9:目覚めない姉ちゃん
ベリエは未だ目覚めません。精神的に弱いヒロインなのです。
トホルスは翌日も来た。だが姉ちゃんは目を覚ましていない。トホルス曰く精神的な疲労も強いのかもしれない、とのこと。様子を見て帰って行った。また来ると言い残して。執事から連絡を受けた父上と母上は、姉ちゃんに付きっきり。
「ランスベルト殿下に知らせましょう?」
母上が目を覚さない姉ちゃんを心配してそんなことを言うが、俺は全力で反対する。
「母上。話しましたよね? 姉上はランスベルト殿下が自分より先に側妃を迎えられた事にショックを受けて自殺を図られた、と。それなのにこんな姿の姉上を見せるのですか?」
俺が砕けた話し方をするのは、姉ちゃんとハルトリッヒとバイスルークとトホルスだけ。3人共姉ちゃんのことを良く見ていてくれているから俺が信用している。現在の両親には悪いがそこまで信用はしていないのでこの話し方だ。案の定、母上はこんな馬鹿げた提案をしてきた。
「それは……でも……ベリエットのこんな姿を見たらランスベルト殿下も反省してベリエットをまた愛してくれるかもしれないし……」
何を言っているんだろう。こんな弱った姉ちゃんを見てバカが反省して姉ちゃんの元に戻るなら最初から姉ちゃんとの結婚前に側妃を迎えないだろう。俺が溜め息をつくより早く父上が意外にも否定した。
「それは有り得ない。お前はベリエットがランスベルト殿下を好きで殿下もベリエットが好きだから気の迷いとか思っているのかもしれないが。……そういう少女らしい思考の持ち主のお前を否定するようで悪いが、もし本当に殿下がベリエットのこのような姿を見て反省して愛が戻るならベリエットとの結婚が分かっているにも関わらず、先に側妃を迎え入れるわけがないだろう」
……あ。父上意外にも分かってるな。そしていつも母上を優しく慈しんでいたからこんな風に母上の考えを否定するとは思わなかった。
「ですが、あなた」
「お前は自分に置き換えてみなさい。私がお前という婚約者がいるにも関わらず好きな女性が別に出来たからその女性を愛妾として迎える。もう結婚を済ませた。と言われたらどう思う?」
母上はハッとした。……えー。ようやく理解したのかよ。つくづく現在の母上は前世のババァとは違い夢見がちだなぁ。
「……確かにそんなことになりましたら生きていたくないかもしれませんわ」
「お前の事を私が考えていたならそんな不義理でお前を蔑ろにするような言動は取らない。だがお前を蔑ろにしても許されると傲慢に考えていたならお前がこのような状況になっても駆け付けるかどうか。仮に駆け付けても何かしら打算が働いているだろう」
さすが父上。あの程度の浅慮な輩の思考は把握済みですか。母上もようやく大人しくなった。あのバカに知らせるのは俺だって大反対だ。
「ヒュルト」
「はい」
「お前は小さい頃からベリエを大切にしてきた。そんなお前から見れば今の状況は耐えられないだろう? 少し休んだらどうだ?」
「私が姉上を大切にするのは当たり前の事です。ですが、ランスベルト殿下に知らせる事はしなくても王太子殿下には報告しなくてはならないでしょうから少し下がります。姉上が目覚めたら教えて下さい」
「……そうか。そうだな。陛下にも報告しなくてはならないな」
「そちらは王太子殿下が上手く話してくれるでしょう。出来ればこの事態を以て婚約を解消してもらいたいですが」
「……難しいだろうな。ベリエは希少な光魔法の属性がある。王家が逃すとは思えない。婚約解消が有るとすれば我が国よりも国力のある他国へ政略的な意味合いで嫁ぐくらいだろう。そんな国から光魔法の属性持ちを嫁がせる条件を入れられたら断れないだろうからな」
……確かに。姉ちゃんの光魔法の属性は、政治的な条件の一つとして欲する所もあるだろう。他国にも光魔法の属性持ちは居るが全体的に少ないのだから。というかあの王妃と第三王子はその辺の事を考えていないんだろうな。考えていたら姉ちゃんをこんな扱いにするわけが無いんだが。
とりあえず俺は明後日に会う予定だったハルトリッヒに手紙を認める。もちろん姉ちゃんが自殺を図った事も書いて。とはいえ醜聞になる話なのでこの手紙を読んだら燃やしてくれ、とも記しておいた。まぁあの抜け目ない王太子殿下なら態々書かなくても大丈夫だろうが念のためだ。
割と早く来た返信には走り書きで“明後日こちらから行く”とあった。ハルトリッヒも風属性持ちだから手紙のやり取りは早く済むのが助かる。そして明後日に来るならばランスベルトの現状についてきっちり話してもらおう。そんでアイツを締め上げてもらおう。元々その話をするために明後日に会いに行く約束をしておいたのだから。
……姉ちゃん、早く目覚めないかな。俺を1人にしないで欲しいよ、姉ちゃん。
前世からのシスコンを拗らせているヒュルトなので、姉が目覚めない事を恐れてます。彼は姉が居るからこそ頑張れる。依存とまではいかないでしょうが拗らせ度合いは大きい。
次話は予定通りハルトリッヒ視点です。




