106:経験が違うのだ
「波動砲一番から六番! 撃ち方始めぇッ!!」
私の号令に従い、城壁の上に備えつけられた砲台が光輝く。
閃光を伴って放たれたエネルギーの塊は、正面に展開した軍勢に飛びかかり、展開されていたエネルギー障壁にぶつかり弾ける。
開戦の挨拶を交わした我が方と魔人軍は、獣人連合側の砦を巡っての攻防に入っていた。
私は今、獣人連合と共に籠もった砦の城壁の上で、五人張を片手に迫る魔人軍を相手に砲撃で応戦している最中だ。
「構わず二射、三射と続けよ! いかに強固な壁とて不滅では無い!!」
私が後押しするが早いか、砲手は防がれ効果無しと狼狽えることも無く砲撃を続ける。
不滅でない、というのは砲の側にも言える事であるが、負荷と蓄えの残りのコントロールはまだ指摘する事もあるまい。
そう認めつつ、私は砦に備えたのとは別口である私からフラッシュブラストを発射。破れつつあった障壁の一角を消し飛ばしてやる。
これを好機と続いた砲撃により、波動の盾を構えて進む魔人軍が後退りを。
当然、正面からの進軍を阻んで終わりとなるわけが無い。重々しい足音を響かせ、砲の手薄な方角から鉄巨兵が迫る。
この動きを認めた私は鏑矢と、続けてもう一矢を連射。空をつんざくような鳴き声を重ね飛んだ矢は先頭を走る機兵の腕を肩からもぎ取る。
これに続いて砦の外に伏せていた魔人兵、特に馬族で構成された高機動部隊が始動。紋章付きの先頭が蹈鞴を踏んだ鉄巨人に矢弾の雨を浴びせ、その間を潜り抜けてゆく。
私の放った投槍じみた矢の威力。これを目の当たりにしたこともあってか鉄巨兵は矢弾に硬直。この一撃離脱を完全に見送った形に。
実際には数はともかく、装甲とむき出しに見える操縦席を守る障壁で弾ける豆鉄砲の雨だったと遅れて気づいた鉄巨兵団は怖じけた恥を注げとばかりに当方の馬兵らを追いかけ……ようとして派手に転がる。
何のことは無い。馬兵らがわざわざ鉄の巨兵の間を潜り抜けていったのは、単に挑発するためだけではなく、足元に縄を絡ませる罠を置いていくためでもあったというだけの事。
色々と気を取られていては神経の通っていない足では気づきようもあるまいが。
そうして派手に音と土煙を巻き上げて動けなくなった一団に馬兵の後に続いた混成兵団が襲いかかる。それはもう落馬した重騎兵に、慈悲の短剣を片手に襲いかかる歩兵さながらに。
その様子に尻込みした鉄巨兵の集団に、私はまた強弓の狙撃の贈り物を。それを受け止め損ねたところにまた足の速い人馬と騎兵の軍団が。
「鉄の巨体もああなっては形無しですな。レイア様は敵方のアレを良い出来だと評していましたが、いわゆるリップサービスってヤツで?」
「そんなつもりは無い。私は私の感じたままに評価したまでの事。今回は欠点と対処法については黙っていただけの事よ」
望遠鏡で敵方の鉄巨兵が飲まれる惨事を眺めてのアジーンのつぶやき。これに私はもう一矢放ちつつ否定の言葉を。
人が乗って操る鉄巨兵。
転ぶ事無く行軍してきたのはもちろん、駆け足でこちらに迫ってくる姿も確認して改めて大した出来栄えだと感心するばかりだ。
鋼の巨人が備えた大きな歩幅。さらに頑健さと質量は凄まじい脅威だ。私もその強みを活用して蹂躙してきた側であるだけにその有用性にはケチのつけようも無い。
しかも向こうは質は私には遠く及ばぬとしても数という強みを持っている。
そして人の手で作られ、人の制御の下に収まっているという事も。
正直私としては、鉄巨兵の脅威には計画が狂わされ、してやられたとさえ思っているのだ。
だがそれまでだ。
脅威は脅威だが、スメラヴィアにて我が精兵が私について戦って来た恐るべき機械生命体の尖兵には及ばぬ。つまりは我が方にとって、鉄の巨体は既知の敵であり、内乱の中ですでに対抗ノウハウが芽吹いているのだ。
供と連れてきた精鋭の知恵を受け、それを活用出来る獣人連合兵らの優秀さがあればこそ、ではあるがな。
そうして頼みの綱である鉄巨兵が無力化され、動転する魔人軍へ私を差し向けてやる。
車から巨人型への変形を繰り返しつつ接近させてやれば、魔人軍は端々から解け、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
「ふふふ。怖かろう」
鉄巨兵を運用していても……いや、しているからこそニクスの恐ろしさには想像がつくだろう。武装を使うまでも無く総崩れの様相だ。
それでも怯えるあまりか、恐れに打ち克ってか、火や雷撃に固めた波動や矢弾の迎撃が疎らに。
これに光の灯らぬニクスの目からのフラッシュブラスト。真っ向から焼き払って地面をえぐり飛ばす。
威嚇で済ませてやったわけだが、焼けた土を被った魔人兵らは、心を折って背を向けるなり、その場に腰を抜かしてへたり込むなりと各々に。そうして心折れてしまったのは救援に駆けつけたのに任せ、別の抵抗の意思へ威嚇をかける。
そうして敵軍の戦意を丁寧にへし折って行けば、砦には立ち向かって行けていた部隊でも崩壊が始まる。
「頃合いか、後は任せる。開門せよ!」
「れ、レイア様ァッ!?」
ここでダメ押しを仕掛けるべく、私は門から外へ単身飛び出す。
肝を潰したような引き留めの声が追いかけてくるが、もはや遅いというものよ。
慌てて状況を広め、開門を急かすアジーンの声を後ろ耳に入れつつ、私は掘を飛び越えて着地。甲冑を鳴らしつつ魔人軍へ向けて走る。
これに潰走に向かう一方だった魔人軍の動きが固まる。
それも無理もない。強固な砦と鉄巨人に挟まれ混乱する戦場の最中、最上の手柄首が突っ込んで来ていれば、手柄と生き残りをかけた判断に迷うだろうとも。
そんな迷いに囚われた敵軍に向け、私は五人張をひと鳴らし。それに伴い飛んだ太く長い矢がここまで生き残っていた将を吹き飛ばす。
その様子を遠目に敵兵から槍を分捕りつつ認めた私は射抜いた将に入れ替わる様に敵陣のど真ん中へ飛び込む。
再びの跳躍からの着地。同時に兵から奪った槍を一薙ぎに辺り一帯を一掃。へし折れた槍を放り出し、落ちていた敵将の旗を拾う。これで私に気づいて剣を抜こうとした魔人兵を小突いて転がし、持ち上げた旗をこれ見よがしに叩き折ってやる。
「うむ。一発だな」
我ながらキレイに良い長さに整えられたと手に残った分を見て自画自賛。また程良い間合いに見つけた将の背中にコレを投げつけてやる。
そうしてまた指揮系統が絶えた事で、兵らの混乱が加速するのだ。
ではこのまま蹂躙劇を続けてやろうかと思いきや、敵本陣からの土煙が。
「撤退! 撤退せよ! ここは俺が残る!!」
これに注目したところを、小隊長らしい男が私に槍を。
自分を殿として部下を生かそうというその心意気に、私はたまらず突き出された槍をぶんどってのカウンターで意識を刈り取ってやる。
そうして勇猛有望なのを捕虜として確保した上で改めて本陣方向を確認すれば、一際派手な鉄巨兵がこちらに、いや砦にか。とにかく当方目掛けて走って来ているところだ。
それは己の足音にも負けぬ大音量である要求をひとつ。
「一騎討ちだ! 一騎討ちを願う!」
「承知した! そなたの求める大将首はここだぞ!」
拡声の術で投げられたその求めに、私もまた同じく波動を帯びた声で応じる。
そうして一騎討ちに出てきた鉄巨兵に対して、私もまた暴れさせていた半身を呼び寄せて再合一。相手方よりも高く、しかし細身のプロポーションとなって迎える。
「……我が方の要求を受けてくれて感謝する」
「構わぬ。そちらもただでは引くも降るも出来まいが」
圧倒的性能差を察した上でも怯えを見せぬ姿は大したものだ。
悲しいかな、犠牲を抑える以上の結果は伴わなかったがな。




