117:私の側には余力充分
「何故です! 何故動いては下さらぬのかッ!?」
こう私に食ってかかるのはモナルケス方面に進撃。民兵主体で備えた都市の攻略戦で大敗を喫した冠持ちだ。
直接口に出した者の後ろには、これと心を同じくした冠持ちらが居並んでいる。
実害を受けた地元まわりの柵ありきとは言え、私の命を無視して動いたあげくに手痛い逆撃を受けたこの者たち。
地の利を活かしたゲリラ戦術に散々に翻弄された事実。最初はこれを隠していた彼らであったが、前線から上がる窮状に耐えかねて私に助けを請うて来た。これに対して私が本拠地から動かずに表立ったアクションを見せずにいた事で、たまらず痺れを切らして今に至るというわけだ。
「我らがこうして踏み荒らされた民の無念を晴らすべく動き、摂政殿下に伏して願っているというのに、何故何もなさってくださらぬのか!? お答えいただきたい!!」
はて、誰一人として伏している者など見当たらないが?
それにしても何もしていないとは心外な。
「現状はどの前線にも私が直接出向く必要はないからな」
攻略のために必要な命令はすでに出してある。それこそこの者らが訴えに動く前にな。
そもそもが無理に巣穴に潜り込むから痛い目を見る羽目になる。
無造作に手を入れたならネズミとて指を食いちぎるのだぞ。無闇矢鱈に攻め込むのが軍略ではない。
ならばどうするのかといえば答えは簡単。向こうから明け渡すようにすれば良い。
それは外から干上がるようにしても良いし、中から寝返るように誘っても良い。その方が彼我に被害が少なく、後に支配するにも効率的というもの。
私は最初からそのつもりで攻めても包囲まで、後は潜入させていた工作員らに相手国への不信感を煽らせるなりして制圧させていくように命じていたのだ。
故あれば裏切る。それは知恵ある者の常。そして己と身近な者の命、生活はその故とするには充分であるからな。
その計画を手前勝手におじゃんにしておいて、おまけにその失態を隠すつまらん小細工も重ねて。
それで民のため国のためと己を持ち上げるとは、まったく面の皮の分厚い事よ。もっとも、厚手の面の皮を持ち合わせていないようでは政などとても出来はしないがな。
「ひ、必要が無いなどと、どうしてそんな!? 確かにスメラヴィアの忠勇なる兵は今も懸命に働いておりますが!?」
「精鋭を率いてその武威を示し続けた戦女神のお言葉とは思えませぬぞ!?」
後は結果が出るのをゆるりと待つ構えの私に、冠持ちらは非難の声を重ねる。
私の武威でもって自分の尻拭いをさせようと目論んでいながらよくも言う。
いや、最初からこの私にケツモチをさせるつもりで従っていた彼らからすれば、現状は私からのハシゴ外しになるのか。
それはそれは。アテが外れて残念だったな、と言う他無いな。
「なんにせよ強引な武力侵攻をやりたいそなたらの事情など、止めよと命じた私には関係のない事だ。そもそもが前線を順繰りに回っていては、また大事な案件が後回しになってしまう」
第一私に危ないから動け動けとこの者らは言うが、包囲駐留させている軍団は包囲解除に出張って来たのをことごとく返り討ちに出来ているのだぞ。
どこに計画変更の必要があるというのか。
「バカな!? その大事な案件とやらが、その馬遊びだとでもッ!?」
突き放す私に食って掛かる者の言う通り、今私は愛馬の鞍上にいる。
恵まれた肉体をドレス風の飾り甲冑に包み。銀の髪は結い上げ、煌めく宝玉を絡め散りばめて我が冠位になぞらえた煌めく仕上がりに。
そうして華々しく武装した手には愛用の五人張と投槍めいた矢を携えて。
この私の目の先にあるのは芝と土を蹴り上げ走る馬達。そしてその鞍上から的を射抜く騎兵達の姿。
しかしこれは訓練ではない。
天幕から遠巻きに騎射の当たり外れに悲喜こもごもの声を上げる観衆がいる様にも表れている通り、いわゆる催し。馬術大会と言うやつだ。
最大二十頭立てで障害物のあるコースを指定距離疾走。騎射的当ても含めた障害物攻略の出来栄えと着順の総合記録を競うという内容の競技である。
馬産地であるパサドーブル州では伝統的に。ひいてはレイア軍でも、訓練とその成果発表として催してきたものである。
此度のこれはそれを参加者をスメラヴィア全土に募ったものだ。
貴族やそのお抱えの腕自慢が集った今回のミエスク杯であるが、まずまずの盛り上がりを見せたと自負している。
天幕と椅子付きに立ち見席にと分けはしたが、冠持ちも民も同じレースを見て同じく手に汗握っている。
貴族衆の中には、我もとこの興行を真似て開催する者も出てくる事であろう。そうして民の中からは人馬一体に駆け抜ける様に憧れ目指す者も出てくる。単純に優勝者らに向けた褒賞目当ての者もあろうがな。
ちょうど今のレースが決着を迎えた事であるし、直々に授けに行くとしよう。
と、私は足鎧の微細な飾りの一部でもある拍車を愛馬にくれて発進。表彰の舞台に乗り入れる。
そんな私を下馬した受賞者が跪いて迎える一方、私は運営に携わる部下から黒い石を受け取り彼らの前へ。
この黒い石はいわゆる石炭。
太古の植物が地中で地熱と地圧を受けて変質して生まれた化石燃料である。
その主成分は炭素であり、金剛石と同じ。荒っぽく言えば生成環境の圧力と熱の差によって燃える石と珍重される宝石に分かたれているだけと言える。
私はその石炭を握った手を、優勝者が器の形に捧げた掌の真上で握る。
当然潰れる石炭。
我が握力を受けた炭素の塊はこの手の中で圧縮される。同時にこの手の内には我が身に宿る波動によって制御された二千に至る高温も閉じ込められている。
そして程なく開いた掌からはサラサラと金剛石混じりの炭の粒がこぼれ落ちる。
我が波動術によって誘導された煌めきを含んだ炭粉は余すこと無く受け取るべき者の手の中へ。
一握の金剛。
配下衆からいつしかそう呼ばれるようになっていた、私直々の人工ダイヤモンドのプレゼントである。
もちろん精製に用いた高熱は直に手に授けるまでに完全に排除済みである。
ともあれ両掌に出来た人工ダイヤモンド混じりの砂山に、優勝者が潤んだ目を注ぎ、改めて頭を下げる。
「直々の褒賞……ありがたき、ありがたき幸せでございます……! 末代までの家宝とさせていただきますッ!!」
「そなたの才と努力が受け取るに値するに至ったが故の結果である。その褒賞もそなたに限らず努めた者に報いるための品である。そなたとそなたを取り囲む者の命に勝るものでは無い。手放す事で救えるモノがあるのなら躊躇する事なく用いるが良い」
「ありがたく……ありがたく!!」
私の言葉に感極まった優勝者は、我が配下に横から渡された瓶に人工ダイヤモンドを含む砂を一粒も零さぬように入れていく。
私はそれを見届けてから手綱をさばいて愛馬をコースに向かわせる。
「レイア様本当に表彰からの立て続けに模範演技を行うのですか?」
「安心せよ。武装はこのままで行くが、直前のレース参加者が観客席に入れる程度の間は開ける故にな」
「それは心配しておりませんが……」
「ハッハッハッ! この程度で集中を失うほどヤワでは無いぞ? 並の将兵では切り替えが必要になるやもしれぬがな」
愛馬の蹄を進ませつつ、私はそう部下の配慮を笑い飛ばす。と、そこで遠くの山肌が光に切り裂かれる。
横一線に景色を裂いた輝きは山なりの放物線を描いて我がレース場に迫る。
この投石めいたエネルギー砲に、私は五人張に矢を番え弦を鳴らす。
矢に込めて放たれた我が波動は空に波紋を発生。迫る砲撃に対する傘となる。
天に弾けた輝きに悲鳴が上がる中、私は観客席を一瞥。そこで私に食って掛かっていた冠持ちらの愕然とした顔を認める。
「愚かな」
この事態を引き起こした輩にそう吐き捨て、私は手はず通りに襲撃者の迎撃に愛馬の鼻先を向けるのであった。




