116:こちらを立てないばかりに
「いいですねレイア様? 本当に、本当に我々に任せてくださいね!?」
「分かっているともミントよ。私のニクスも手痛い打撃を受けたばかり。城から指揮を取らねばならない仕事も次から次へとやってくるのだ。私とて飛び出してはいけぬさ」
「そう言っておきながら飛び出していくのがレイア様でしょう!? 足の軽さに助けられている事は重々承知ですけれども!!」
うーむ、信用の無い……いや、この場合はあり過ぎると言うべきか?
実際巨大な機械生命体対応。これは私だけの管轄だとばかりに飛び出して行っていた実績があるからな。
大人しく重鎮仕事をしていようが、必要があると見れば最前線に来る。そうミントらが戦々恐々とするのも無理のないこと。
しかし本当に今回は、今回ばかりはしゃしゃり出ていくつもりはない。
出ていきたくても出られない、というのが実態ではあるがな。
先に口にしたとおり、我が機体たるニクスはペリトロペーとの戦いで受けたダメージの修復が終わっていない。
セルフメンテナンス能力による自己修復で修復可能な範囲ではあるのだが、まだ本領発揮するには厳しい。
流石に機体無しで元同胞らの相手をするのは避けたいところであるからな。
幸いな事に今は私以外の機械生命体戦力もある事だからな。メタルのデカブツ相手は彼らの仕事として回す事にしよう。
そして自分のやっていた仕事を任せた上で、私にはやっておくべき事がある。これでは執務机を離れる訳にもいくまい。
「それにしても、私は攻め入るなと命令した筈だが、敗走の報告がこうも上がってくるとはな」
「それは……やはり前線の判断というものではありませんか? その上で敗れてしまっている、というのは問題だとは思いますが」
「ふむ。亀のように甲羅に籠もるばかりでは防衛もままならぬものな。その場その時の判断というものを頭ごなしに責めたりはせぬさ」
それを上からやられて雁字搦めにされていたのが旧世界の私だからな。結果として失敗を招いた事については反省を求めるが、現場としての柔軟性は持っていて貰いたい。
でなければウッカリと熱した鉄に触れたままでいて取り返しのつかぬ大火傷を負うこともあろう。
だから、問題はそこではない。
「せめてこの報告書が「影の刃」や軍監として付けた者らからの密書でなく、軍を率いる冠持ち直々の救援嘆願であれば良かったのだがな」
私の厳命。つまりは国の方針を踏み越え、それを軍監に甘い汁と脅しで口封じさえしてしまえば問題無い。
そう侮ってる冠持ちが堂々と忠臣面をしているという事。それが問題なのだ。
「……フェリシア陛下の信任篤い摂政たるレイア様の発した命令ならば皇家の命そのもののハズ……だというのに国に忠を誓った冠持ちたちがどうして……!」
「忠義の誓いとは言うが、なかなか絵物語のように美しく裏表無しとはいかぬものだ。特に大身になればなるほどにな」
スメラヴィアに限った話では無いが、国主の下、各地を管理するように任じられた者たちというのは、小さな国主であるとも言える。
つまり彼らには彼らの臣が仕え、守るべき民がいる。
それらの都合を完全に無視して、お国の為にと働ける領主というのはまず居るまい。
それは世襲が続き根深くなれば尚の事。統治を任せた主よりも己の身内と土地に比重が傾くというのが世の常だ。
攻め寄せられたのを水際で撃退したとして、奪われたモノは少ないはずもない。
だのにお国の方針だからと報復しないでいては下からも外からも不満を持たれ、侮られるというわけだ。
「まあ彼らそのものについては良い。この結果では、兵も民もすげ替える首をここにまでは求めまい」
「当然です。上に立つ者は責任を取るために君臨している。と、レイア様は常々おっしゃいますが、失態を犯した本人にも相応のモノが科されてしかるべきです」
私自身の首を指しての冗談に、ミントは当たり前だとばかりに。
しかしそれもまた派遣した我が忠臣らの働きの賜物であるのだが。
彼らが勝手を出来てしまえる分、やらざるを得ない分、地元の領主と民の結びつきはダイレクトだ。
当然独断専行をした者たちはその結びつきでもって大衆の怒りの矛先を私に向けさせようとしている。だが我が忠臣らは、それの先回りに彼らの無謀さと私の判断の正当性を広めて回った後だ。表裏両面にルートを選ばずにな。
まあ、政治的な根回しの一環というものだな。
潔癖症な連中は軽蔑する手段ではあるだろうが、この程度のコントロールが出来ねば政の場で立ち回るなど到底不可能な話よ。
まあ私側から流している話は嘘では無いのだからまだ誠実な部類であろう。
ふむ。しかし政と言えばそうだな。人品潔白かつ有用な才を備えている事、それと組織内政治に通じている事とは完全なイコールではない。
有能であり、実績はあっても政治適性を持たぬばかりに冷遇を受ける、最悪潰される事例は枚挙にいとまがない。三人集まれば派閥が生じると言うように群れに政はつきものなのだからな。
群れの中での立ち回りの上手さ。それもまた優れた能力であるが、有能なはぐれ者を生み出す側面があるのもまた事実。
この辺りは今一度厳密な調査が必要になろう。
同僚上司との折り合い悪く爪弾きにされた者が我が下を離れるなどもったいないにも程がある。
幸いにも今は私に鞍替えするべきと目端の利いた者たちが煙たがられて冷遇、放逐を受けている頃。
それらも含め、どんどんと迎え入れてやるとしよう。古巣を見返してやる機会を増やしておいてやる事は私の利にもなるからな。
「それにしても、我が直属の兵では無いとはいえ、ここまで手痛くやられるとはな。報告書に書かれた相手では納得でもあるが」
「民兵相手の大敗が、でありますか? 民兵依存を脱却するのがレイア様の軍政であるのにですか?」
「ミントの疑問はもっともだ。私はもちろん利点があるからこそ専門の職業軍人を養い育てている。が、民兵が欠点はあっても軽んじて良い相手だと評してきたつもりは無い」
キチンと末端まで装備の質を整え、訓練を施している我が直属の兵。
これと農具の改造や古ぼけた使い回しの装備に、生業の道具を急に持ち替えさせて寄せ集めた民兵。
この条件でかつ、平野でのヨーイドンのぶつかり合いあれば、よほど酷い数の差が無ければ私が現場に出る事もなく勝利を収められるだろうとも。
だが民兵の潜んだ市街村落に乗り込み制圧する。この形になれば侵攻した軍はまず無傷では済むまい。
それこそ隔絶した差でもなければな。
生命、特に縄張りを持つモノというのは己の領域に他者の手足が入る事を嫌うものだ。
であれば、根ざした定住地をその持ち主が死に物狂いに守ろうとするのは至極当然。
それこそ真っ当な軍であれば戦場の倣いとして避けるような、明文化されてこそいないが存在するルールで禁じ手とされた手口すら使いかねない。
例えば普段は非戦闘員だと言う風体で過ごしてやり過ごし、無防備なところを見せたら襲うというように。
これは倫理観の問題というよりはモノを、特に人同士の戦を知らぬから起きる事だ。自分たちが相手からすれば掟破りをしている事など思いつきもしていないだろう。
ほとんどが文盲で、獣や野盗を相手の生存競争しかしていないような民を土地の守護者として武器を持たせたならばな。
民兵らに言わせれば「お偉い様の都合に付き合っていられるか」というところであろうが、まったくもっともな意見である。
「まさに地の利を得た巣を守る獣の群れ……というべきですね」
「少々乱暴な物言いだが脅威の評としては的確だな。さてミント、お前ならばどうする?」
「そう……ですね。私ならば……」
腹心の教育として問いかけはしたが、当然私はすでに手を回している。
問題はそれが成るまでに諸将を抑えられるか、成ったとして不満を抱かせずにいれるか、と言う所になるか。




