65:片付けは効率的にやりたいものだ
「これは、連中はどういうつもりか?」
青毛の愛馬セプターセレンの鞍上。そこに武装済みの身を置いた私は、眼下に広がる光景について問いを投げる。
「反乱であります閣下。パサドーブル州に居残っていた先代派。その一部が煌冠閣下の帰還を受けて軍を敷きました」
明瞭に答えたのは「影の刃」一員。
都で増員して斥候部隊として連れている見習いではなく、領内に残していた立ち上げメンバーの一人だ。
ラックス近郊というパサドーブルの一部から大きくその耳目と口を広めた我が密偵たちは、私の命令どおりに我が統治の邪魔になる抵抗勢力に蜂起をあおり、その成果の報告に彼を寄越したというわけだ。
殿下を連れている以上、ここで企みを聞かれる訳にも行かぬ。だからこうして一芝居打つ形になってしまっているがな。
「お姉様、どうされるのですか?」
「反乱の意思は明白である以上、ここは先制して仕掛けてしまっても良いのでしょう。が、一応は言い分を聞いてやる事にしましょう。ハインリヒ、殿下の事は頼むぞ」
「は、はい! 姉上の精鋭と共に!」
馬車から顔を出したフェリシア殿下とその周りを護衛として固めるハインリヒ隊に一声かけて、私は手綱をさばいて反乱勢力が塞ぐ関所前の平原へ。
「親愛なる領民諸君! レイア・トニトゥル・エクティエース・ミエスク煌冠である! 陛下より正しくこの地を預かった私を、何故に剣を構えて阻むのかッ!?」
構えた軍勢はおろか、石組の関までも揺るがすほどに拡大した声。
我が波動の津波そのものを乗せたこれを受けて兵は転がり、馬は鞍上を振り落とし、関の壁にも亀裂が入る。
そうして押し流されつつある反乱勢力の中から、数名が流れを遡るようにして私の前に。
「何を言うのか! 実の父であるテオドール様を討ち、その座を奪った簒奪者よ! たとえその血筋が正しかろうと、我らは令嬢の継承を認めぬ!」
うむうむ。溺れるように群衆をかき分けつつもよくも吠える。その内容も先んじて聞いていた通りの言い分そのまま。
まったくひねりも何もない。
「そのテオドールは皇家の簒奪に与した反逆者である! 皇家所縁の煌冠として乱を抑え、治めなくてはならぬ立場にありながら逆賊に加担するその振る舞いを娘として糺さずしてなんとする! それを成した私を認めぬということは、そなたらもテオドールと同じ国賊と見なすが良いかッ!?」
再びの波動を乗せた大音声。
国に弓引く逆賊呼ばわりでまたも転がったパサドーブルの反乱軍は、どよめき起き上がりながらもその弓矢を向ける先を迷わせ始める。
さてここでもう一押し。
「まだ私は許そう。ここで私に降り、忠義を誓う者はただ威圧甘言に惑わされただけの我が民である! 無辜の民を惑わした国賊の首を差し出せば、その証としよう! さもなくば謀反者として根絶やしとする!!」
これをきっかけに一気に兵らはその得物の矛先を定める。
周囲を固めていた兵らによる全方位からの槍や弓。これが馬上の指揮官を次々と突き上げる。
手近な騎士を討った兵らはそれだけに飽き足らず、未だ健在な獲物を探して血塗られた刃をさまよわせる。
「おのれ! おのれ痴れ者どもが! あっさりと、こんなにもあっさりと寝返りおってぇえッ!!」
そんな中にあって私を簒奪者と呼んだ騎士は自身に向かう刃を払い、私へ向けて突撃を。
「ここで貴様を討ってしまえば、貴様はもう許すも許さぬもあるまいが!」
この状況で私に向かって来られるとは、なかなかの武将だ。が、時流を見る目がまるで無いようではな。
いや、私に就こうと先がないと見えているからこそかもしれんがな。どちらにしろ惜しむ人材では無い。
というわけで騎馬突撃の勢いを乗せた剣を指でキャッチ。その点で微動だにしなくなった刃がブレーキに騎士は馬と分離。さらに鎧の重さに握力が負けて尻餅を。
「ば、バカな……ッ! なんで止められる……!? あり得ないだろうが……ッ!」
「その通りだな。いかなる達人とはいえ、突撃する騎兵の剣をいなすでなく真っ向から止める事はするまい」
鎧の重みで立てずにいる騎士を見下ろしながら、私は剣を摘まむ指をちょっと強くしてへし折ってやる。
私からすればずいぶんと脆いナマクラで、止めた瞬間に折らずに加減する方が難しかった程だが。
このパフォーマンスに地に伏せた騎士はくぐもったうめき声をこぼす。
「ば、化け物めぇ……」
「私が化け物か……なるほど、その程度と見られているからか」
というわけで私は手首からのソードウィップでもって倒れた騎士を止めを刺しに群がる兵から取り上げ、一本釣りにしたその鎧胴に拳を叩き込む。
隙間から吹き出した血を尾と引いて飛ぶ騎士の体。それは関所の石壁にまで届いて真っ赤な大の字を描く。
これに酔ったように騎士狩りをしていた兵らが一気に静まり返る。
酔い覚ましの効きすぎた兵ら、そしてその奥の関に向かって私が愛馬を進ませれば、兵らは自ずと私の行く道を開いていく。
静まり返った中、広々と開けられた道を進んでいれば風切り音が。静けさを引き裂いたそれを、またも指で摘まんで勢いを殺さずに翻す。すると関所の物見台から短い悲鳴と重い音が。
何の対策もせずに私に射かけたのなら当然の結果であるがな。
「先に宣言はしたぞ!? この期に及んで私に手向かうのであれば逆賊として処すると!!」
「……ええい! もはやこれまで! 射手! 射手ーッ!?」
私の重ねての警告に、自棄を起こした将が号令を。
しかしこれに従ったのは二人だけ。残りは私の威に怯えてまったく動かない。
勇敢なる弓兵に左右それぞれに掴まえた矢を返して、私はよどみなく固く閉ざされた門の前に。
ニクスでもってこじ開けてやっても良いが、ここはもうひとつパフォーマンスを入れておくとしよう。
そんな戯れ気分で下馬した私は腰のモノを抜刀。刃渡りの長い湾刀を上段に構え、振り下ろす。
対軍・対魔獣兼用の分厚く堅牢な門扉であるが、私の剣にはなす術も無し。奥の閂ごと切れたこの門は私が押すだけで、分厚い木材を金属で補強した、壁同然のものを開き迎える。
この光景に塗れた尻を引きずり後ずさる者、折れた心を示すように膝から崩れて震え出す者が。
そんな関所砦に籠っていた連中を見回しながら、私はさらに奥へと歩を進める。
「これが最後だ! まだここで降るのならば私は許す! 降伏の証として謀反を煽る者を引っ立てるなり首を差し出すなりせよ! さもなくばこの砦を崩して埋めてやる!!」
固めた関所を易々と破って乗り込んだ上での最後通牒。これを受けていよいよ私に弓を向けに集まった者どもが差し出す首を求めて騒ぎ始める。
それを横目に私はバリケードのひとつを踏み潰し、適当に組んで削った腰掛けを作る。
「私がここで待っているうちにした方が良いぞ!? 私が合図を出せば、我が精鋭はすぐにでも攻撃を仕掛ける手はずになっているのだからな!! 私のわがままで待たせているからもうしびれを切らしている事だろうからな!!」
即席腰掛けに座り、こう宣言。さらにニクスを介してダメ押しのバリスタを射かけさせる。
これを受けて謀反者らは差し出す首を捕らえにかかるもの。糧食を差し出してどうにか私を引き留めにかかるものの二つに別れて大騒ぎ。
そうして程なく鎧の上から縄を打った男たち数名と彼らの旗印を私の前に引き立てて来た。
「御苦労。お前たちたち兵らに重い責をかけぬ事は約束しよう」
責任者を引き立てて来た功労者に約束を念押しして、私は太刀を一振り。それで私を睨み付けていた皺首のひとつをその旗印ごと落とすのであった。




