107:まったくしてやられた
順調である。
何がと言えば魔人国エルデアとの戦いがだ。
獣人連合が領有を主張する土地に築いた砦は、その後方に城を得て一個の城塞拠点として発展しつつある。
それを挫こうと派遣されたエルデア軍であるが、初回以降は規模がガクンと縮小。どれほどに縮んだかといえば、私と半身はおろか、我が精兵も後詰に控えていればいい程度。獣人連合の兵が砦の設備を駆使すれば追い返せてしまうほどにだ。
うむ。明らかに手を抜いているな。
動いてもちょっと手痛い思いをしたら撤退とかやる気が無いにも程がある。
それもまあ当然の事。
初戦で自慢の兵器を投入までしたというのに、これでもかとボコボコに叩きのめされて。オマケにその自慢の兵器を、砦の増築工事に利用されている有様を見せつけられれば心も折れようというもの。
また自慢の兵器を投入して没収されてはたまらんだろうとも。
そんな訳でこちらは鹵獲した敵方の鉄巨兵を解析する一方で、城塞建築用の重機役に回す余裕すらある状態なのだ。コレを順調と言わずしてなんという。
「正直拍子抜けではありますね。これならば獣人連合らの方面はもう良いのではありませんか?」
「……そうだな。我々が相手どらなくてはならないのは東側だけでは無いからな」
我が腹心たるミントが充分だろうと断じるのも当然の判断だ。
私の現状の目的は、あくまでも周辺国に威を示して牽制する事。
モナルケスを始めとした隣国らがいつスメラヴィアへの侵攻を行うかもしれぬ情勢下で、いつまでも緩衝地帯としてビーストユニオンの存在する東方に居座り続けていてはマイナスの方が大きい。
しかし、ここで東方を放り出す事にも不安要素はある。
魔人国側も私がいるから一方的に消耗させられるという事は理解している。だから現状は徒な消耗をしないように、形だけの派兵に抑えているのだろう。そうして機を覗って、必殺のタイミングで再建した鉄巨兵の部隊を寄越す算段なのだろうさ。
そういう判断が出来る相手というのは厄介だ。なるべくこちらが一方的に正確な情報を得られるように諜報要員も浸透させてはいる。が、こんなもの一朝一夕でどうなるものでもない。
現状この場では少しでも連合だけで維持できるように整え、私が定期的に巡回する仕組みを完成させる他あるまいな。
「急報! 急報ですッ!!」
「何事です騒々しい! レイア様の御前にそのような!」
「良い。何に乗じようと、私を直接狙っての動きなど物の数では無い。その作法を破る程の案件とやら聞かせよ」
貴人とその周辺の安全性を保つ。そのためのセキュリティの一環としての手続きであるが、私に通じるものなどそうそうには無い。
というわけで咎めるミントを宥め、飛び込んできた伝令に本題を求める。
「は! ありがとうございます!! 西からモナルケス、サンセ、東からクリーチが宣戦を布告! 鉄巨人の兵を全面に国境に押し寄せているとのこと! 陛下からは煌冠に早急な帰還をお求めになる声が!」
「なん、ですって……」
絶句するミントであるが、私としても忌々しい気持ちは同じだ。
この動きは想定はしていた。各国に飛ばした密偵からもスメラヴィアを攻める準備をしている情報は届いていたからな。そしてガストロリトスの存在が陰った事からも、エルデアのみならずその他の国が鉄巨兵を出してくる事も予想済みだ。
それをさせないがために、その動きを挫くために働いている最中だったというのにだ。このタイミングで、完全に示し合わせた形で動かれてしまうとは、してやられたと臍を噛む気持ちだ。
「承知した。すぐにでも戻ろう。伝令は出すな、必要は無い」
「は! ハハッ!? 伝令は無用でありますかッ!?」
「私の帰還そのものをもって報せとする。これからの動きに先立てる足は存在せぬ故必要無い。ああ、この地の各所には伝達をせよ。この地の守りを万全にする事と、このすぐ後の出立についてくるつもりのあるものは急げ、間に合わねばここに残すとな」
「了解しました!」
必要な言伝を受け取った伝令を見送りつつ、私もまた出立の支度を急ぐ。
途上の作業を委任する書類を認め、移動のための足を動かす指示を機体越しに出して。
合間に腹心をチラリと見やれば、彼女もまた何の問答を挟まずに支度を進めている。
言わずもがなと合ったこの呼吸には、ささくれた心も落ち着くというもの。
とにもかくにも急ぎ戻らねば。
現状はすべてが示し合わせられていた可能性が高い。
私をエルデア方面に引きつけ、大きく手を伸ばしたところで控えていたのが足元を掬う。私が晴れぬ危惧と占領後の処理が増すのを嫌って領境を整えるに留めていたからまだ良かったが、勝ちに気を良くした連合首脳陣と合わせて押せ押せで進めていたら、報せを受けても押すも引くもできない状態になっていた事だろう。
この巧妙なタイミングには、やはり一個の意思による操作が感じられる。
各国に根を張り、裏から操った何者かが存在する事は間違いあるまい。スメラヴィアの冠持ちの一部にも手を伸ばしている事だろうな。
自惚れではなく事実として、私が耳目として扱う諜報部隊「影の刃」は優秀だ。
練度はもちろん、その士気も忠誠心もこの星の人類種の諜報組織としては最高峰だろう。新進気鋭の私が従えているために規模が小さく、私が自慢に思うレベルに達している者はもちろん、方々に走れる者も未だ少ない事は欠点ではあるが。
そんな彼らを擁した私の目をここまで盗みきり、仕込みを済ませた黒幕は相当なモノだ。それこそ私が動き出すはるか前から大陸に浸透していた可能性すらある。
まったく厄介な。
しかし私が予想する存在がその黒幕であるとすると、随分とやり口が変わったモノだ。
私の予想が見当外れである事もおおいに有り得る。が、何らかの理由で私が知る彼らしい手口が使えず、らしくない動き方を強いられている可能性もまた否定は出来ん。
そのどちらであるにせよ、私はどのようにでも立ち回れるように備えねば。
高度な柔軟性を保ち臨機応変に、というのはただただ成り行き任せにするのでは無い。いかなる事態にも対応可能なように備えておくことだ。
まあ、それが出来るのが理想なのだが、世はままならぬもの。そして出来る備えにも限界はある。
例えば石器と土器の時代の人間に大洪水の予言をしたとして、集落大移動以上の備えが出来るのかと。
そうして準備を進めていると、部屋を激しく叩く音が。
ミントの誰何の手続きに焦れと煩わしさを滲ませ乗り越えてきたのは血相を変えたアジーンであった。
「レイア様!? ここで、このタイミングでスメラヴィアに戻られるというのは本気ですかッ!?」
「突然の梯子外しになった事はすまないと思う。しかし物資と人材の支援は継続する故、これは飲んで貰う他無い」
前のめりなアジーンだったが、私の詫びはしても譲らんという態度を受けて勢いを失う。
「し、しかし……ここでレイア様という軸が外れてしまっては連合のまとまりも……そうなってはここの拠点をエルデアから守る事も危うく……」
「何を弱気な。しかし懸念する事は分かる。せっかくの戦果をあっさりと奪われては立つ瀬も無いからな。軸というのならサンダーホイールにここを任せておく。彼を神輿にして置けば文句はあるまい」
「それならば、どうにか。しかし急ぎで戻ると仰っても、間に合うものですか?」
「もちろんだとも。サンダーホイールにはここを任せるが、アレは持ち帰らせて、というか帰りの足とさせてもらうからな」
そう私が指差したのは窓の外。空の高くには制止する巨大な鉄の飛行船、ペルセイースの船体が輝いている。




