113:バランスが難しいのだ
ミエスク城主の執務室。
その机に着いて私は各地から上がってくる報告に目を通して行く。
単純な経過の中間報告に、細かなトラブルとそれに対する応策の提案などなど。
それらに承認、否認。大小の修正案を添えて捌いて行き、やがて現在注目している案件に行き着く。
それはもちろん先日からの一件。
クリーチからの救援要請に対して動かしている影の刃からの報告だ。
「姉上、向こうの様子はどうなのですか?」
「ふむ。現状はつつがなく、といったところか。人質にされているという王家の者達の居場所は確定。救出作戦の準備段階に入ったという話だ」
別の机で仕事をする皇配陛下に、報告書を転写した物をパスしてやる。
しばらく前に使者が訪問しての救援要請。
罠の可能性もあるとの反対の声もあり、派遣潜伏済みの暗部による陰ながらの支援まで。
軍勢での逆襲をかけるような派手な動きはしない。と、ごく近い身内のみで決定。
使者殿にその知らせを持たせて送り返した一件である。
「この分だと、使者殿が持ち帰るまでには決着が着いてしまうのでは? 姉上の通信網整備は凄まじいですから」
「エピストリ神殿の協力あってのものだがな。しかし、こちらばかりの動きが早まっても足並みの乱れになってしまうからな」
基礎的な鉱石ラジオと波動具。
量産し、郵便通信を司る風神神殿を中心に国内に配備した事で、スメラヴィアの通信網は格段に速度と確実性を増した。
未だに魔獣に食われかねない伝書鳥や、人馬の足に頼った伝令が主力の他国とは一線を画する通信性能である。
スメラヴィア包囲網を敷く各国。
これらは乗り込み型鉄巨兵の配備を成しているというのに、随分とチグハグな形に見える。
が、そんなにおかしな話でもない。
「連携している割には、まったく足並みを意識していない。そんな連中とは違うというのを見せつけてやらねばな」
蜂起のタイミングこそ見事ながら、それ以降の連携はお粗末極まる。
実際、各国に配備されている鉄巨兵の数体を鹵獲解析してみたが、通信の類についてはまったく備わっていない。精々が拡声の術を補助する道具程度のモノしかない。
つまり、人間同士の通信網を強化拡大させる装置も発想にも至っていない。あるいは与えられていないのだ。
今回の包囲網、私はガストロリトスかその意思を受けたモノの仕業だと見ている。
隣国らの武力の支えとなる鉄巨兵の技術。機械生命体の構造学が基となるそれを与えた存在がいることは間違いないのだ。
そして授けたそれらは人間を利用するまでの発想には至れた。が、私ほどでは無かったと言うわけだな。
これは先のスメラヴィア内乱の首謀者、アステルマエロルの例にも顕著だ。
ヤツはヒトを同胞に同化させるまでは思い付き、その上で利用する事は出来た。
だがヒトをヒトのままに育て扱う事。これにはまるで考えが及んでいなかった。
まあ古巣の連中には良く見られた傾向だな。進出した先の原生知性体は滅ぼす。下ってきたとしても、一時の労働奴隷か実験動物としてしか見做さない。
良くある瞬間的には良くとも、最終的には決まって先細りを起こす非効率な手口だ。
だから滅びた。
旧世界もろともに再生の焚き付けとなってな。
おかげさまで、かねての世よりの理想的な支配体制構築に邁進出来ているのだから、改めて私には良い結果であったがな。
「さて……此度の絵を描いた者が、各国の連携の悪さに苛立っているだろう間に、私としては決定的な楔を打ち込んでおきたい所であるが」
こちらも伝達速度の差からクリーチとの連携が噛み合わないのは問題だな。
私としてはこの星の生命すべてが、いずれは私の下につく、将来的な臣民である。
なので使えるツールはどんどんと広めてやりたいところだ。定着し、研究させる事で独自に発展させてくれる旨みと面白みがあるからな。
しかし、部下たちにとってはそうでも無いのだよなあ。
ミントらからすれば仲間と思えるのはパサドーブルの、広く見てスメラヴィア国内の臣民たちまで。後は私に従ったアジーン達くらいせいぜいか。
クリーチの者たちについては頭を下げて助けを求めてきたとはいえ、領土を踏み荒らそうとしてきたばかりの敵でしか無い。
クリーチ側に信を置けない現状では、スメラヴィアの強みを渡して裏切られては敵わんという所だろうな。
私にとっても部下の命と彼ら彼女らの信用を失うのは惜しいからな。配慮すべきは古参……私に従うと忠を誓った者になる。
まだまだしばらくは潜伏させた影の刃の面々を通して、情報やタイミングを共有させ続けるしかあるまいな。
「我が諜報部隊には骨折りをさせる事になるな」
「それはむしろ彼らには望む所ではありませんか? 姉上の為に働けるのですから」
「その通りです。部下の命を惜しむレイア様の慈悲は素晴らしいですが、人材とは飾られるコレクションではありません」
やれやれと肩をすくめて骨折りを強いてしまう現場に思いを馳せる私に、ハインリヒとミントからは気にしすぎだと。
それは分かるとも。
トップが現場の事を聞きかじりで、言いたい放題に口を出す、というのはただ的外れで煩わしいだけのものになりかねない。
旧世界はそれで散々に悩まされたものだからな。
だが意識から完全に追いやってしまうのは違う。
少なくとも割に合うと、骨折りに納得の行く報酬とそれを使って骨休めをする時間を工面するくらいは考えなくては。
それまで止めてしまった組織は、確実に崩落への道に踏み出す事になる。
「二人の言う事は至極もっとも。しかし無理を強いるだけの不義理な雇い主と思われるのはつまらんからな」
「レイア様を相手にそんな不満を抱くような輩がいるのでしょうか?」
「使い潰すような兵の扱いも無く、多くの民が豊かな暮らしを送れるようになりましたのに」
「当たり前の暮らしが当たり前になる。そうなれば求める水準も上がるものさ」
私の言葉にピンと来ない様子の二人だが、そのうちに理解するようになるとも。
明日の糧の心配がいらない暮らしが当たり前に。そうなればその先も考え無いですむようにしたい。
こうなるのは人間の、生き物の当たり前の思考だ。
そしてその逆に陥るのが許せないのもな。
その憤り故の反逆で私がどうこうなる事などまずあり得ない。が、育て作り上げているシステムにつまづきが出るのはつまらんからな。
「ともあれ危険な潜入任務を務めているメンバーには相応の手当を支払うこととして。後は少しでも危ういと思ったのならばすぐにでも私に出撃要請を出すように厳命する他無いか」
「鉄巨神の影でも見つけたのならばすぐにでも、ですよね」
「当然だ。私をヒトの力のみで抑えられる。その自信がある者だけが取り越し苦労だと笑って良いと定型文を添えている通りにな」
この一言に身内二人は仮に鉄巨兵を千揃えていても無理だと苦笑い。
二人をはじめ、身内レベルの古参には散々に見せつけてきたからな。よく分かっていると褒めてやりたいところだ。
実際のところ、鉄巨兵程度撃破するのならば機体すら必要無いからな。条件次第ではあるが、私の力添えが無くてもどうとでもなるようなものではな。
「そんな盤面になる事なく、クリーチへの介入が終わればよいのですけれども」
「それはそうだな。私とて椅子を尻で磨き、気が向くままに美食の研究が出来る状況が続く方が望ましいのだぞ」
ミントの希望に私もそれはそうだとうなづいてやる。
が、そう思ったようにばかりにはいくまいな。
また近いうちに私の目の前に鋼の巨体が立ち塞がる。そんな予感、いや確信がある。




