108:網には網を
私が本拠地に帰って来た。
周辺国の動き出した翌日。ペルセイースの到着から私が執務についてすぐさまその報せは国中を、いや国境から溢れ出す勢いで広まった。
私がペルセイースでもって、戦地にレックスアックスらと共に投下して広めたのであるが。
各方面の戦力充実。そして中枢からの指揮。
これによって踏み込んだ周辺国らの戦力、そして乗じて動き出した内通者らを身動きが取れなくなるほどに叩きのめしてやれた。
「ひとまずはであるが、良くやってくれた皆のもの」
その功労者を集めた大広間にて、私はフェリシア女皇とその夫たるハインリヒの傍らから労いの言葉をかける。
「レイア様のいち早い御帰還。そして的確なる御下知と惜しみない援軍があればこそ。スメラヴィアの盾として感謝を申し上げます」
「それらが間に合ったのも、皆の奮闘があってこそのものと理解している。ここに集った勇将はもちろんの事、今この時も追い払った侵略の手に睨みを効かせる兵らにも必ずや報いよう」
恭しく頭を下げた忠勇なる将兵たちは、私が現場の功労者に言及した事でさらに深々と頭を垂れる。
どれほどに備えを整えたところで、いつ果てても可笑しくないのが兵という仕事。
その功を称えるのは出来る時にやってやらねばな。
というわけで女皇と皇配両陛下と共に、将兵の功に応じた報奨を与えていく。
もっとも防衛戦であるので大半は財貨か役職で、土地は内通者から取り上げて、整理のついたものに限られてしまったが。
これでひとまずは喫緊の危機は脱した形である。が、完全に好転したとはとても言えないのが現実だ。
侵略の撃退に成功したとはいえ、それはあくまでも伸ばされた凶刃を払い折ったまでの事。スメラヴィアを取り囲む諸国の網を食い破ったワケでは無い。
我々の反撃から引っ込めた手が癒え、さらに頑強な兵器が揃ったならば、またタイミングを揃えて突きに来るだろう事は目に見えている。
それは獣人連合を緩衝地帯に挟んだ魔人国エルデアも同じ事。
むしろ従属的同盟関係に至っている連合がエルデアからの攻めに圧力負けをして、スメラヴィア攻めに加わってくる可能性も否定は出来ない。
集団、組織というのは大きくなればどうしたって一枚岩にはなり得ない。
私が女皇夫妻に摂政として従うスメラヴィアの内部にでさえ、他国の手引きを受けて反旗を翻す好機を狙っている者がごまんといるのだからな。
ペルセイースという足を手に入れはしたが、これを急拵えの現状から完成にまで持っていけたとしても、しばらくは中枢からの総司令官兼スメラヴィア最後の砦として働く他あるまいな。
「さて、この場に集った勇士勇将に問う。女皇陛下に刃を向け、我が領土を踏み荒らさんと狙う者どもに報いを与えずにいて良いものか!?」
「否! 断じて否!!」
「攻めよと、奪えと御下知を! さすればたちまちにモナルケスを降伏せしめて御覧にいれます!」
「いや、同じ西方であるならばサンセを! 今なお我が方を狙う不届き者どもを我々が先鋒として蹴散らしましょう!」
「いやいや、西方よりもレイア様が進められていた東方の魔人ども、特に攻め寄せたクリーチの鼻っ柱を叩き潰すのが先決だ!」
「然り! エルデアを含む諸国と足並みを揃えたこの動き。繋がりがある事は明白! そこでエルデアともっとも近いヤツらを叩いておく事はスメラヴィアの威光を受けた獣人らへの援護にもなる!」
「援護と言うのならすでに摂政が遠征してまでの 援護を受けた獣人らが我々の背後を守るのが筋であろう! そうして西方に注力すれば良い!」
「獣人の連合にそれをやりきれる保証がどこにある。ここは少ない味方を確実にこちらにつけて置くためにも恩を売るべき時ではないか!?」
なにを。いやいや。と、喧々諤々に第一の反撃先を主張する将兵たち。
これは良い。戦意が旺盛なのはもちろんの事、何の遠慮もなく主張をぶつけ合えるその様がだ。
これは組織として風通しの良い証拠だ。たとえそれが彼らにとって剣呑な隣人に一泡吹かせるチャンスだという下心からの主張であってもだ。
自分の利益と功績を主張せず、ただただ貢献しようというスタンス。これでは良いように食い物にされ、時には冤罪すら被せられるのが連合体であるからな。ぶつけ合って落としどころを探れるのならば健全というもの。
そんな意見の衝突は良い。が、盛り上がりに任せるだけではただ無軌道になるばかり。ここらでひとつ舵を取るべし、と。
「諸君らの意見、どれも一理ある。不遜にも我らスメラヴィアに剣を向けて包囲を敷いたと思っている各国には、軽々と引き裂いてその思い上がりを骨身に刻んでやらねばならん!」
ここまでの私の言葉に、諸侯らは最初の標的はどれかと固唾を呑んで続きを待つ。
まあこれから口に出すのは彼らの期待に沿うものではないのだがな。
「そのためにもまずは外洋を、遠く海を渡った地との連携を取る!」
どうしてそうなった。
呆気に取られ、一拍置いて私の言葉を受け止めた面々の顔に浮かんだ言葉はそんなところか。
それはそうだろうとも。包囲網を敷いてる隣国らをどうしてくれようかという話からはあまりにも急旋回に聞こえた事だろうとも。
というわけで疑問と不満が爆発するよりも早く、それを察していると告げてこの方針の理を説き始める。
「当然の話であるが戦には体力が必要だ。それは国同士であっても同じ事。一対一であれば負けぬ相手でも、取り囲まれていてはいずれすり減らされてしまう例は枚挙にいとまがない」
「ならばこそ、一極集中に包囲網に穴を開け、そこから順繰りになぎ倒して行けば……!」
「それも一理あると言った。だがそれを確実にするために私はもう一つ手を回すべきだと考えている……クライズデール!」
割り込んでの反論とそれを無礼不躾と非難しようとする動きを手で制して、私は我が御用商人の名を。
これに応じて、仮面と巻布とで顔を隠した男が私の求める大巻物を持ってくる。
諸侯にも見えるよう広げたそれは地図である。
それもスメラヴィアを中心としたプライム大陸のごく一部ではなく、この星にある陸地すべてを記したいわゆる世界地図だ。
コアトルとプテラのウイングユニットを手に入れた私は何も空の足にだけ使っていた訳ではない。星の空を飛び回らせ、この地図の基となるデータを取らせてもいたのだ。
ついでに敵性機械生命体の存在も探らせてはいたのだが、そちらについてはデカい生物くらいしかかかるものが無かった。
なのでビーストユニオンでペルセイースとサンダーホイールに接触するまでは知れずにいてしまった。
取りこぼしはさておき、翼持ちが飛行探索の成果が生み出したこの地図。
その縮小複製も各員に行き渡り、祖国がほんのちっぽけな染み程度でしか無い事に諸侯らからは戸惑いが。そこへ私は傍らの大判地図の内、南方の大陸の一部、そしてプライム大陸の一部の色付けをしたところを順に指差す。
「この地図を基に、クライズデール商会にはすでに航海に耐えうる船の製作と、船便の当てを作るように命じてある。そしてプライム大陸にあるこの地とはすでに接触を果たしているのだ」
「その位置……我が方を包囲する各国との位置関係は……!」
「そのとおり。図面で見れば実に分かりやすいだろう。ヤツらは我々を包囲したつもりであろうが、それならばさらにその外にこちらの網を作ってやればよいのだ」
遠交近攻とは世の常である。
敵の敵を刺激しての挟み撃ちの形を作り、さらに遠くとも交わって国力を保つ。まだ絵に描いた料理ではあるが、コレが私の包囲網対策だ。




