91:私の側から口説いてもよかろうが
「ここまでは大方の予想通りか」
窓の外の白いミエスク城の執務室。そこでこの部屋の主である私は、リストを眺めて呟く。
何が予想通りかと言えばもちろんこのリストの内容だ。
先日この城で開いたフェリシア女皇陛下婚礼の宴。そこに私の伴侶候補として名乗りを上げつつやってきた者たち。その内の数度に渡る篩を越えてきている者たちの一覧だ。
第一の壁から景気よく――というかその段階で最大の篩い落としが出たのであるが――ともかくこのリストに名を残しているだけで、その優秀さか根性、あるいはその両方は人材として手元に置きたくなるほどだ。
ちなみに最大の篩い落としを達成した第一の関門というのは何の事はない。
宴席で私が余興として、鉄球を握り潰して見せてやっただけの事。人の頭くらいあるやつを両手に包める程度にな。
圧縮したそれを暗殺を企んで近づいてきていたやつに持たせてやったらば、手から倒れて腕を怪我させてしまったな。
まあ誰ぞの命を奪おうとしたのだからその程度の負傷は覚悟の上の事だったろう。そうでなくてはならん。
それで大半の御上品なお坊っちゃま方、おじ様方は腰を抜かして女皇陛下とハインリヒへのゴマすりにシフトしたと。
今さらこの程度で引く程度の者は門前払いレベルであるのでまさに計算通りよ。
義妹夫婦の負担を増やしてしまった形になったが、そういうのを上手くあしらうのも今後必要不可欠な技能であるから訓練の機会と思ってもらう事とした。
そんな慶事にかこつけた選別を越えてなお申し込んできた者には数日置きに試験を課しているのが現状である。
面談に筆記。我が精鋭を貸し出しての演習から希少物資の調達。期限切れとギブアップだけを脱落条件として、数々の試験を与えてきた。
結果、どこかしらに光るものを持つ男たちがこのリストの中に並ぶ事となったのだ。
全員を部下にスカウトしてやりたいくらいだが、私の夫となるべく来たという彼らを婿にはしないが部下に迎えるというのは反感を買ってしまうことになりそうだ。
「失礼いたしますレイア様。ジェームズ・ナウィス・フラマン様がいらっしゃいました」
「そうか通してくれ」
ノックに許しを出せば、ミントに連れられたジェームズ殿が。私がソファを勧めたならば、この褐色の髪を持つ青年は柔和な顔に恐縮の色を浮かべて腰かける。
「どうされた? ここはフラマン家の名代たる貴方と私の商談の場だ。何も遠慮するような事ではあるまい?」
「それはそうですが、私もレイア様の相手候補としてこの地に寄越されている状態ですし、それでは本題があっても他の候補者からどう思われるか……」
冗談めかしてその緊張をつついたならば、ジェームズはより肩を縮ませる。
まったく繊細な。必要とあらば大胆に金を動かせる兵站の達人とはまるで別人であるな。
まあジェームズの懸念する点は分からんでもない。
審査側と知己のある立場を利用して競合相手を出し抜こう。端からすればそういう企みのある動きに見える図ではあるからな。
ひとたびそんな疑いがかかれば、欲に駆られている周りがどう動くかは考えるまでもない。
突出した才の方向性と度合いが同族の枠に収まる範囲であれば、己が周囲からどう見られているのかを警戒してもし過ぎということはないな。
さすがに私の課した試練をクリアし続け、その光る才を証明しただけの事はある。
「ふむ。そこは状況の噛み合わせの悪さ……ついでの用事をそなた一人に任せたフラマン怜冠に文句を言ってもらわねば。私としても心苦しい故、直々にジェームズ殿に塁が及ばぬように図りたいところであるが……」
「そ、そんなとんでもない! これ以上レイア様から特別な扱いを受けた……受けてると疑われでもしたら自制してくれている方々まで動き出しかねません!」
遠慮の言葉を向こうに言わせるような意地の悪い事をしたが、まあ彼の言った通りの懸念があるからだ。
現状で私がジェームズ・フラマンから害を遠ざけようとすればするほど、それは火に油を注ぐ行いに他ならない。
もはやこんな命令した実家を恨んでもらうくらいしか出来ないのだ。
「……それに父上も私の事など惜しくないからこのような雑な抱き合わせ仕事を任せるのでしょう……取引もまとめて、ついでに婿入り先に売り込んで来いだなんて……レイア様にも他の立候補者達にも無礼が過ぎる……」
しかし続いたこの言葉には思わず鼻白む思いをさせられる。
実際ジェームズは有能なのだ。
大胆ながら利の出る投資を見極める判断力。関連した商人の誰もが口を揃えて全幅の信頼を語る誠実な取引。物資回りから戦略面での戦いとなればとんでもない力を発揮する事だろう。
私としても現在リストに残っているメンバーの中では、万一敵対すれば唯一脅威になり得るとさえ見ているのだ。
「そ、そんな! 私なんかがとんでもない! ただ銭の大切さと、勘定する事に慣れているだけで……実際お借りした兵を動かしての演習では全然……父やその正統だと言われる上の弟や勇猛さと冷静な判断力を備えた下の弟と比べたらとてもとても……」
そんな私の感想を率直に伝えた反応がこれである。解せぬ。
自信に欠けた……いや、もはやこれは自己不信とでも言うべきか。そうした精神の傾向はこれまでにも見えてはいた。いたがそれにしても根深い。
戦術面、前線指揮官としての能力は、ジェームズ自身が評するほど悪くない。
実際彼よりもまずい指揮をした者など、掃いて捨てる程にいる。彼よりも上手な指揮ぶりを見せた者がいるのも実際ではあるが。それでも一軍を任せるのに不足はないと見る。
だがジェームズの本領はそんな小さな所にはない。
もっと大きな、実際に矛を合わせる前に勝敗を定める戦略においてこそもっとも光り輝く才を備えているのだ。
そんな実績から見ての正当な評価であるというのに、まるで私が本質を捉えていないかのように過大な評価だと口にする。
事実としてジェームズには欲しい才があり、それが身近な者には遠く及ばなかったのだろう。そしてそれを基に否定され続けてうちひしがれたままでいたのだろう。
しかしだとしても、実績をもって示した才を代替的な拠り所としてすら見れないというのは異常だと言ってもいい。
家にとって自分は捨て石のようなものだと評する発言からして、これはもう早急にフラマン家から引き離した方が良いだろう。本当にフラマン怜冠がジェームズ殿が萎縮してしまう程の人物であるならば、手放そうなどとはまったく考えていないだろうがな。
そこは妾腹長男との接し方を間違えた怜冠自身の失敗を恨んでもらうことにしよう。
「ところでジェームズ殿。以前から私はそなたを是非とも部下に欲しいと思っているのだが、私に仕えるつもりは無いか? そなたにならパサドーブルの……いやスメラヴィアはおろかいずれは大陸の経済を回す立場を与えても良いと思っている」
「そ、そんな!? 父や弟たちならばともかく、私などにはもったいないお言葉で……」
「怜冠殿やその嫡男殿らの事など知らぬ。私は私が見知ったジェームズ殿だからこそ欲しいと買っているのだ。どうなのだ? そなた自身を買う私に仕えるのは不服か?」
「いえ! まさか滅相も無い! このままであっても摂政の地位に就くレイア様には間接的にお仕えする事にはなるのです。不服などあるはずが……しかし、そうまでして私を買って頂いても、今の私はあくまでも怜冠家から出てきたお相手候補の一人で……それもここで候補入り出来なければ、生きていてもただただ家に不和を招くだけの……」
「そこよ。その面倒な柵の一切合切から解き放たれてみたくは無いか?」
この誘い文句に、ジェームズは呆気に取られてポカンと。しかし決して払い退けようとはしなかった。




