109:距離を置いて落ち着くものもある
スメラヴィアを取り囲む包囲網。
これは先の撃退から警戒を強めたのか、表立った動きは無い。
それでも包囲網同士での交易による連携強化と軍備の増強は継続。そして何よりスメラヴィアへの諜報員を潜り込ませる暗部での戦いはむしろ活発化している。
それでも表立った大きな動きが無いのは幸いな事。
国境の盾たちの配下が籠絡されるのを防ぎつつ、牽制を正しく跳ね除けていけば良いのだからな。
そうして守りを固め、外海経由で敵の背後を突ける味方を増やし、かつ海洋貿易にて国力上昇を続ける。コレが現状のスメラヴィアの大方針である。
「それを見越してこのような船の建造をさせていた訳ですか」
「まさか私とて確実な未来視は不可能だ。いずれは内海や沿岸航行から外洋への長距離航行をしたい、必要になるとは考えてはいた。加えてここまでの連携精度ではないにしても隣国が包囲網を敷く事まではな。こんなに示し合わせたようになったのは偶然だ」
「であったとしても、私としてはさすがレイア様と言う他ありません。鉄巨兵の開発が各国に遅れてでも優先させた成果がこのような形になったと言うのなら」
開いた口から感嘆の息を溢れさせつつミントが見上げるのは海に浮かぶ巨大なメタルの船。
ペルセイースとは違う、設計こそ私がやったが部品作りから建造のすべてを人間の手で成し遂げた波動艦、その名もクインフェリシア号である。
新世代の女皇の名を冠したこの船は、我が半身を模した組立型巨兵の技術を応用して作られた規格外の大型艦船だ。
当然推進力は海から力を得ての波動スクリューを十基。加えて舵取りのスクリューも側面に備えている。武装も波動砲を両舷に十五門ずつ。
潮流はもちろんの事、ルシールの主である大鰐ルシルデストロムすら凌ぐ魔獣が泳ぎ回っているのが外洋である。
そんな場所を越えての航行を行うのであれば、この程度は最低限の水準である。しかしながら基礎技術と設計には私がおおいにテコ入れをしたとはいえ、スメラヴィアの人間だけの手で作ったというのも私にとっては大きい。
つまり後は命令さえすれば、修復はもちろんの事、同型艦の建造も可能。さらにいずれはより改善された艦船の建造さえも人の知恵と手のみで成し遂げられるようにもなる事だろう。
そういう訳で、私としてはあくまでもコレは新時代の外洋船の一番艦のつもりで、ここからさらに航行力も火力も積載量も高い艦船を作り上げて、海洋貿易を推進して行くつもりだった。それが試作の一番艦から本格的な働きを求められる事になるとはな。
近隣に覇権国家が生まれる事。それは為政者として何としても防ぎたい事ではないのは分かりきっている事である。なので星の覇権を目指す私に連合が立ちはだかるのは目に見えていた事。
プライム大陸に見られる通信網から、もう少し先かと見立てての備えではあったが、すべてが早まっただけで第一号と接触が間に合っただけでも幸いとすべきであるな。
そうして腹心と共にしみじみと新造の鉄の船を眺めている私に近づく者が。
「おお、しばらくだフラマン怜冠。此度の外洋航海と寄港地との接触、大儀であった」
「なんのなんの。すべては摂政閣下子飼いのクライズデール商会の後押しあっての事。船の扱いはスメラヴィアに並ぶ者無しと自負している当家ではありますが、このような凄まじき船を預けていただけたのは光栄の極み」
恭しく頭を下げる壮年の男。
一見すると細身で学者然とした雰囲気ながら、その実知略と海運にてスメラヴィア南部の雄と知られるフラマン怜冠家の現当主。つまりはアーキンソン=ジェームズの実の父である。
先の一次二次のエステリオの乱においてはいち早く私との協調を考え、妾腹長男を介して私に味方してきた人物でもある。
しかし妾腹とはいえ長男への仕打ちもあってか、私の傍らに控えたミントは警戒を解かない。
まあそれは正しい。
味方陣営とはいえやる時にはやるのが政だ。にこやかに握手する場であっても完全な無防備でいるのは無礼ですらある。
「私もパサドーブルの一村落を運営していた頃から水運の重要性は熟知している。が、それはどこまでいっても湖での事。南の海での海運となればまったくの無知である故にな。専門家に頼らざるを得ないところに頼もしい者がいたのを頼らせてもらったまでの事」
「御謙遜を。飛行能力を備えた鉄の巨神から得られた地図と海図は我らにも目新しくありながら確かな物。あれらがなければクインフェリシア号を与えられていたとしても引き返す他は無かったでしょうとも」
「その新造艦を操って海を渡って見せたのもそなたの擁する水軍あってのものだと評価している。新たなものを恐れず、しかし経験も活かせる柔軟な海の将兵が揃っている事、実に頼もしく喜ばしい」
「ありがたいお言葉です。私を含め、実際に動かした水兵らもこのクインフェリシア号の性能には戸惑いはしましたがやはり勝ったのは感動でしたよ。今はまだ設備を整えている段階で、二番艦の建造も途中ですが、いずれは我が家の操る鉄の艦隊で海にスメラヴィアの威光を響かせて御覧にいれましょう」
互いに相手を持ち上げながら私と怜冠は握手を。
彼が言うように、クインフェリシア号とそのクラスの波動船の製造は現状フラマン家の独壇場という状態だ。これくらいの利権は与えてやらねば、造船所を用意するなどで増える手間に納得はさせられまい。アーキンソンの件での貸しがあってもな。
ミントを始め、私が腹心と認めた相手には説明しておいたが、フラマン怜冠自身には長男を虐げるつもりは無かったのだ。
むしろその能力を長男本人よりも正当に評価しており、いずれは分家を起こさせて正室の子が継ぐ家の支えとするつもりであったと私と息子には弁明している。
しかしそれすら良しとしなかった、将来の子孫への禍根になると考え動いていたのが嫡子殿とその母。それで怜冠本人は正室と嫡子が納得のいくギリギリの扱いで守っていたというのが実態なのだと。
まあ良くある御家騒動への道とその予防のゴタゴタというわけだな。
実際、嫡子殿と怜冠夫人の懸念もあながち杞憂とは言い切れないものであるからな。
アーキンソン本人は父と異母弟に対するコンプレックスから、分家として臣下になる事に納得するだろう。が、その子や孫らから本家乗っ取りを企てる野心家が出ないとも限らぬからな。ましてやアーキンソンの能力は治世においてはより力を発揮するだろうからな。
「クライズデール商会の若き当主殿も、造船に水運以外での販路にと随分と力添えをいただいてしまった。我が領内の事情にも深く通じ、その上に若くして利と情の調和をもった取引をなせる商人とは、アレほどの人物を取り立てられるレイア様の慧眼には助けられてばかりですな」
「出自が保証するところも無いではないが、やはり大切なのは実力であるからな。本人を見て力があると察した者を重用しているまでの事よ。もっとも、私が巡り合わせに恵まれている事は自覚しているがな」
柵が無くなるなりにこうも褒めちぎれるとはな。
表向きに親子で無くなってから、ようやく父として素直な気持ちを伝えられるようになるというのは皮肉なモノだ。
もっとも、それすらも出来ない、どうあっても憎み合う血族というものはありふれているのだがな。私と私が討ち取った父テオドールがそうであったようにな。
まあ私の事はいい。アーキンソンがフラマン怜冠とビジネス関係から良い形に落ち着いた。本人らが喜んでいるそれを良しとしてやればそれで良い。




