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私はファンシィ・キディ・ラビット・コレクター(The Rabbit Collector)  作者: 枕木悠
第一章 私はファンシィ・キディ・ラビット・コレクター
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第一章⑥

 雑談をしていれば、時計の針は進んでいて夜の十時だった。タイコは赤座にすっかり打ち解けていた。赤座は少しお人好しで、一見頼りがいがなさそうな優男だけれど、将来の義理の兄になる人物だとするならベストだと、タイコは彼のことをすでに高く評価していた。こんなにおしゃべりらしいおしゃべりをしたのは随分久しぶりだ。タイコは軽音楽部のロックンロールバンドが新しいヴォーカリストを探していることについて話した。出来れば自分がヴォーカリストになって、あの三人の仲間になりたいけれど勇気がなくて彼らにこれ以上近づくことはきっと出来ないだろう、けれど自分以外の誰かが彼らの仲間になると思うと悔しい、嫉妬以上の感情を抱くに違いない、どうしたらいいのだろう、とタイコは赤座に真剣に相談していた。「私は素直に自分の気持ちを伝えたい、でもきっと彼らには上手く伝えられないと思うんです」

「さっき夢中で話したことをそのまま彼らに言えばいいんじゃないかな、無関係な俺に話すのと違って、複雑で、割に簡単なことじゃないかもしれないけれど」

「割に簡単なことじゃないんです、おっしゃる通りとっても複雑なんです、複雑に思えるんです、私はそういう複雑なときに使う言葉を知らないんです、例え知っていたとしても体を動かして声を出す勇気だってないんです、このまま彼らのところに行ったところで困ってしまうと思うんです、彼らも困ってしまうでしょうね」タイコは長い息を吐く。

「とにかく、タイコちゃん、ここで動かなかったらこの先、一生後悔することにはならないだろうか? そんな風に考えてみたらどうだい?」

「ここで動かなかったらこの先、一生後悔することにはならないだろうか?」タイコは赤座の言葉を反芻する。「……うん、確かに」

「大切なのはこの閉鎖した世界から脱出するという強い意志だよ、」赤座は人差し指を天井に向かって立てる。「あるいはグレイト・エスケープ」

「……グレイト・エスケープ? 逃げるんですか?」

「そうさ、閉鎖した世界に君を縛り上げ苦悩させる、薄汚れていて卑劣で卑怯で乱暴な、大きな影のようなものからね」

「……大きな影?」

「その影の手の内のようなものが分かれば、意外とことは簡単に進むかもしれないよ、時計の針のようにね、とにかく可能性があるんだ、それにかけてみればいい、リスクはゼロでしょうに、巨大なぬいぐるみを発注するよりも全然リスクが少ないことのように思えるけれど、巨大なぬいぐるみは買い手が見つかるまで無口な門番のようにレイアウトの中心に居座り続けることになるんだから」

「そういう話とは全く違う性質の話ではないですか?」タイコは笑って反論する。「巨大なぬいぐるみの話と私の話は違いますよ、それにリスクはゼロじゃない、この場合のリスクは私の精神の生き死にのようなものですよ、決して小さいものじゃない、一見小さく見えるけれど巨大なものです」

「そしてそれは巨大なぬいぐるみとは訳が違うと?」赤座も笑いながら言う。

「そうです、訳が違うんです」

「しかし、きちんと分析出来ているじゃないか、立派だよ、君くらいの年齢の少女ってそういう客観的なものの見方が出来ないものだと思っていたよ」

「問題発言ですよ、非常に独善的で偏見にまみれて悪質です」

「訂正するよ、」赤座は笑って壁の時計を見て立ち上がった。「そろそろ帰るよ」

「え、まだ帰ってきてないのに?」

「きっと今日は帰ってこないよ、なんとなくそんな気がするんだ、」赤座は疲れ切ったような顔で笑顔を作った。「タイコちゃんも明日学校だろ? 早く寝なきゃ」

「はーい」

 タイコは微笑み返し、赤座を玄関まで送る。玄関に向かう際、「ちょっとヨウコの部屋、見せてもらってもいい?」と赤座は聞いた。断る理由もないのでタイコは姉の部屋を開けた。彼氏なら、彼女の部屋がどうなっているのか気になるのは当然だと思う。

 赤座は中に入らず、じっと姉の部屋を見回していた。なぜか、表情が固まったように見えた。「……ここがヨウコの部屋? 本当に?」

「本当にって、そうですけど、」タイコは不思議に思って、赤座の顔を覗き込む。「どうかしました?」

「……いや、」赤座は無理に笑って、何かを誤魔化すように言う。「想像していたのと随分とギャップがあって、凄く、なんていうか、ギターが多いね」

「お姉ちゃん、ギターのコレクターですから、」姉の部屋の壁にはギターが八本も飾られている。さらにクローゼットの中にはもう四本収納されている。OKコンピュータのポスターだって貼ってある。「って、赤座さん、お姉ちゃんがギターのコレクターだって知らなかったんですか?」

「うん、知らなかった、ギターのコレクターだって?」赤座は正直に答える。困惑しているようだった。今までの落ち着きをすっかり失い、タイコでも分かるくらいはっきりと動揺していた。右手はジーンズのお尻のポケットに伸び、煙草の箱を握り締めていた。赤座ははっとなって、またそれをポケットに仕舞う。「……帰るよ、」赤座は乱暴に姉の部屋の扉を閉め、早足で玄関に向かい、赤いコンバースのハイカットをはいた。「邪魔したね、またね、タイコちゃん」

「……はい、さようなら」タイコは赤座が出て行った玄関の扉に小さく手の平を振りながら、どうしちゃったんだろうって考える。もちろん、考えたって分からない。男と女の複雑な問題なんだろう、ってタイコは思ったりする。

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