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85:内々でも争いの芽の尽きぬことよ

「都としての機能をパサドーブルのミエスクに移すッ!?」


 瓦礫撤去の進行しつつある皇都跡地。人足が我が半身ニクスの崩した瓦礫を運び出し整地されていく様を一望できる物見台。

 宿舎の屋上に備えつけさせた広めのそこで、私は板張りにした厚紙に引いた図面を仕上げていく。


「ではこの作業はなんなのです!? 皇都を復興させると、そのために人や物資を集めてきているのではないのですか!?」


 問いに答えず仕上げに集中する私の態度を咎め立てるように、後ろからの声がけたたましくなる。

 まったく堪え性のない。いや、返事をせずにいたのは悪かったな。

 飛ぶ鳥を落とす勢いで声望・勢力を高めているとはいえ、齢十六の小娘に蔑ろにされて黙っていたとあっては立つ瀬もあるまい。


「いや、失礼した。なにぶん甦る都の礎となる部分であるがゆえにな。人足のと兵の宿の設置、そして整地が終わればすぐにでも手を着けねばならぬところだ。設計図の完成は急がねばなるまい?」


 私は一言の詫びを添えて、抗議の声を上げていた冠持ちの男たちに仕上げた図面を見せてやる。


「こ、これは……水道?」


「その通り。上下の水道設備。その図面だ」


 かつての皇城に大神殿。それら石造りの大建造物群の土台としてそれらに負けない充分な堅牢さを確保。その上で拡張性と整備性。それもスメラヴィア一般レベルに合わせたを持たせた上下水道の図面だ。

 上水道には各所の井戸跡などの取水部にろ過と煮沸工程を入れた浄水機構を取り入れ、下水道には浄水と廃水の増量のバランスを取って複数回のろ過と貯水槽を潜らせて排水する形だ。

 出来る限りの工夫を凝らした自信作である。が、先々の事や天変地異、それらを考えたらばこの図面通り正確に作り上げたとしてもこの先不足は出てしまう事だろうな。

 だからと言って完璧を求めるあまりオーパーツまみれにしてしまっては地の技術力発展は見込めまい。

 何より修理が必要になれば、常に私が駆り出されるようになる。そんなものはごめんだ。応急処理から復旧まで、予算は出すからやれの命令だけでやって貰わねばな。


「煌冠がこうして、新たな皇都の礎に緻密な計画を練っておられるのは分かりました。しかしそうであるならばなぜ都を煌冠の本拠にするのだなどと……」


「一時的にと言ったつもりだったのだが、言い方が不味かったか?」


 設計図を見せてなお通じていない様子に、私はつい齟齬の生じた原因について尋ねてしまう。

 そもそもが私一人の意見ではない。スメラヴィアの首都機能一時移転計画はフェリシア女皇陛下から持ちかけられたものだ。

 それも当然。スメラヴィア皇都は眼下にある通り、逆賊からは取り戻したものの破壊され尽くしたのを一度更地に戻している真っ最中。土台作りもこれからという有り様。政治の拠点としての機能など無い袖も良いところだ。

 まあやってやれない事はない。

 国内の領主らの間を取り持つなり、賊の発生や乱の兆しに対応するまでならばな。

 更地からの再生途上、仮拠点まみれの元都と言う名の開拓地であってもそこに問題は無い。

 だが賓客が来たらばどうする?

 どの客にも月明かりの下の晩餐会と、人足や警護の兵を追い出して調達した屋根と壁とでもてなすのか?

 そうされたのが私ならば、精一杯のもてなしに感謝を述べる裏で経済侵略を仕掛ける計画を組み上げているだろうな。

 商人を抱き込んで私の経済圏とズブズブに。貴族も民も暮らしが私と私の支配地がなければ立ち行かないほどに依存させ、気がついた時にはもう私に下るしかないようにな。

 あり得ない妄想に流れてしまった。

 例えにはしたがまずそんなことは起こるまい。無礼なめられるのが分かっていてわざわざそう仕向けるヤツはいまい。賓客をもてなす場となるのは皇家直轄の第二都市アーマンか、現在女皇がお住まいの我がミエスクのどちらかだ。

 つまりはそういう事だ。現住所で回せるのだから、皇都再建がある程度進むまでは女皇陛下のおわすところを都とすれば良いではないか、と。


「ではアーマンであっても問題はないということでは?」


「そうだ、その通り。女皇陛下にはアーマンに移っていただき、そこから皇都復活の指揮をとっていただければ……」


「その二つの選択肢から、女皇陛下御自身がお選びになったのだ。居をミエスクにすると。諸侯がお疑いになるのももっともだが、それならば通信の波動具にてではあるが、陛下御自身にお尋ねすれば良かろう」


 そう言って私は本拠とやり取りをするのに使っている通信波動具を冠持ちらに差し出してやる。

 が、ここでの直談判はさすがに不都合があるか、誰も私が貸すと出した品を受け取ろうとはしない。

 フェリシア陛下が選んだ事に嘘は無い。私もその意思に賛成して後押しはしたがね。

 ここで反対する貴族らとしては、私が女皇陛下に近すぎるのを嫌っているのだろう。このままではスメラヴィアは私の、ミエスクの一強体制になるからな。残る貴族家は、せいぜいが出来て二位争い。

 そんな状況を打破するためには私と引き離して、女皇に取り入るしか目が無いだろうからな。

 それはいいさ。出世欲も、先々の見通しを明るくしておきたいという願いも、至極当然のものだからな。その考え自体は非難するつもりは無い。

 だが逆に言えば、だからこそ私の野心を誰にも否定させはしないぞ。スメラヴィアの女皇には民を慰撫する役目を任せ、いずれ私が作るニクスレイア帝国の一部として他国と共に下に敷いてやるというな。

 その展望のためにも実権は私、権威を女皇という現状のポジションを変えさせるつもりなどない。


「皇都の再建がある程度進むまで転居にかかる手間もあって合理でない。そう陛下が決められた以上、私は責任をもってパサドーブルにて陛下をお支えするまで。よって私も任せられるところまで工事が進んだ段階で本拠に戻るつもりである」


 この私の宣言に、この場の冠持ちらは低く呻くばかり。

 それはそうだろう。彼らとてそれぞれに守るべき本拠地がある。それを棚に上げて私に残るように願ったところで同じところを突き返されるだけだ。

 つまりこの場でどれだけ反論しようが私とフェリシア陛下の分断は不可能だということになる。

 唸る彼らも、すでに時と場所を変えた別の策の組み立てに頭を切り替えていることだろう。

 その策の結果がどう転ぶのかは見ものであるがな。

 それに皇都再建がある程度まで進んだら。とは言ったが、だからといってフェリシア陛下が帰還するとも限らんが。

 なにぶん私の本拠地に住まう女皇陛下をお支えしなくてはならんからな。相応しい利便性と居住性を追求しての改修と拡大はおおいに進む事に間違いは無い。

 皇都も私が再設計し、一から新世代都市として作り直す事になるのだから、それは素晴らしく住みよく快適な都市になることだろう。しかしミエスクも負けず劣らずの改修発展が進む以上、女皇陛下のみならず民の一人一人にとっても都として馴染んで、動かす理由が消える可能性は高い。


「安心せよ。基礎となる水道部分。あとは大きな建屋の骨組みまでは、私もこの地に腰を落ち着けて監督と作業に取り組むつもりである。ああ、私が戻ってもそなたらは変わらず人足の健康管理と工事の進行だけ気にしてくれていれば良いぞ。財布の中身を当てにはしていないからな」


 私は言いながら紙を板留めにする金具を握って開く。すると私の手の中には神秘金属プロトスティウムに変異した金具が。

 私が笑みとともにそれを見せつけると、冠持ちらは引きつった笑みで頭を下げるしか出来ない様子であった。

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