86:やれと命じたのは私なのだから当然のこと
白い雲を挟んだはるか下。そこを景色が流れる。
森の緑や山肌の茶。
川や湖の青。
これら次々と流れていく彩りを見下ろしていた顔を上げて正面に。
真っ向から怒涛の勢いで叩きつけてくる風を、私レイアは銀の髪を流して浴び続ける。
そんな私を首の付け根に乗せて運ぶのは鋼の大怪鳥、コアトルウイング。
エステリオから奪い取った飛行ユニットを成す片割れだ。
二体揃って合体すればセレンニクスレイアの巨体をも自在に飛行可能にするそのパワー。これが生み出す速度は当然、生身……いやメタルのボディであってももげてしまうほどだろう。にも関わらず、私がこの美しく輝く髪を真っ直ぐに流す程度で腕組み直立していられるからくりは単純明快。この身に漲る波動でもって肉体をガードしているだけだ。
こんな力技で体を保護してまでの空路でどこへ行くのかと言えば、それはもちろん我が領地パサドーブルである。
皇都跡地に腰を落ち着け、その復興工事の設計と監督、さらには重機役もこなして貢献する約束はした。確かにしたがしかし、ずっと張り付き缶詰をやるとは言っていない。
まあそんな屁理屈はともかく、工事も毎日フル稼働で進めているワケでは無い。
特に現場で働く人足には交代制を敷いて休息を取らせているし、割り振りにはなっているが丸一日の休息を定期的に与えてもいる。
そして天候次第では危険もあるからと、安全第一に工事の進行を止めてもいる。
となれば当然私にも復興工事を数日開けても良い時間があって然るべきだろう。むしろ監督たる私こそ率先して工事から離れる時間を取らねばなるまい。
このようにキチンと休みを取らせると宣言したならば、管理者役の冠持ちはもちろん、現場の人足からも戸惑いの声が上がったものだ。
現場に対する奴隷扱い。
これが当たり前になり過ぎてはいまいかと思う。
ハッキリ言おう。そんな働き方は非効率でしかない。短絡的な労働力の浪費だ。
大切な労働者たちはともかくとして、冠持ちの者どもは武具は長く使うために手入れをし、走らせた愛馬も労る。
だというのに、人員のメンテナンスにはまるで頓着しない。まったく理解し難い話だ。
ともかく離れられる日を作った私は、本拠地の様子を直に見るために空を旅しているのだ。
陸路では私を休まず走らせても数日かかる旅程であるが、空路で行けばほんの数時間といったところか。
もっとも、それもコアトルウイング、その片割れのプテラウイングによる音速の数倍速での直線移動であればこそだがな。
これが気球やらではこうも行くまい。
風まかせであるから速度はもちろん、飛行魔獣の類いに襲われる危険もある。比べる方が間違いというものだ。
「……だが空路の普及がもたらす利便性は無視出来んな」
今でも我が領土ではルカを筆頭としたテイマーによる魔蜂による空中輸送を実装している。
自衛能力も高く、数の力による体躯を大幅に上回る輸送能力もあって、これまで大変に重宝させてもらっている。
しかし波動を操る巨大な魔性の怪物とはいえ生き物は生き物。その働きには限界がある。
蜂自身の拠点から引き離すにも限度があり、本能を外れた仕事を正確にこなすためにはテイマーによる付きっきりのコントロールも必要だ。実動する蜂たちはもちろん、指揮を取るテイマーに負担と危険を強いることになる。
中継局によるバトンリレー方式による解決も出来る問題ではある。が、こればかりをやらせるのはテイマーの才の浪費だろう。
それを危惧してラックス近郊には気球の概念を授けて研究もさせているのだがな。魔蜂による輸送に並ぶほどにはなかなか到らんものだ。
そんなことをつらつらと頭の中で並べたてている間に、ミエスクの都が見えてくる。ので方向転換だ。
ほぼ直角の軌道変更。この直後に私とコアトルウイングの通り道をエネルギー弾が焼く。
何者の攻撃かといえばそれはもちろん城塞の壁の上。
そこに備え付けられた波動砲によるものだ。
しかし私に向けて撃ったとはいえ、都市が奪われているわけでは無い。
掲げられている旗は私の雷嵐と女ケンタウロスのもの。砲を操っているのも知った顔だと望遠の目で確認済み。
つまりは私の兵が私に向かって撃ってきた形になる。
だがそれでいい。
通信機での前もっての報せはなし。部下たちからすれば、未確認の巨大高速飛翔体の接近である。威嚇の意味でも撃って当たり前で、そのように私が命じて仕込んだのだ。
抜き打ちチェックと、ちょっとした悪戯心でのサプライズであった。が、早速の良い反応が見られてまずは満足といったところか。
続いてコアトルウイングにはミエスクの隙を窺わせるように旋回をさせる。すると城壁に備えたバリスタと波動砲台は油断なく我々を追いかけるように照準を代わる代わるに。
そうしているうちに警備隊長が私を望遠鏡で覗いてきたのと目が合う。そこでよくやったとの拍手の仕草をして見せたなら、こちらを狙っていた砲台は、まるで頭を下げるかのように砲門と矢尻を下に。
それを確認した私は、コアトルウイングをゆるゆると城の上空へ。
そうしてその位置と高度でホバリングをさせたまま背中から飛び降りる。
城の中でも一等に広々としたテラス。
もっとも多くの砲を配して最大の攻撃力を持たせたそこへ、私は音もなく降り立つ。それに続く形で、着地エリア確保のため隅に寄っていた我が兵たちが列を正して跪礼の姿勢に。
「申し訳ございませんレイア様! 今空にあるものがよもやレイア様の従えた鉄の魔獣であるとは思わず! 皆はミエスクを守るべく懸命に働いたのみ……この責任はどうか私だけに……」
「良い。すべてはお前たちの働きを見せてもらう狙いでやっただけのこと。責任というのならばわざとこの騒ぎを起こした私にこそある。私の城を、都市を護ろうというお前たちの心意気、そしてそれに支えられた訓練の成果をお前たちは私の狙いどおりに見せたまでのこと。私はこれを目の当たりにしておおいに満足だ。それほどの働きをこなしている兵をどうして罰することなどできようか」
「れ、レイア様!」
先頭で頭を下げる指揮官を立ち上がらせれば、感極まって涙ぐんでしまっている。
私としては当然の理屈を説いているだけなのだがな。まあ封建的な上下関係の中で生きていれば、気まぐれな理不尽に襲われる経験もひとつやふたつしているものか。
「とにかく、突発の事にも関わらずお前たちは私の期待に添った動きを見せてくれた。褒賞を手配しよう。今後もたゆまず励むようにな」
「ハッ! ありがたき幸せッ!! 私を含めて兵たちも皆一層の働きをお見せする事でしょう!!」
衛兵隊長の返礼に続いて、集まった兵たちも揃って敬礼を。そしてすぐさま私の周りを固める衛兵を残して持ち場へと走り去ってゆく。
私はそれらを見送った後で、衛兵を伴って己の部屋に向かって歩き出す。
靴音も軽やかに高いこの歩みに、兵たちの動きを受けて浮わついていた城詰めの使用人たちの注目が集まる。そして彼らと彼女らは私の姿を認めるなりに深々と頭を下げてくる。
そんな留守を守って働いてくれている皆に、私は労いと騒がせた事を許すようにと、歩みを止めずに声を投げかけていく。
そうしているうちに長い耳の侍女を連れたレモンイエロードレスの娘が私の前に。
「レイアお姉様! お戻りになられたのですね!?」
「ご挨拶が遅れました陛下。お騒がせして申し訳ありません。未だ都が荒廃したままでありますので一時ではございますが、レイア・トニトゥル・エクティエース・ミエスク、御前に」
直々のお出迎えに、私は深く頭を下げて応じる。すると女皇となったフェリシア陛下はそんな私の手をとって、両手で包むようにしてくるのであった。これからこの年下の女皇に告げねばならない話を思うと、私とて少々苦い気分になるものである。




