99:素直なのは良し。はねっかえりもまた良し。
月明かりの下、煌々と篝火を焚いた闘技場。
そのもっとも高い位置にある部屋。獅子の斧を掲げたベイジの巨漢の像の前で、私は玉座の如き椅子に豊かな腰を落ち着けている。
「いやはや流石は戦女神と名高いレイア様。噂に違わぬ、いやむしろ聞きしに勝るお力でしたな」
「強いばかりか、その力を振るう姿も輝くほどに美しい。これは只人であっても神を見るでしょう」
そう遜る虎やら馬やらの特徴を備えた大男たち。
その体には例外なく手当を受けた痕が。
ベイジの姫ツァイリーに挑まれた力比べ。カウンターで彼女を下した事で決着はした。したがしかし、その直後にその他の部族から力自慢の族長やら次代の有力候補らが、我も我もと挑戦に名乗り出てくる事に。
それを一人、また一人と真っ向から打ち倒し、最後には面倒になってまとめて叩きのめしてやった結果がこれである。
分かりやすく力の差を示してやれば頭を垂れる。単純と言えば単純である。が、自己の価値観にとことんまで忠実で、分かりやすいとも言える。
「そなたらもまた大したものだ。さすがは獣の力を身に宿した勇士のよりすぐりだ。これほどの空腹と疲労に苛まれた事は記憶に無い」
メイレン手製の肉詰め饅頭を一つ平らげての私の言葉に、獣人らからは感嘆の声が。
互いに健闘を称え合い、大げさに喜んでいるようだが、リップサービスのつもりは無いぞ。消耗させられたのは事実であるからな。
打たれても効かぬと見せる。それは皆の輝く眼差しを見ての通り、ハッタリとしては強い。だがやはり生身に限定し、全身にエネルギーを燃やし満たし続けるというのは多くを持っていかれるからな。当然使った分は腹が減るというものよ。
だからおかわりだ。そしてもう一つおかわりいただきたい。
「それにしても気持ちの良いほどの健啖ぶりよ。やはり強い肉体を作り、力を生み出すためには食える才というのは必要不可欠よな」
「然り然り。軍神ホウテンの教えにもある。レイア様はまさに軍神に愛されし者よな」
「いやいや、レイア様は戦のみならず、商売にも医術にも明るい。神々に愛されし者と呼ぶのが良かろう」
「なるほど違いない!」
神々に愛されし、か。それはあり得んと思うがな。
絶えぬ称賛の言葉を浴びながら、私は胸の内で独り言ちつつ後ろの像を見やる。
重たげな斧を軽々と担いだこの巨漢のベイジ。これが彼らの信じる軍神ホウテンである。
獣人型魔人族にとってはベイジ族の祖であると信じられているこの神は、スメラヴィアではプリュクトスという名の戦神として信じられている。まあつまりは、かつての世界で私とは敵対陣営に与していた機械生命体なのだ。
種族……というか文化圏が異なれば宗教が異なる。それは当たり前の事だ。
土着の宗教というのはその土地での生活の知恵に絡んでいるところもあるので、むやみに統一などせずに尊重しておきたいところではある。
ただし人を贄としたり、世に破壊をもたらすような輩。ヤツらはダメだ。教義を見直し改めて、信者人民の安寧を導くようになるのならば良し。そうならないのであれば、な。
さて、そんな私の方向性はさておき、違って当たり前の信仰対象である。が、この世界……少なくとも私が実際に見たり、手に入れた書物等で知る事のできた限りでは、十四の大神とその教えについてはほぼ同じモノが伝え崇められている。この私の背後に立つ戦神のように。
このベイジ族の祖神ホウテンはスメラヴィアでプリュクトスと呼ばれる神と同じく、その大戦斧を振りかざして神々の先陣をきって戦い、多くの敵と激突した勇猛なる神だと語られている。
これだけではさぞ脳筋な、知と恐怖を否定し、時には人間にさえ痛い目に遭わされて大泣きする事さえあるようにも見える。
だがそうでは無い。
この力強い大男の姿で語られる神は武略を重視し、指導者や知恵者の、時には己で立てた策を用いて神の側に多くの勝利を齎している。
そして教義にも勇士の条件として語っている事であるが、恐れ知らずは心無い虫に等しい。恐怖を認め打ち克つ者こそが真の勇気の持ち主なのだと唱えている。
この文言は、私も部下の鼓舞に度々引用させてもらっているところであるな。かつての世界から耳にしていた言葉でもあり、納得もあったところではあるからな。
ここまで共通している通り、スメラヴィアと魔人領で信じられる神というのは、同じ神格が少し違う姿をしている……なんなら衣装違いの同一人物程度の差でしか無いのだ。
このあたりは単純に土地それぞれの信者の都合に合わせたられたというだけであろうな。そもそも、神々が人に近しい姿で著されている事自体が人間の都合に合わせられているのではあるが。なにせ彼らも彼らが打ち倒したとされる悪魔らも、元は機械の巨人であったのだからな。
この奇妙な共通は、やはり世界の成り立ちが故にであろうな。
私にとっては星を統一する際に宗教面では宗派のちょっとした違いを仲裁する程度で良さそうで都合の良い話ではあるが。
それはそれで、逆に根深く拗れる場合もあるといえばある話でもあるが。
ともあれ、魔人族方面での神々とはいえ、かつての敵である私を助ける事はまずあるまいよ。こちらとしても人民を動かすために利用はしても、助けを当てにするつもりは無いがな。
そんな事は横に置いて、取り組まねばならない問題がある。壁で腕組み顔を背けているツァイリーの事だ。
打ちのめした事で私を持ち上げるのに回った面々とは別に、それでもなお納得いかんと示している者はいる。彼女はその代表となっている形だ。
「ああ、ベイジの……真っ先に立ち向かったのはさすがではあるが、明らかな決着の後もあの態度というのはいただけませんな」
「潔いとは言えません。武人としては些か美しさに欠けるとすら言える」
私の視線の先を察して屈服組からは批判の声が。それを受けてツァイリーらの派閥からは不穏な波動が。
明確に大部分が恭順を示した連合を乱すような真似は本意ではないのだがな。
しかし集団の中で少しでも自分たちの一派を優位に立たせたいという考えは意思持つ者の集団としての性で至極自然のものだ。
やり過ぎは良くないが、禁じたところで大きな意味はない。
「それも一つの美意識ではある。が粘り強くあることもまた一つの強さ、美しさでは無いか? 一時は二番手以下に甘んじたとして、いずれは頂点を、と狙い続ける姿。私は嫌いでは無いぞ。お前たちも内心ではそうなのだろう?」
「我々は断じて……そ、そのような事は……」
探るように視線を巡らせれば、集まった連合の中心人物達は見つかるまいとするように身を縮める。
星を飲み込む勢いを持つ私。その側に立ったと大きくなっていた戦士たちがなんという有り様だ。初陣で臆して物陰で息を殺す新兵を思い出すそのさまに、私は思わず笑みを溢す。
「それも良いと言っている。自分のため、身内のために私に打ち勝つ。その信念があるのならそれに従って良い。それで高まるモノも、開かれる新天地もあろう」
もっとも、だからといってやすやすと負けてやるつもりは無いが。
そう締めくくる私に、獣を宿した戦士たちからはまばらに拍手が。
「お、おお……なんという大きさか……」
「これこそが王者の……いや戦女神の風格というものか……」
恐る恐ると私を称える声が拍手に混じり流れ出る中、私は改めてツァイリーに視線を。
すると彼女は苦々しい顔から深いため息を挟んで笑みを。試合前と同じ挑戦的なそれを取り戻した彼女は私を見据えたままで拳を掌に包んで礼をするのであった。




