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112/114

112:独立国のやることではない

「なんのつもりか?」


 ミエスク城の中、謁見の為に整えられた大広間。

 その最奥に並んで座る女皇陛下夫妻。

 私はその傍らから、ぬかづいて拝謁する者らに声を投げる。

 長い耳を備えた彼らが身につけるのは氷結晶の紋。東方にある魔人国家のひとつ、クリーチを示すモノだ。

 先だって西のモナルケス、サンセと連携し、我がスメラヴィアに包囲を敷いた国家のひとつである。

 そんな敵対国からの使者が挨拶が終わるなりに土下座をすれば、こんなセリフも出る事だろう。


「面を上げられよ。何の説明も無く地に伏せるような有様を見せては、こちらとしてはクリーチの全面降伏と見るが?」


「その通りでございます。恥を忍んでお願い申し上げる。どうか我らをお助け下さい」


 私の問いが届くが早いか、クリーチの使者は白旗を揚げて助けの求めを。

 この言葉には広間に集った、臣下もどよめく。

 皇配陛下ハインリヒは使者ではなく私に説明を求める目を向けてくる。が、女皇夫妻に説明した以上の事は私はしていないぞ。

 具体的には大方針そのまま。

 クリーチのさらに東にある臨海の国家群と貿易。競合する上位互換の商品で圧倒してやったまでの事。さらには背後のルートから工作員を紛れ込ませ、情報を抜き取るついでに噂を流してやったか。

 ほら、何も目新しい事はしていないぞ。

 まあクリーチ政府がこんな恥知らずな願いをする理由は掴んでいるのだがな。


「いかがいたしましょうか陛下。彼らの下にはそれ以上に救いを求める民の手がございます。その手は取るべきでは無いかと考えますが」


「もちろんです。救いを求める手を払うような真似をしてはあまりにも無慈悲です」


「お待ち下さい陛下! 戦端を開いて置きながら、このような手のひら返し。どのような策略があるか分かりませぬ!」


「左様、摂政閣下と揃っての御慈悲は素晴らしい事。ですが企みを含んでの事であるのなら、真っ先に苦しむのはスメラヴィアの兵と民なのです。ここはどうか慎重に!」


 私のパスを受けたフェリシア陛下に、臣下から待ったの声が上がる。

 これに続いて再考を求める声が揃って。

 使者を押し流し、我々を押さえ込もうとばかりに寄せる音の波。

 対して私は腕を一振り。無言の静粛の命を広間へ。

 これで水を打ったように静まり返った広間の中、私は一歩前に出て使者に目を。


「私は民を保護するとは言った。それは当然の事、しかしこれ以上の救いの手を誰に、どこまで差し伸べるのかは理由次第であると考える。使者殿、当然我らを説得出来る理由は持っているのであろう?」 


「ハハ! そもそもがクリーチ王には、貴国に攻め込むつもりなどは毛頭無かったのです」


 発言を促すなりに出た王の意思に反する開戦との言葉に、また諸侯らがいきり立つ。

 コレを火花の内に黙らせると、使者は改めてクリーチの、王の側の事情を語り始める。

 事の起こりは新型のゴーレム技術だ。

 十年ほど前にエルデアの波動術師が原型を提唱したコレに、クリーチ側からも資金と人材を提供しての共同研究の形を取っていた。

 上手く行けば軍事、土木の各分野に革新をもたらすだろうとされた技術であり、現状スメラヴィア侵攻以外では大きく活躍出来ている。結果として援助したのは慧眼だと言えるだろう。

 そうして十年の研究に、どこぞから流出した情報も加えて一気に完成度が向上。秘密のベールを剥いでのお披露目となった。

 そこまでは良かった。

 そのお披露目がクリーチ王への反逆で無ければ、な。

 鉄巨兵として完成を見た新型ゴーレム。

 この戦力を前面に出しての威圧に、クリーチ王はなすすべも無し。

 幼い孫らを人質を取られ、言われるままに我が方との戦端を開かされてしまったのだと。

 うむ。私が改めて暗部に集めさせた情報との齟齬はほぼ無いな。

 少々被害と反逆者の悪辣さを盛ってはいる。が、この程度はままある事。

 公に正義を訴えるのであればどこでも誰でも当たり前にやる事だ。


「……それで? 貴国は我らに、スメラヴィアに何を求めているのだ? まさか国を操る者どもを打ち倒して、クリーチ王とその後継を救出して欲しい……だなどとは言うまいな?」


 もしこの通りの要求をするのであれば、ハッキリ言って恥知らずと言う他無い。

 他国に出向いてまで、自分たちには祖国のシンボルを取り戻す手立ても無いと吹聴しているも同然なのだからな。独立国のやる、やって良い要求ではない。


「……そうお願いする他無い、というのが現状でございます。伏してお願い申し上げます。どうか我が国をお救い下さい」


 だというのに再びの土下座からの嘆願である。

 いやあり得ないだろう。プライドが……いやたとえそんなものは犬に食わせていたとして、立てなきゃならん面目はあるのだぞ?

 それすらかなぐり捨てるのなら、もはや周辺国からは我らの属国として扱われることになるだろう。

 その点をこの場に居合わせた貴族、軍人らが散々に突っ込んではいる。が、助けを求める使者殿は額を床から離そうとはしない。

 まったく。正直な所、スメラヴィア国内でさえ信任して土地を預けられる人材が揃っていないというのに。


「我が方としても、現状は同盟国共々に包囲を受けている段階である。しかし、私の掴んでいるクリーチ側の情勢も、そちらの訴えと概ね重なる所であり、救援を求める手を払うのは心苦しいものではある」


「……それでは!?」


 希望を見出し顔を上げる使者だが、その背に喧々諤々の声が被さる。


「閣下! 罠やも知れませんぞ!」


「しかし、ここでクリーチを救い出せたのならば、一気に我が方が優勢になりますぞ?」


「クリーチ側の訴えが真であればそうでしょうが、逆に転がる可能性はおおいにある!」


 慎重派と積極派。

 保身と先走った欲望の衝突を、私はまた腕を一振りして打ち切らせる。

 うむ。良く訓練されている。

 と、オンオフ切り替えの早さへの満足感はさておき。この場でやらねばならぬのは、使者へ今後の考えを伝える事だ。


「今耳にした通り、貴国の窮状の訴えも我々にとっては策略の一部と疑う声は大きい」


「……それも至極当然の声である事は承知しております」


「理解してくれて助かる。付け加えて理解して欲しいのだが、さすがにこの場で……二つ返事も同然に救援を了解する事は出来ん」


「……それは!? そう、ですね……」


 拒否も同然の私の返事に、クリーチの使者は苦しげに俯く。が、そこで彼はハッとなって私を見る。


「スメラヴィアに安息を求めて逃れる民がいるのならばなるべくは受け入れよう。この場で言える事はそれだけである」


 それに対して、あくまでも現状精一杯の支援はここまでだと。

 すると使者殿は再び己の膝先を見つめる姿勢に。

 そこには私が波動で記したメッセージが。

 ドコの耳目であるかも知れぬ者らが集まっているのがこの大広間の現状。むやみに本来の考えを吹聴するわけにもいかん。

 というわけで、ここは彼にだけ見える形で表立っての軍ではなく、暗部を動かしての救出を行う計画が腹にある事を伝えておく。

 コレでクリーチの状況が解決したのならば、私の手駒でクリーチの管理をしなくても良くなる。

 いやそれどころか、クリーチの為政者層から私の手駒を選別出来るようにもなるだろう。

 東へ向けた派手な動きで西側のモナルケスとサンセをハッスルさせる訳にもいかん。

 ここは影から気付かぬ間に片付けてやるのが上策。

 それでもし鉄のデカブツの大暴れが始まり、ヒトの力ではどうにもならなくなりそう。そんな状況に至りそうであれば、また私が密かに駆けつけ薙ぎ払わねばならんだろうがな。

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