103:悪い報せと良い拾い物
「なんという事だ」
神秘金属の構造材で覆われた空間の中、頭を抱えて踞る者が。
それは鉄巨人のホログラム……だけではなく、私レイアもまた向かい合う形で膝つき頭を抱えている。
向こうの……この巨大機械生命体の一部となったサンダーホイールについては、かつての世界の消滅と現世への新生を語って聞かせてやったらこの反応である。
まあ当然の所ではある。
寝ている間に自分の古巣が跡形も無く消えて、それで見知った顔に再会するのも絶望的。さらに体も自由が利かず意識だけがハッキリしてるともなれば、望みが絶たれた気持ちになるのも無理もない。
「……それだけではない。その意識さえ曖昧な状態から救い出だしたのが、よりにもよってコウモリ女との悪名持ちのお前だったのだからな……」
頭を抱えたまま重々しい嘆きの声を溢すサンダーホイール。
この言い分は流石に聞き流せんな。
「救われておいてずいぶんな言い草ではないか。私以外であれば仮に戯れに意識を取り戻せたとして、その上で破壊されているだけなのだぞ? あと言わせて貰うならば、私の変形はアニマルモデルでなくビークルモデルで、素の状態で飛行能力持ちの形態など持っていないぞ」
「ここに来たのがお前でマシだったってのはそりゃあごもっともだ。そこについては謝る。だがコウモリ呼ばわりはそういう意味じゃあない」
「そんな事は分かっている。それについても私の方針が上と合わなかったからモメ事が絶えなかっただけの事。異端扱いされていたのは事実だが、そちらに与していたつもりも、利敵行為をした覚えも無い」
あくまでも私の理想とする侵攻のスタイルと、武力制圧前進のみを良しとするトップとの折り合いが悪かっただけの事。それをどっちつかずの輩だなどと称される謂れは無い。そこのところはハッキリとさせておこう。
上と現場の噛み合いの悪さによる足並みの狂い。これが向こうの付け入る隙になった例があると言われてしまえば否定はしづらい。だがそれはそれだ。
「で、その上役が出てきたら下に付くのか?」
「やっと解放されたというのに今さらそんな事が出来るものか! そもそも、上役だというのなら、会敵したアステルマエロルはすでに打ち倒しているのだ!」
そうだ。すでにスメラヴィアの実権を獲得。この星の征服に歩み出した私が、今さらに誰ぞに下る事などあり得ぬ。
それが折り合い悪くも私を放逐はしなかった相手であろうともだ。
むしろアレとその部下相手だからこそ譲る事は出来ぬ。
まあ、そうだ。それが私まで頭を抱えていた案件。制圧者のトップ、ガストロリトスの反応がこの星に存在すると聞かされたのだ。
サンダーホイールの状態もあって、何かの間違いだと疑いはした。したがしかしそれで彼の記憶のログを漁った結果は、何も間違いないと裏打ちされただけであった。
それも反応のあったポイントはこの遺跡から北東方向。現在の魔人族の領土となっているエリアだ。
「このまま手を広げて行けばすぐにでも当たることになる訳だが……」
そうはならない可能性もある。
そもそも間違いなく反応を検知したとは言っても、最後にそれが確認されたのは数千年は前の話。人類種の全てが石や土の加工品を主力に、狩猟採集に原始農耕をしていた時代の事。それ以降に反応が出たというログは無いのだ。
そして何より、本当にヤツが存在して動き出していているのだとしたら、プライム大陸、いやこの星がこんなにも平和であるはずがない。
ガストロリトスという鉄巨人の魔王によって有機生命体は滅ぼされ、機械生命体による他惑星への武力侵攻が始められている事だろう。
もっとも、今現在そうなっていないからといって油断は出来ないがな。
単純に完全な復活を成していないのか。あるいは息を殺して最高の機を狙っているのか。これらの可能性もまた大きい。
「そうだ。私のやる事は変わらん。何が立ちはだかる事になろうと何も変わらんよ」
油断ならぬ相手の存在が匂わされたところで、私がこの星の覇者となり、さらにその外に支配圏を広めて行く事になんら変わりはない。そういう意味ではガストロリトスの存在がここでハッキリと意識出来ただけ、良い援護になったとすら言える。
そう意識を切り替えた今、差し当たって気になるものと言えば……。
「その視線はどういう意味だサンダーホイール? 私だけでも止めるつもりだというならば相手になってやるぞ」
私をじっと見下ろすサンダーホイールのホログラムだ。
視覚のセンサーがそのホログラムにあるわけでも無いだろうに、この立体映像ときたらずいぶんと熱の籠もった視線を降らせてくる。
その意味を測るべく軽い挑発を仕掛けてやる。が、戦意を問う私の言葉に、サンダーホイールは首を横に振る。
「そのつもりは無い。むしろその逆だ。お前の助けになりたいニクスレイア」
「ほう? どういう風の吹き回しだ。私の手で意識を取り戻した事を嘆いておきながら」
「それについては謝っただろうに。現状ではお前に付いていくのがベスト。そう判断したまでの事だ。この機体……ビッグバンはもう動かないからな」
サンダーホイールが言う動かぬ機体ビッグバン。それが獣人らの聖地であり、私たちが今いる旧世界の遺跡である最終兵器の名だ。
数多の機械生命体を起動体、遺体を問わずに集積、融合させて生み出された最終最大の兵器。
これがかつての世界における最終戦争の引き金となり、旧世界の終わりと現世の始まりを告げた破壊と再生の器なのだと。
かつての私も遺体としてコレに組み込まれていたのだとか。それは私もコレに関する情報を持っていない訳だ。
そんなとんでもない代物を動かす訳にもいかぬし、動かせる道理もない。
何故ならば今ここにあるのは、そのビッグバンのほんの一欠片でしか無いのだからな。
ではこの星全部を掘り起こせば全てのパーツが揃うのかといえばそういう事でも無い。ビッグバンの本来のサイズは一星系にも匹敵する。それが起動と同時に砕け、世界の新生にも原型を保ったそのごく一部が重力の中心となって星を形成。我々が生きるこの星も、そうして生まれた惑星のひとつと言うわけだ。
こう考えれば意識を宿した肉体と機体とに分かれても集まれた私の現状は、いくつもの偶然がクリティカルを積み上げた結果だと言う他無い。
そんな凄まじい巡り合わせには改めて感謝をしておく。が、本題はそこでは無い。サンダーホイールは破滅と創造を齎したものの断片も断片に囚われたままではあるが、この私に味方する事を選んだということだ。
その本心はどうあれ、な。
「ふむ。それは願っても無いこと。私とて強い戦力が揃ってくれるのならば言うことは無い。それで、私にもう一つ助力を頼みたいというわけだな」
「ああ。察しの通り、あいにくと一人では機体のメイン部分にまでは辿りつけても、残りのパーツを集めたり、絡まりあった者たちを振りほどいたりするにはな……」
「それは少々、骨も磨り減るというものだな」
素直に助けを希うサンダーホイールに、私は貸付けの波動をもう一つ。コレを受けたビッグバンの遺跡が軋み音を上げて床や壁を持ち上げ始める。
そうして生えた大小様々な六角の柱のひとつには半ば埋もれたサンダーの胸から上の大半が。そこに残る柱から吐き出された部品の数々が集まって、本来の形に近づけていく。
「あいにくと不足したパーツは馴染みそうなモノを見繕って補う形になったがどうかね?」
「いや問題無い。後は自分自身で微調整すれば良い程度。この状態からここまで良い具合に仕上げてくれてありがた過ぎるくらいだ」
消えた立体映像に代わり、機体の目に光を灯したサンダーホイールが肩や腰を回しながら感謝を告げてくる。
それは結構。では助けを求めるだけの意識を残した者はこうしてすくい上げた事だから、残りは私が好きにさせてもらおうか。
そうして私はさらに波動を。これに応じるように遺跡が振動を。
「な、何を……!? こ、これは……変形と、浮上……ッ!?」
戸惑いながらもサンダーホイールが波動で探ってビッグバンの一部の状態を悟ったとおり、放ったらかしにして誰ぞにくれてやるには惜しすぎるからな。まあ聖地とされている部位だけは残してやるがな。




