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45:形式を整えたいのならやってやろう

「ふむ。ようやくのご到着か」


「本当にようやくで。これでは縄張りを守る気概がまったく無いと見られてもしょうがない」


 車輪前立ての兜に小盾を肩鎧としたいつもの重装弓兵甲冑姿の私。その隣で普段通りにスリット入りローブ風の民族衣裳を着たメイレンがうなずく。

 我々が呆れる程にのろまだと評しているのは正面の集団。レイクハウンド前で陣を組んだフンド族の軍団だ。

 我々を威圧するつもりなのか、前衛は槍を掲げて臨戦態勢。見えている範囲ではボルゾーの旗印の他いくつものシンボルが並んでいる。

 だがここに到着するまでの有り様を、そして今もさらけ出している有り様を見ていれば、下手くそな取り繕いでしかない。

 ペースもぐちゃぐちゃで、はみ出す逸れるは当たり前。まともに進まない行軍。

 武装も整えているように見えるが、掲げられている槍の長さもまちまち。前衛役も防具が崩れているのがいる。

 陣形も軍監役か、まともな武装をした者が駆け回って並ばせているような有り様だ。


「旗印のあれもそれも……あっちもか、完全に傭兵の寄せ集めだが……それにしてもまとまりが無い」


「おおかた、雇う金を渋って数だけを揃えさせたのだろうな」


「ああ、そういう……」


 私の評価にメイレンはわずかに眉をひそめてうなずく。

 日頃から人件費の出し渋りをし続けているから、いざという時に外からかき集めた数だけが多い烏合の衆で手札が固まる事になる。

 無論人は大事だが、だからこそ雇う金だけに偏っていても良くはない。しかし体裁も整えられないような程度では論外だ。なぜこんな惨状が起こっているのか。


「……いや、私のせいか」


「心当たりが?」


「うむ。あったな」


 まあ特別妙な事をやったわけではない。ちょっとわからせてやっただけだ。ちなみに私から侵略したわけではない。およそ二年前にヤツらが、ボルゾーの一族らが中心となった魔人族の湖上水軍が略奪に来たので、な。ちょっとフラッシュブラストで奴らの船の全部を沈めてやったまでの事だ。

 当然救助はさせたぞ。まあ溺れる将兵の中には魔獣に食いつかれていたのもいたが。それでも遺体が回収できた者は弔い、重傷でも生きている者はちゃんと国許へ送り返してやった。

 船の損害やら負傷兵の世話やら、こんな甚大な被害があって、マトモに軍が整えられる訳が無い。

 付け加えて、放置された捕虜であるルカのような者たちに限らず、レイクハウンド以外からも移住したい者は我が領に誘ったからな。税を取ろうにも民が減り、集落の衰退も起きていたはずだ。

 時間も金も人も無い。無い無い尽くしというヤツだ。

 よくもまあそこまで弱っていて他の種族に攻め落とされたりしなかったものだ。いや、侵攻もされているからこの体たらくなのか。

 スメラヴィアから見れば魔人族領とひとまとめに、一国家のように扱われるが、実態としては獣人型とそうでないのとで大きく二分され、その二つの中でもさらに細かく種族毎の独立したコミュニティを形成している。スメラヴィアなどの只人国家に対しては連携した行動を取るため連合体扱いをされているが、同盟関係を組んでいる小国家郡に過ぎない。

 そんな関係であることから、時期による頻度の差はあれど勢力争いは絶えないのだ。

 目端の利く者がそれなりにいれば、むしろ私に対する緩衝地帯とするために支援する形になっていただろうに。ここまで目先の利に走る者ばかりだったとは。そうして追いつめられた果てに父に利用され、あげくに自爆同然の愚行に出たのだろう。

 これはそこのところを見誤って加減を間違えた私のミスだ。人間種の大体が視野が狭く目先に走る事など分かっている。だというのに、私の見ている視点を持っていると思いこんでしまう。相手の向けてきた剣を折ったのなら、じわじわと体力を奪うよりも頭を落としておくべきだったのだ。そうしておけば大切な労働力をこんな失い方をする事もなく私の元でもっと有意義に活かせたものを。まったくもったいない。

 しかしやれやれ。後からなら無意味なたらればはいくらでも言えるか。しょせんは私も生命体に過ぎんということだな。

 と言うわけで、過ぎたことを悔やむだけならば意味はない。今は切り替えて目の前の軍勢に集中すべきだ。

 いかな思惑があるにせよ、復興作業中のレイクハウンドに水を差されるわけにはいかん。私と数名の精鋭、加えて鉄巨人の半身ニクスでもってだらしない軍勢の前に出る。

 するとそれに応じて比較的にまともな装備をした者が前に。

 長く黒い垂れ犬耳をもったその男、たしかボルゾーの現族長、名はアジーンだったか。長が率いる軍がこの体たらくだとはな。


「そちら、スメラヴィアのミエスク一族のレイア様か。我らの縄張りでいったい何をなさっているので?」


「湖の向こうからでも村が魔獣に襲われているのが見えたのでな。同じ湖の恵みを支えに暮らす者のよしみで手を差し伸べに来たまでの事。そちらの率いているのはもちろん、魔獣に蹂躙されていたレイクハウンドを救わんと立ち上がった兵なのだろう。しかしずいぶんとのんびりとした救援な事だ。狼煙も見ていただろうにここまで時間がかかるとは。私が駆けつけなければ誰一人として助からなかったところだったぞ?」


 恩着せがましく我らの戦果をアピール。その上で生存者から受けていた情報の一部も伝えてやる。

 するとアジーンは沈痛な顔を作って見せる。


「なんと……我らも報せを受けてから数だけでも揃えねばと大急ぎで軍を整えて駆けつけたつもりだったのですが、よもやそのまでとは……我が領民を救って下さった事、感謝に堪えません」


 ぬけぬけと、よくも建前だけはそれらしく固めて見せたものだ。物見も寄越さずにいたことはとうにお見通しだというのに。

 まあ良い。それがそちらの言い分であるのならな。


「ほう。常備の兵で救援を整えられぬ程とは、ずいぶんと懐事情が厳しいと見える。ではどうだろう、このまま私が被害を受けた村々を庇護するというのは?」


 復興できたところで返還するつもりはないがな。ここを今回の支援は湖畔村の数々を足掛かりに、ルシール近郊を完全に私に下らせる良い機会だ。

 当然領主、土地を牛耳る民の長としては、こんな舐めた申し出は突っぱねる一択だろうが……さてどう出る?


「それは困りましたな。レイア様の手腕に加え、余所にまで救いの手を伸ばす慈悲深さは今回の一件で痛感したところであります。ここはレイア様にまるっと預かっていただくのも妙手なのかもしれません。かもしれませんがしかし、救われたとはいえ元は我らの土地と民。一度も矛を交えることもなくどうぞどうぞと土地や民を差し出すようではどこにも、誰に対しても示しがつきません」


 ほう。これは思いがけないな返答だ。つまりヤツは私にレイクハウンドのみならず、ボルゾー一族の治める土地すべてをくれても良いと言っているのだ。示しがつかんと言っているも、示しがつくなら預けたいと言っているのだ。たしかに私の傘下に加わると言うことは、私の統治の恩恵を受ける事になる。魔人族ら相手には特にそうなるように仕向けていたが、こんなにも早く族長レベルから差し出されるとはな。


「ならば良し! 私とて一度世話したこの土地を無責任に放り出すのも忍びない。示しがつかんと言うのならかかってくるが良い!」


「なんと恐ろしい。レイア様の精鋭相手では我らなど一当てで心が折られてしまうやもしれませんな!」


 非難なのか命乞いなのか、そんな情けない宣言と同時に族長殿は手を上げ合図を。これに続く進撃のラッパに対して、私は鏑矢を鳴らす。

 まずは強めに当たって後は流れで、と来たか。やりすぎないように半身ニクスは控えに回して、私は五人張でなく最初から馬上湾刀を抜いて駆け出す。

 で、この衝突の結末であるが、私と当たった犬型魔人フンド族の全てが、例外なく即座に腹を見せる白旗のポーズを取る形になった。

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[一言] 湖畔プロレス開催の巻。
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