122:ああ懐かしくも忌まわしい
「ごふ」
今のうめきは……ああそうかそうだった。噛み殺してなお隙間から漏れた私のものであったな。
宙に投げ出された私はノイズまみれの頭の中で状況を整理する。
クラブアンカーを呼び出し、その背中でペリトロペーの修復操作をしていた。
その途中で損傷、そして間に合わせパーツによる歪さ以外の異物に気づいた私であった。が、他ならぬ修復を施していたペリトロペーの拳に殴り飛ばされたのだ。
そこまで振り返った私は落着の衝撃を転がり流す。
未だに空からの敵が弾をばら撒いている事も思い出せていたからな。
というわけで地を穿つ追尾弾をかわしつつ立ち上がり、曲がってしまった太刀――おそらく鉄拳を受けた際の歪みだろう――を振るい払う。
そこへクラブアンカーが横滑りに屋根として割り込んでくれる。
「ニクスレイアッ!? すまない!? コッチにも何がなんだかッ?!」
「お前の意思でやった事ではない。その事くらいは分かっている」
我がメカガザミの背甲の上からの戸惑いの声に、私は一飛びに腹甲に取り付いて落ち着くようにと波動に乗せて返す。
あの一撃がペリトロペーの意思によるものではない。
それはそうだろうとも。
ペリトロペーは強者と見込んだ相手の弱みを盤外で突くことはしないタイプ。
勝負の最中で出た隙であれば躊躇無く攻める所であるが、それ以外ではフェアな条件で打ちのめす事に満足感を覚え、それを求める戦士である。
旧世界は同胞らから甘いとも、ナイーブに過ぎるとも言われたその気質。そんなモノの持ち主が敵に手当てされているとしても、その最中に襲うなどという不義理を働くような真似はすまい。
では何者の仕業によるものか。
「そんな所に潜んでいたのかガストロリトス」
「俺がドコに居ようと俺の勝手だろうが」
私の呼びかけにペリトロペーはそのバイザーカメラを瞬かせる。
だがその声、その言葉はヘリ女のものでは無い。
野太く響くそれを、我らが聞き間違えるはずもない。かつては頭領と仰いだ破壊者の声を。
「そ、そんな……!? ガストロリトス、様ぁーあッ!? なんで、なんでコッチの機体からーッ!?」
「何を驚く事がある? お前の拳が誰の意思に支配されていたのか、その疑問に答えてやっただけだろうが」
混乱するペリトロペー。対してガストロリトスは侮蔑の色を帯びた声を彼女の口から吐き出す。
なんという厚かましさ。
他者の機体を間借りしている分際で、よくもまあ暴君面が出来るモノだ。
「ニクスレイア! 構うことはない! こんな、コッチのモノじゃない機体だなんて願い下げだ! だから……」
「黙れ。貴様の考えなど関係ない」
自分ごと潰せとのペリトロペーの叫びを彼女自身の手が――寄生者の意思で塞ぐ。
ならばと自害を目論んだのだろう逆の手もコントロールを奪われて狙いを逸らされてしまう。
なんと不憫な。
こだわりとプライドの強いペリトロペーには耐え難い屈辱だろう。即座に自害を望むのも無理もない。
だから私はクラブアンカーにハサミと対空砲にて背甲上を攻撃させる。
この間にメカガザミの機体を登りきれば私は直接にローターブレードで空を飛ぶペリトロペーを見上げる事になる。
「ニクスレイア……どうして……」
「手緩いな。相変わらずつまらん情に流されて機を逃し続けているか」
忠臣殿を傍らに従えてホバリングしながら私を見下すペリトロペーの機体のガストロリトス。
やがてはぶつかるだろうと想定していたかつての上役。これに対して私は曲がったままだった馬上刀を復元。その切っ先を突き上げ向ける。
「どう言われようと、もったいないと感じた相手を活かしたいのが私だ。切り捨てる事にしか能のない破壊者の戯言など聞き飽きたな」
「……不敬な……ガストロリトス様を差し置いて支配の力を振るうに飽き足らず、なんという不敬な物言いを……」
私の返答に怒りを燃やすアクティスキナ。それをペリトロペーを乗っ取ったガストロリトスが制する。
完全にヘリ女の機体を掌握したその様子に、忠臣殿は顔に灯した光点を感激に瞬かせる。
そんな眼差しを受けながら、ガストロリトスはやや煩わしげに機体を傾けて私の真上に。
「他者の機体を奪い取って支配者だと? 随分とまた卑しい王者もいたものだなガストロリトス。それとも何か? その卑しさは寄生出来る程の部品の小ささが故にか?」
軽く。本当に軽いあいさつ代わりの挑発。
これを口にした直後、アクティスキナの顔面にペリトロペーの拳がめり込む。
「不言実行、忠義一途。だからこそお前を最高最良の部下であると頼んでいる。が、その反動のように我慢弱い所はとことんであるのが玉に瑕だ」
「も……もうし、申し訳……ありません」
砕けた顔面の奥。潰れたメイン二つの奥にある五つのサブアイを灯しながら潜もった声で謝罪する忠臣殿。
その声には戒めるためとはいえ暴力を振るわれた事への不満は欠片も無い。ただ純粋に感謝の念のみがある。
これではまるでマゾヒストの下僕では無いか。
そんな不快感に眉を顰める私を見下ろして、ガストロリトスはペリトロペーの顔で侮蔑の光を瞬かせる。
「この心から服従の美しさが分からぬか? 畏怖による口ごたえすら思いつかぬ程の心服。これを遍くしく事、それこそが真の支配だ」
支配者たる姿への説法ときたか。この私に対して。
「なるほど、一理ある」
敗北感や恐れを植え付け、屈服させる。そしてその強さを頼らせ従わせる。それは間違いなく支配の形であろう。
「だがそれが真の支配とは笑わせる。手っ取り早いのは確かだろうが、短絡的なだけだ。燻る反骨心の再燃に追われ、逆転されてきた戦歴を忘れたのか」
まったく反省の無い。
破壊と殺戮だけではどれだけ苛烈にしたところで反感を育て、団結を生む事になるというのに。
欲しているのが支配することまで、統治する事を怠っただけの堕落者の考えか。あるいは消耗を目的に、戦乱と対立を手段にしている狂信者のそれか。
「減らず口を。しかしお前の考えがどうであれ、こちらのする事は変わらん」
相変わらず私の態度に容易く熱暴走するアクティスキナを抑え、ガストロリトスは私に向けて砲撃を。
だが当然これを我がクラブアンカーが通さない。
対空砲とハサミとで受けたその刹那、横合いから防御の隙間を縫う形でアクティスキナの狙撃が。
真っ直ぐに私をめがけて迫るこれを、ソードウィップ、さらに馬上刀とで捌く。が、押されるままに私の体はメカガザミの背甲から零れてしまう。
バランスを崩した勢いをそのまま、クルリと身を翻して転がり受け身。そこを叩き潰そうと鉄拳が。とっさに馬上刀を振り上げる。が、威力に負けて折れてしまう。そして我が刃を折った大鉄拳はもろともに私を圧し折る。
轟音。
そして土を巻き上げ突き刺さる鋼の拳。
だがそれだけに留まらず地を穿った拳はその腕に備えた波動砲を放とうと――したその肘部を光の刃に断ち切られる。
「さすがだが、そこまでは通せんな」
地を貫き出た光刃の鞭。その出どころは当然この私。再合一を果たした私だ。
ちょいとこの辺りの土中に道を掘り、機体を仕込んでいた、というわけだ。
まあ相手側にも何かあるだろうと見越されてしまっていたようだがな。
ともあれ、ここからが本番だ。切り落として掴んだままだったアクティスキナの前腕を放り投げ、私は本来の姿でこの場に立つ。
「それを待っていたぞ。まったく出し渋ってくれたものだ」
対するガストロリトスが見下ろして抜かしてくる。
察するに私の機体が、それも意識と合わさった本来のそれが標的であったようだ。が、その目論見もろともに踏み潰してやるまでの事。




