぇ、カロリナ。あなた」
令嬢達に見えないように、またニネットが口元を隠しながら小声で囁いてくる。耳を傾けたカロリナだったが、彼女の言葉の前に別の会話を耳が拾った。
「ノワゼット侯爵は、お若いのに爵位を継がれている独身貴族ですよね」
「ええ、国屈指の優良物件ですわ」
カロリナはニネットから身体を離して、ノワゼット侯爵の話を続ける令嬢達を見つめた。
彼女達は話を続ける。
「こちらを見る睨むような目付きは少し怖いですけれど、お顔はとても整っていますわね。青と緑ともつかない瞳と、セットされた炎のような髪色が人目を惹きますし」
「背丈もすらっとして高いですから、なおの事視線が奪われますわ。雰囲気も落ち着いておりますし、大人といった感じで」
「そういえばお父様が言ってたのですけど、ノワゼット侯爵領は順調に発展しているとか。カロリナ様の言う通り、ノワゼット侯爵がとても優秀な方と有名だそうです。ノワゼット侯爵領は未来が明るいと褒めておりました」
「まあ。ということは、ノワゼット侯爵は容姿も良くて性格も良い、更に優秀で爵位があれば、領地は見通しが明るいということ? 噂なんてなければ、世の令嬢達が放っておく殿方ではございませんね」
「本当に。その噂はカロリナ様から違うとお聞きしましたし」
「お近付きになれれば、と思いますわね。そういえば、先程」
「みなさま」
声をかけられた令嬢達は、会話を切って声の主のカロリナに顔を向ける。
カロリナは、腹の底がもやもやしていた。なにか黒いものが溜まって渦巻いているようで、気持ちが悪くて仕方ない。扇で隠しているものの、口はきっとへの字に曲がっている。
なんとか笑みを貼り付けて、固い声でカロリナは言う。
「少々、気分が優れませんので……夜風に当たってきます」
失礼いたします、と完璧な淑女の礼をとると、カロリナはすぐに踵を返した。ニネットが呼び止める声も無視する。
カロリナは一刻も早く、この場から抜け出したくて、仕方なかった。




