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95:よい休みを

 流れる風に煌めくルシールの湖面。

 その上を鋭い音を立てて光る物が走り、水面を割る。

 その飛沫を認めた私、レイアは深い一呼吸を間に入れ、手元のロッドとリールを引いてその先に繋がったスプーンルアーを操る。

 水の中をリズミカルに泳ぐそれは、まるで小魚が鱗で陽を跳ね返しているように見えることだろう。

 そうして手元のリールを何周かさせる内に手応えが。

 コレに素早く合わせ、偽のエサに食いついた獲物を陸へ、陸へ。

 そうして射程圏内にまで手繰り寄せたところで一気に引き上げてやる。


「うむ。今回も中々のサイズ。これは食いでがあるぞ」


 私の身長、およそ百九十に近い大物のトラウト。コレを片手で持ち上げる私に周りからは拍手が。


「すっげえ領主様! あんなお化けトラウトあっさり釣っちまった!」


「カッコいいなぁ……アタシもあんな風にヒョイッと大物釣り上げたい!」


 拍手と共に高い感嘆の声を上げるのは子ども達。我が立志の地であるラックス村……今や町と呼んで差し支えない規模に達した共同体の少年少女たちである。

 今回の休暇は彼らの校外学習。湖畔での野営実習への飛び込み参加だ。この場にいる子ども達は皆、ラックスで運営している学校の生徒たちと言うわけだ。

 ここで私と共に釣り竿を立てた者たちばかりではなく、火熾しのための木々に、山菜や香草に木の実キノコ等の森の恵みを集めて回る者たち。即席の竈のような設備を整える班。そして私の釣り上げたトラウトを掻っ攫い、もう捌き始めているメイレンの乱入した調理班など、それぞれにチームで分担して作業に勤しんでいる。

 各班は年長者と年少者の混合で、監督者たる教師や神官殿らに見守られながら、基本的には年かさの者が下の者に教えていく形となっている。

 湖とその共栄者たる森林。これら双方の恵みを受けて生きるこの地の人間としての学びに加え、親や師としても学ぶと言うわけだ。

 コレを聞きつけた私は前々から計画し、参加するために調整を入れて来たわけだ。

 そして当日を迎えてみればやって正解であったの一言である。

 子どもたち自身の息抜きにはもちろん、私自身も心にデフラグをかけたような、サッパリとした感覚を自覚している。

 私自身をそんな気分にさせてくれるこの景色に達成感を感じつつ、私はまたロッドをしならせスプーンルアーを湖に。

 そしてまた魚を誘うリズムを刻み始めた私の横に並ぶ者が。


「いやはや、大人気ですなレイア様は」


「おお、そなたか。そちらも随分と慕われていると聞くぞ。やはりルカという弟子を育てた経験か」


 淡い髪色の長髪に長く尖った耳の彼は、私がスカウトしたルカの師匠だ。テイマーの弟子育成の抱き合わせに村の教師の一人としても働いてくれているのだが、子からもその親からも良い師であるとの評判だ。


「それもレイア様のお力あってこそ。レイア様が召し抱えて下さったルカをはじめ、出自を問わずに登用した者たちの働きがあって、私もただの先達として受け入れられているようなものです。まさか只人の国でフンドの土地にいた頃よりものびのびと暮らせるとは……」


「なに。元より寛容な土壌であったからこそよ。ここがスメラヴィアとしては辺境で、獣人系か否かを問わず、古くから魔人族とは敵にも味方にもなりうる隣人同士。亡命も移住もルカ達に限らぬ。まあ私がその土壌をより豊かにしたことに間違いは無いがな」


 そう言って笑いながら私はまた魚を釣り上げる。

 今度のは私の掌を縦に二つ分と、先のと比べては稚魚も同然である。が、これでも卵を持てる成体だ。食べられるモノとしてメイレンに持っていかれてしまった。


「あの……料理人殿! 大きすぎないのは子ども達にも、年長のに指導しながら捌かせてやってください!」


「……分かった。次のいい感じのは締めるところからやらせてみる」


「やって見せ、言って聞かせて、させてみせねば身につけようも無いからな。食べるところが減るのはメイレンには辛かろうが、我慢してもらわねば」


「ええ。学生達の実習が本題ですのでね」


 不満の滲んだメイレンの返事に対する私のコメントに、師匠殿は苦笑混じりにうなずく。そうしてメイレンに手心を願うと一声かけて、釣りを続ける私に向き直る。


「レイア様は都、パサドーブルに限らずスメラヴィアの各地にて教育機関の設立を急速に推し進められているようで」


「ほう。止めていた訳では無いが耳が早いな。うむ。私の押しが効く所には、庶民向けの基礎教育の学校をどんどんと作っていくつもりだ。魔人族にも支援を進めて行くつもりだぞ。教師役が充分に確保し続けられるかは心配しているがな」


「教えを授けている側としての繋がりがありますので。レイア様が都で学校を作っているが、お前に声はかからなかったのか、と。そんな具合に」


 同業の横のつながりというヤツだな。しかしふむ、その口ぶりからするとこういう事か?


「なんだ。この地の教師を減らす訳にはいかんと都会に招かなかったのが不満か?」


「いいえ。私はまったく。むしろこの地で身につけた魔獣使いの技能を後進に授け、子どもたちに読み書きを教えるのが肌にあっておりますので、むしろレイア様のお気遣いをありがたく思ったほどです」


 誤魔化しではなく本心からそう思っているようだな。

 確かに馴染みがあり、実績も知っている相手を呼び寄せての大教育機関作成というのも考えないではなかった。だがそれでルシール近郊に整えた教育システムをスカスカにしては、遍く教育を広める目的とは真逆の動きとなる。

 彼もそれを解し、またそれが個人的には好ましいとするならば、こちらが正解か。


「残り、今の暮らしを守りたい者もいれば、分かりやすい栄達を都に求める者もいる。当然の話ではあるか」


「ええ。私やクライズデールの商会長殿もそうですが、元の暮らしにあったしがらみから距離を置きたいのは、そういうものを抱えていたからですからね」


 その通りだ。元の名前さえ捨てるような生を生きていた者の世話を焼いていたせいか、それが当たり前のように動いてしまっていた。だがそうでない者の方が、故郷の柵を振り切るために都会をという流れになる者もいて当たり前だな。


「後任を用意してからのつもりであったが、個々の希望の確認はしておいた方が良さそうだな。すべてまるっと通せるとは限らんがな」


「それはそうでしょう。むしろレイア様のような立場の方に話を聞いていただける事がまずありえない事ではありますが」


 違いない。

 封建制の国家形態で、私のようにフットワークの軽く、民と距離の近い領主などまず居るまい。ましてや摂政の地位を戴くようになるような者がな。


「確かにな。馴染みの皆と違って萎縮して何も言えんと言うこともあるかもしれん。誰ぞ中継になる者を立てた方が良いか」


「そうされた方が良いでしょうね。適切に人を配置する事が出来るあたりは流石ですねレイア様」


「これくらいには人を使えねばな。しかし今回のように私とて完璧とは程遠い。ましてやこれからさらに大身になってゆくつもりであるからな。総身に知恵の回りかね、とは父を揶揄して言った事があるが、明日は我が身と肝に銘じておかねばな」


「鋼の巨体を自在に動かせるレイア様が、はたしてそのような事になりますでしょうか?」


「どれだけ巨大であろうが所詮は一人の機体からだである。無数の意思が絡む国家。そんな巨人の頭脳となる事とは勝手が違うとも」


 言いながら私は、またもかかった魚を釣り上げる。それをメイレンが持っていこうとするところに、子どもに教えるように一言釘を刺しておくのであった。

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― 新着の感想 ―
>でっかいトラウト ほんとこの小説、飯前に読むもんじゃ無いですよねー 焼き鮭定食食いたい。
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