114:西に懐かしき顔あり
獣人連合にエルデアにクリーチと、東方は水面下での動きの成果待ちの段階に落ち着いた。
が、東にばかり注力していられないのが我々スメラヴィアである。
西方にもモナルケス、サンセと有人の鉄巨兵の軍団を擁して宣戦布告をしてきた国家があるわけで。
そんな西方の、モナルケス側にこれまでのモノとは別の鉄巨人を確認。国境に接近しているとの報告を受けて、私は機体の四輪を回している。
もっとも、そのドライバーシートに私レイアの姿は無く、ハンドルはひとりでに回り、ペダルもレバーも自ずから車体の動きと連動している。
何のことは無い。
これまでも再合一無しで散々にやってきたリモートだ。
何せ私自身は摂政の立場もあって、パサドーブルの中心から東西に意識を向けていなくてはならない。
自由な時間は無いでは無い。が、それでも気楽に国境線のパトロールとはいかず、現場や戦場の手助けに飛ばせるのは鋼の機体側だけと言うわけだ。
正しくリユニオンした状態と比較して、機体側のポテンシャルは二割強落ちる。その上に肉体と機体を同時並行に操る手間もある。
が、ミエスク城周辺とは違う景色も見れて良い切り替えにもなっている。
不満といえば道すがらに狩った魔獣やら、それを置いてった村の産物の味見がその場で出来ない事はあるが。
話が逸れたが、たまたま遠隔で西の国境近くに機体を派遣していたところ、西側に大物の影を見たと聞いたので丁度良いと差し向けたと言うわけだ。
さて隣国モナルケスと言えばパサドーブル、それも私の立脚地たるラックス方面でも国境を面している。が、今回の警報が上がったのはもっと南側。パサドーブル州からも外れた地点からだ。
そもそもラックス方面は、私が旗揚げをする前から叩きのめして分からせてやっていた。
スメラヴィア包囲網が敷かれたその時にも向こうの国境警備担当は攻めるのを渋り、こちらには情報を流し、モナルケスには素早い撤退をさせることで双方の損害を抑制してみせた。
恐ろしい私からも敵視されず、モナルケス側からしても守将としての功績を示したと言うわけだ。
まったく上手く立ち回ったモノだよ。
さて、振り返っている間に、ニクスの車体の目の前に国境砦が。
この砦を占拠したスメラヴィアの将兵らは、到着した白銀と蒼の車体を見つけ、口々に歓声を上げる。
歓迎の声に迎えられるまま、私は車体を人型へチェンジ。その勢いに乗せて堀と壁を越えて飛び込む。
露天の練兵場に着地したニクスは土を削りつつブレーキ。それ以外には施設に被害を出すこと無く制止してみせる。
そうしてワイルドな道中と着地とで浴びた土埃を払っていると、この砦を受け持つ将が転がるようにして足元に。
「み、ミエスク煌冠……のゴーレム、か?」
「いかにも。もっとも、このニクスの機体は私、レイア・トニトゥル・エスティエース・ミエスクの意識と繋がっている。本人の到着と思ってもらっても構わん」
暗く光の灯らぬカメラアイ。それで守将を見下ろしたなら、彼と練兵場に集った兵らが即座にひざまづく。
「楽にせよ。そなたら忠勇なる将兵の働きが、民の安寧を……そこから転じて我らの政をも支えているのだ」
「ハハ! ありがたき御言葉!!」
返事は堅苦しくも素直に立ち上がる守将。
これに続いて我らを囲む兵らも立ち上がり拳を突き上げる。
おおいに気炎を上げる兵らに、私はその意気を喜び称えつつ、一度勢いを落ち着かせる。
「この近辺に数を頼りにした鉄巨兵とは異なる鉄巨神が近づいているとの報告があった。何か怪しい動きは無かったか?」
「ハ! 潜入部隊からの通信には間違い無くその警告はございました。しかし先日我らで撃退した敵鉄巨兵の部隊にはそれらしいモノは見られませんでした。こちらとしては強いて言えば敵が姿を見せる頻度が増えてきましたので、補給要請と合わせて報告を上げるところでありました!」
「ふむ。頻度が上がったというのはいつから、どの程度にか?」
「平均して数日……およそ五日に一度程の頻度の挑発行為だったのですが、それが先の二回は一日置きに」
「ふむ。今日か明日にでもまたモナルケス軍が出てくれば、これは偶然では無いとの確信を添えて、ここからも通信を出すつもりであった。そんなところか」
「まさしく。お見立ての通りであります」
斥候を出して調べようにも、敵の砦を鉄巨兵が歩哨に歩いていると通達し、控えさせているのは私だからな。
潜入部隊からの警告報告を信じ、守りを固めながらとなると観察する他無い。
「大儀であった。重く巨大な敵の足音にも怯まず、民の盾として侵略を阻み続けるそなたらの勇猛さを私は誇りに思う……」
装備の不利をものともせず、均衡を維持してくれていた将兵らに労いの言葉を。それを遮る形に物見櫓からの半鐘がけたたましく鳴り響く。
コレを受けて機体に城壁を飛び越えさせ、砦を背にしてモナルケス側に。
すると光無いニクスの視界にはもうもうと上がる土埃が。
それを認めた瞬間、エネルギーの塊がこちらへ。
大気に波を起こさぬ。それほどまでに丁寧に集束された波動に、エナジー・ソードウィップの切っ先を合わせ。跳ね上げる。
宙に逃した波動弾丸。それを見送る間も無く、我が半身の眼前には角張ったシルエットが。その腕から伸びる光の刃にニクスもまた逆の光刃を合わせる。
「……へぇーえ、よく止めたじゃないの」
「お前か、ペリトロペー」
目眩ましからの強襲を凌がれながら弾むようにバイザーカメラを明滅させるのは知った顔だ。
旧世界では同僚だった女だ。
「やっほーニクスレイア。お久し、ぶり!!」
気安く朗らかな挨拶。に乗せての押し込みに我が機体が流される。
二割落ちにパワーが落ちた状態とはいえこうもやすやすと。それに加えてこの態度。つまり、ペリトロペーもまた、意識も機体も揃えている側だということ!
押し流された機体を側転の要領に制動。合わせてのフラッシュブラスト。これを角張りに丸みを添えた鋼の巨体はヒラリとバックステップ。
「いーいねえ。でも昔より弱くなってなーい? 原生生物のチビスケどもと遊んでたりなんかするから鈍ったんじゃないのーお?」
「そう言うお前は相変わらずだな。かつてのままで安心したぞ」
刃を合わせた手応えを反芻するように腕をフリフリとペリトロペーは不満声を。
それは、当然気付くだろうな。
かつての世界でヤツに模擬戦という名目での手合わせをした回数は数百を下らん。
そんなヤツが、切り結んだ相手が二割もパワーダウンを起こしていて察せぬ訳もなし。
ああ、まったく相変わらずだよ。自分たちの戦闘能力だけにしか目を向けず、それ以外の生物、文明の持ち味を歯牙にもかけぬ視野の狭さもな。
「あーっそ。こっちはお前もフルスペックを出せるーって聞いてたからウキウキしてたのにさーあ……こんな小動物の住むジオラマ作りの何が楽しいんだか」
ギラリと灯った剣呑な輝き。これに私はとっさにニクスの機体を滑り込ませる。
結果、ペリトロペーが砦に向けた光の刃は、私が交差させたソードウィップに噛み合い止まる事に。が、ニクスの目が破壊光を放つよりも早く、剣鞭と絡んだ光の刃が数を増やして回転を始める。
高速回転する光のブレードローター。回転ノコさながらに叩きつけられる刃の連打に、我が半身は砦の壁に押し込まれる。
ニクスとペリトロペー。二つの鋼の巨体が持つ重量とパワー。これは石造りの壁をまるで積み木細工のように崩していく。
そうして砦もろともに押し込まれていく私を、不意の光が包んだ。




