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12.久し振りの夜会

 



「あら、カロリナ様。ごきげんよう」


「ごきげんよう、ニネット様」


 夜会にて、よく見知った顔に声をかけられたカロリナは、可憐と言われる笑みを浮かべた。

 カロリナと同じ年頃のニネットと呼ばれた少女は、同じく外向けの笑顔を返すと、カロリナににじり寄った。


「ねえ、カロリナ。前の自分の噂が広がってないかどうかって、なんだったの? やっぱり結婚相手できちゃったとか? 私に教えないなんて水臭いわよ!」


 抜け駆けなんて、と口元を扇で隠しながら、ニネットは小声でまくし立てる。カロリナも口元を隠した。


「だからニネット、そういうのじゃないから。ちょっと気になることがあって、情報通の貴女に聞いたのよ」


 いくら親友であっても、男性を押し倒したなんて言えるはずがない。当然その噂が気になったなんて、言えない。


「噂になるか気になることって何よ。絶対男絡みでしょ。もー、散々いろんな有望な令息に声をかけられてものらりくらりとかわしてたのに! だいたい、急に髪の結い方も化粧も洗練されて色っぽくなって!」


「これは私の侍女が最近頑張っているからで、何かあったからじゃないの」


 侍女のララは、先代侯爵夫人の侍女経験者と知り合い、侯爵夫人付きの侍女になるのだと最近張り切っている。お陰でカロリナの白く煌めく金髪はいつもより複雑に編み込まれ、いつもより映える化粧を施されていた。

 そんなに侯爵家に仕えたかったのかと、ならばノワゼット侯爵家に雇ってもらえるようフェルナンに尋ねてみるか聞いたところ、ララはお嬢様の元から離れません、と深く嘆いた。カロリナはララの嘆きはよく分からなかったが、これからも側にいてくれることに安心した。


「どうかしらね。あ、そうよ。カロリナ、あなた今……」


 あ、とニネットは言葉を切って、会場の奥を見る。


「いつものみなさまがいらっしゃったようですわ。『朝摘みの鈴蘭』のカロリナ・シトロニエ様?」


「ええ、教えてくださってどうもありがとう、ニネット・アマンド様」


 軽口は止めて、夜会では慣れ親しんだ『朝摘みの鈴蘭』の顔になる。

 向こうからはニネットが言ったように、いつもの令嬢達がカロリナ達に向かってきていた。ある程度の距離になると、礼にのっとった挨拶をする。

 いつも、誰かが声をかけたわけでなく、集まって話をする彼女達は噂が大好きだ。カロリナも夜会は情報収集の場と考えていたので、噂には良く耳を傾けていた。

 しかし、変わらず噂話に花を咲かせる周りに合わせながら、カロリナは心の中でこっそり溜め息をついた。

 内容がつまらないのだ。

 誰それが恋仲だとか、破談したとか、浮気したとか、そういう他人の人間模様を嬉々として話しているけれど、たしいて身にならないと思う。これなら、フェルナンと話していた方がはるかに楽しかった。

 執務ばかりであまり構ってくれないフェルナンに、カロリナは執務や領地について幼稚な質問からなんでも訊いたが、彼はその全てにとても分かりやすく答えてくれた。一つ一つが意味のあることだと分かってとても有意義だったが、今目の前で繰り広げられる話は何の足しになるだろう。


「そういえば、カロリナ様。聞きましてよ」


 カロリナは危うく尖りそうになった口を綺麗な弧に戻して、声をかけてきた令嬢に目を向けた。


「なんでも、ノワゼット侯爵邸にお通いになってるとか」


「まあ! あのノワゼット侯爵のところへ?」


 この前、フェルナンに無視されたと嘆いた令嬢が驚きの声を上げる。なんだかもやっとしながらも、カロリナは用意していた言葉を並べた。


「ええ。先日の夜会の時に、私、足をくじいてしまいましたの。そこへちょうど通りかかったノワゼット侯爵が助けてくださったのです。その御礼のために、何度か訪ねていただけです」


「まあ、そんなことが……。カロリナ様、お気を付けられて?」


「お気遣いありがとうございます。足はもうすっかり良くなりましたの」


「足の件もそうですけれど、ノワゼット侯爵のこともですわ。先日話題に上がりましたけど、本当に見る度に違う女性といらっしゃる方ですから、とても女好きの方なのです。その上その女性を手酷く捨てるのですから、女性で遊ぶのがお好きな悪趣味な方なのですわ。侯爵がカロリナ様を助けたのも、下心があったのかもしれません」


「貴女は、ノワゼット侯爵にちゃんと会ったことがあるの?」


 早く鋭い言葉に、令嬢たちがぽかんとしてカロリナを見返す。ニネットも驚いてカロリナを見るが、彼女はそんな目線に気付いていなかった。


「ノワゼット侯爵は、私の見た限り、そんな不埒ふらちな方ではないわ」


 口元を隠していた扇を閉じたカロリナのエメラルドの瞳は、強く輝いた。



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