所詮私たちは同じ穴の貉、同じゴミ溜めのクズだ
「明日、兄さん来るって」
「マジすか」
なんだかんだでここに来てから半年経った。今日も私は元気です。
下野さんはたまに私に意見を聞きに来るけど、わからないことはわからないって言って追い返している。わかるところもわからないって言って追い返してる。情報は金なり。ただでやるか。
それを見抜いているのか、下野さんも下野さんで、一緒に寝ようお風呂行こうご飯ちょうだいと我儘ばかりだ。最近はもう私も寒いから、一緒に寝ることは寝てる。やっぱ人肌ぬくいわー。昔はツツジと身を寄せ合って寝たんだよなあ。微笑ましい思い出だ。今も、相手は下野さんだし私は六歳児だし、特に問題はないけどね。
あ、年を越したから私は六歳になりました。ここでは年越しで皆一緒に歳をとるので誕生日とかは特にありません。イベントがないから物をたかれないのが残念、と詐欺師の魂が囁いた気がする。
ちょっと話がずれたので戻す。
そういうわけで一緒に寝るようになったが、寝る時間は私に合わせてくれてるので、下野さんは規則正しい生活を送っております。せめて幼児に合わせてくれる良識があってよかったよかった。これで下野さんの滅茶苦茶なタイムテーブルに合わせろと言われたら、一緒に寝るのなんかお断りしてた。
そして就寝時間が同じため、起床時間も近くなり、一緒に朝ごはんなんぞ食べるようになりました。
今日の朝食はご飯、みそ汁、焼き魚、お漬物。
一緒に食べながら今日は何して遊ぼうかと考えていたら、この台詞。
明日って、マジすか。
「急ですね。何かあったんですか?」
「ううん、手紙が届くのが遅かっただけだと思う。なんか、こっちに用事があるから宿代わりに使わせろって」
「わあ、仲間さんらしいなー。半年経ったのに少しも成長がないなんて」
「ううん、成長だよ。今まで、僕のところに来てくれたこと、なかったし…」
下野さんの声が沈む。
下野さんは趣味が悪いことに、あの仲間さんに結構懐いている。はっきりとは言えないようだけど、仲良くしたいって思いが透けて見えてる。
私になんだかんだ懐いてるのも、私があのクズ野郎と似ているからだろう。所詮私たちは同じ穴の貉、同じゴミ溜めのクズだ。
どうせ来るならツツジも連れてきたらよかったのに、とか思いながら、「じゃあゲストルームを使えるようにしますね」と用意の算段を立てる優秀な小間使い。追い出されたくないから従順にしますよ。今はね、寒いんだ。家から出たくない。追い出すなら夏にしてくれ。
そんなこんないいな、出来たらいいな、翌日。
二人でもそもそ朝食食べながら「いつ来るんだろうね」とか話してたらチャイムがなった。
おっと来たかな、と玄関へすたたたー。
ドアは開けずに、まずは確認。
「どなたですか?」
「シモツケの兄のナナカマドだ。先に荷物を置きに来た」
「はい、少々お待ちください」
ドアを開けると、仲間さんがいた。荷物重そう。だが持たん。私がつぶれる。
「くたばってなかったのか、クズガキ」
「そっちこそ、いい加減刺されたらどうですか、クズ野郎」
礼儀正しく挨拶をしつつ客室へご案内。
普通の一戸建ての民家だが、使ってない部屋が多く、お客様用の部屋も一室ぐらいなら用意できる。とはいえ、毎日掃除してたわけじゃないから、昨日慌てて掃除して人を迎えられるようにした。ぜひ感謝してもらいたい。
私が昨日整えてやった客室に入った仲間さんは、やや目を眇めた。
「この一輪挿し、…竹か?」
装飾として花を飾っていたが、その入れ物が気になるようだ。
一体何が気になるのか。普通に季節の花を、竹の一輪挿しに活けているだけだ。まさか竹の利用法を知らないわけでもあるまいし、何が珍しいのやら。
「はい。仲間さんのお屋敷の近くに竹林があったでしょう?外出したときにそれを採ってきて、加工したんです。上手いもんでしょう」
「お前がこれを作ったのか……こういうことが出来るなら、シモツケに売ったのは早計だったかもしれないな」
「ふふふ…、今更後悔しても遅いんですよ…。じゃ、今、朝ごはん食べてるところだったので、良ければどうぞ。それともお茶だけで済ませます?」
「長旅で疲れているからもらう。部屋はあとでじっくり見ればいいだけだからな」
「はい、なら居間に行きましょう。下野さん待ってますよ」
「……発音」
「許可は得てます。行きますよ」
居間のドアの前に行ってノック。「ナナカマド様をお連れしました。入ってもよろしいですか」とお伺い。
「どうぞ」と若干上ずった声が聞こえて来たのでドアを開けて仲間さんを入れる。
室内で、下野さんはまだご飯が残ってるのにお箸をおいて、髪をぐしぐしとひっぱったり服を握ったりして落ち着かない様子だった。
駄目だこりゃ。
「下野さん、食事中にそわそわしない。ご飯にゴミが入るでしょう。あと、人に会った時の挨拶は?」
「お、おはよう!」
「それから?」
「ひさ、久しぶりだね、兄さん!」
「よろしい。……仲間さん、ここで待っててください。ご飯持ってきます」
「ああ」
仲間さんを座らせ、台所に行く。
背中に「久しぶりだな。元気か?」とか聞く仲間さんの声が聞こえた。案外あの人、気遣いとかは出来るんだよなあ。クズのくせに。
戻ってくると、下野さんが若干身を乗り出し、夢中になって「それで、竜胆と…!」だとか話していた。こりゃ周りが見えてない。しかもその内容、恐らく一緒にお風呂に入ったり寝たりしていることだろうが、それが傍から見たら変態としか思えないことに気付いてない。
弟のマシンガントークに、仲間さんは引きつった顔をしていた。お察しします。
「仲間さん、ご飯どうぞ」
「あ、ああ…」
「下野さん、何もないですから。そういうのが一切ないから許容してるんです。誤解なさらないように」
「そう、だな…」
仲間さんの見事な引きっぷり。まあ、うん、わかるよ。
下野さんはお兄ちゃんが来てテンション上がってるのか、仲間さんが引いてるのにも気付かず、「竜胆、今日あれ作ってよ、美味しかったの! あと、甘いのも!」とリクエストを出してきた。養ってもらってますから、最大限譲歩しますよ、ええ。お兄ちゃんに自慢したいんだよね? うん、わかってますよ。
生暖かい目で見守っていたら、「クズ、これはなんだ」と仲間さんに言われた。
今日のメニューはご飯、みそ汁、だし巻き卵、煮物、漬物だ。煮物は昨日の夕飯の残りもの。
で、仲間さんが箸で掴んでいるのはお漬物だ。白菜の浅漬け。美味いよ。
「白菜の浅漬けです。野菜も取らないと健康に悪いのでつけてます。野菜が嫌いでも食べてくださいね。下野さんは何でも食べますよ」
「こいつは食えればいいだけのやつだ。一緒にするな。……こんなもの、見たことがない。独自の料理か?」
「はあ、まあ」
漬物も知らないのか? 洋風の生活に和風の食事、みたいな、和洋折衷的な世界だけど、漬物ないの? 漬物もないの? 嘘でしょ?
――いや、そういえば納豆とか、一部日本食も見かけないな。味噌とか醤油とかの調味料類は大体あるけど、納豆とか漬物とか干物とか、一部見ない料理もある。てっきり自家製を使うから販売されてないだけだと思っていたが、これは…。
……後で検証しよう。
「それより、ツツジはどうですか? 元気ですか?」
「ああ。……そうだ、弟のところに寄ると言ったら、お前に手紙を渡して欲しいと言付かっていたんだった。鞄の中にあるから後で渡す」
「わかりました。返事を書きますから、ツツジに渡してくださいね。そのうち私も下野さんに頼んでそっち行くので」
「……シモツケ、こいつはくそクズで生意気で性格が悪い。しっかり手綱を握れ。どちらが上かわかってないようなら、鞭で打っても良いと思うぞ」
「仲間さんってそういう趣味があるんですか?幼気な女の子を鞭で打つだなんて…」
頬を染め、蛆の湧いた生ごみを見る目で見つめたら、貯蔵庫で溝鼠を見つけた時のような目で見つめ返された。すっかり二人の世界だ。
「……竜胆は兄さんと仲が良いんだね」
あ、第三勢力。下野さんだ。
「そんなことないですよ、ねえ?」
「反吐が出る」
ぷっと唾を吐かれた。私にじゃなくてテーブルにだけど、汚い痰を吐かれた。
……おっとぉ? 喧嘩ですかな?
「シモツケ様、ナナカマド様は何日滞在なさるんでしょうか」
「三日。二泊三日だって」
「左様でございますか。そういえば、私は今、好きにしろと自由を与えられておりますよね」
「うん。竜胆の好きにしたらいいよ」
「この家に小間使いは私だけで、私がいなくなれば家事をする人間はおりませんね」
「うん」
いやあ下野さんはいい子だ。良い、欲しい返事をくれる。
下野さんに体を向けたまま、視線だけ仲間さんの方に向けて、にっこりほほ笑む。
「三日ばかり旅行に行きたいのですが、シモツケ様、よろしいでしょうか」
そういう態度をとるなら、こっちも家事放棄しますよ?
家事の出来る私がいなくなれば困るだろう。下野さんは当然だけど、仲間さんも家事は出来ないようだった。少なくとも料理は出来ない。そして掃除はともかく、三日も料理が出ないと生活に支障が出る。
さあ喧嘩を売ったことを謝れ、負けを認めろ、と、勝ち誇った下衆な顔で笑った。
その顔に、手が伸びた。
大きな手が、ぐわっと顔に迫る。大きな、怖い顔の男の人。顔に、頭に、手が迫る。
あ、怖い。
避ける、という考えすら浮かばなかった。そんな行動が出来るほどの余裕なんてなかった。ただ身がすくみ、動けない。
腕で防御することも出来なくて、それでも殴られるとなると、無意識のうちに目を瞑り、身を丸めて、衝撃に…。
……。
……あれ?
衝撃が来ない?
予想していた衝撃が来ないことに、恐る恐る目を開けると、――パンッと、目の前で手を叩かれた。
「っふぇ!?」
びっくりして、うっかり椅子から転げ落ちそうになって、慌てて机の端を掴んで体を支えた。動悸が激しい。フェイントからの猫騙しとか、心臓に悪い。寿命縮むわ。
そんな悪質な悪戯をしてくれやがった仲間さんは、にやにやど腐れ外道の笑いをしていた。
今すぐ召されやがれ。
「……下野さん、幼児虐待されました」
「兄さん、駄目だよ」
「少し見ない間にますます生意気になっているから悪い」
「下野さーん、やっぱりこのクズにご飯なんていりませんよ。私、お外行きます」
「竜胆がいなくなったら、僕のご飯は? お風呂入らないと頭かゆくなる。お布団寒いのやだ」
「ご自分でどうぞ」
「あと、前髪邪魔。切って。耳もかゆい。爪も伸びた」
「はいはい。後でですね」
「肩も痛い。背中が痛い。腕も痛い」
「机に向かったまま長時間同じ姿勢でいるからです。それも後でです」
「うん。よろしく」
この会話を聞いて、仲間さんはものすっごく顔をしかめていた。
「……シモツケ、こいつに依存しすぎじゃないか?」
「でも兄さん、竜胆、すごいよ?」
その言い方はいろいろ誤解を招くからやめて欲しい。
もうこの頃、『お母さん』とか呼ばれそうで怖い。六歳児なのに。相手大人なのに。少なくとも二十代なのに。
――ふと、不安がよぎり、背筋を伸ばして座り直し、真正面から仲間さんを見た。
仲間さんも「な、なんだ」と背筋を正す。うむ。
「仲間さん、私は下野さんの親代わりをしております。親が幼子にするように、身の回りのお世話や、本来は小間使いがしないような馴れ合いもしております。これは、養っていただいていて、ある程度以上の自由が許されていて、いつでも出ていける状況下でのことです。よろしいですか?」
「……それがどうした」
「下野さんはそういう考えが一切ないわけですしね。私のことも、親代わり兼愛玩動物とでも思っているのでしょう」
「だからどうした」
「……ツツジ脅してそういうことさせてたら、呪いますよ」
ツツジは要領がよく頭が良い。でも、それだけだ。私のように経験はないし、生計を立てる、という意味ではまだまだ庇護が必要だ。
例えば下野さんは優秀な科学者だが、生活能力がまるでない。私が来るまでどうしていたのかと言えば、研究のことで訪ねてくる人だとかに一括で食料を置いて行ってもらっていたらしい。私が来た時は丁度それの配給がなくなって、ひもじい思いをしていたところだったとか……三日も。
三日も断食するぐらいなら買い物に行け、金がないわけじゃないんだから自分で買いに行け、と思うが、下野さんはコミュ障の引きこもりなので、お外に出たくないらしい。だから私はたいそう重宝されている。お買い物行ってあげてるし、愛玩動物の代わりになるからね。スキンシップ好きな下野さんは動物でも飼えばいいけど、世話が出来ないんだもん。逆に下野さんに世話が必要な始末だもん。私ほど都合の良い存在はないだろう。
そんな下野さんだから、私に無体なことはしない。その根拠を示せる。
でも、仲間さんは違うよね?
ツツジはただの『商品』で、わざわざ手を出して価値を落とすことはないと思うけど、でもひどい扱いをすること自体は可能だよね? 逆に手厚くする必要がないもんね? あくまで仲間さんの気分ひとつだよね?
「高く売れる商品に自ら傷をつけるわけがないだろうが」
幼女趣味があるのかと疑われたも同然だからか、仲間さんは不機嫌だが、私は真剣に見つめる。茶化すな。ふざけるな。真剣に答えないと許さない。
「ツツジの養育費はちゃんと払ってあります。悪い虫が付かないように、しっかり、見張っていてください。傷の一つも付けないでください。でなければ…」
「でなければ?」
仲間さんの声に嘲笑が混じる。
何も出来ないと思ってるのか、まだ馬鹿にしている。
わかってない。自分の立場がわかってないよこいつ。
「――あなたの弟さん、可哀想なことになりますよ」
「……っ!」
親切に、言葉にしてやって、やっと血相を変えた。遅い。のろまが。
「下野さんのお財布も食事も衛生状況も、私が握ってるんですよ? お財布持って逃げることも、お金使えないようにして冷遇してもすることも出来るんですよ? 外に出ない下野さんは私が生命線ですよ? 元々引きこもりの下野さんの姿をしばらく見なくても、誰が気にします? ――妹や弟は、可愛いですよね?」
「……シモツケ、別の小間使いを用意するからこいつは返品させてくれ」
仲間さんは私への嫌悪を隠さずに弟に言ったが、甘い。私が本人の前で、生活能力も常識もないけど決して馬鹿ではない下野さんの前で、こんな脅しを言ってる理由も考えろ。人を見下しすぎだ、ばーか。
「……兄さん、竜胆このまま、駄目…?」
「はあ!? こんなクズガキのどこがいいんだ!」
「……駄目?」
お願いする体勢に入ってる下野さん。こうなったら強いよ。この人一切譲らないから。子供だから。
悪いけど、あんたの大事な弟さんは、もう私に骨抜きにされちゃってんの。
お兄ちゃんの背中だけ見つめて追いかけて来る、可愛い弟さんはどこの馬の骨とも知れない女に奪われちゃったの。
私がどれだけクズかわかってたのに、利益しか見ずに弟のところにやるからさあ。そういうの、二兎追う者は一兎も得ずって言うんだよ? ばーかばーか。所詮てめえは自分のために、身勝手に弟危険にさらした、クズなんだよ。今更、クズのくせに、兄貴面すんなよ。
――という気持ちを表情に乗せて、心のこもった笑顔を咲かせた。
鈍い下野さんは気付かなくても、同類の仲間さんは、きっと私の気持ちに気付いてくれるはずだ。きゃっ、応えてくれるかどきどきしちゃうっ。
「仲間さんがツツジを大事にしてくれたらいいだけですよ。お金も払ってるんだから、当然じゃないですか」
「……」
仲間さんの顔が、純粋な殺意だけを感じさせてくる。うーん、地上波に乗せられない顔だな。こんなのがお茶の間に流れたら子供が泣く。警察が事情徴収に来る。
私は不当な要求は一切してないつもりなのに短気だなあ、なんて白々しくうそぶきつつ、話題を変える。人をからかう時な用法、用量に注意しましょう。でないと殴られちゃいますよ。
「仲間さん、何時に出て何時に帰って来ますか? 昼食と夕食はいりますか? 必要ならお弁当も作りますよ」
「……お弁当?」
怪訝そうに、仲間さんがやっと人間の顔になった。ようやく進化してくれましたか。
「携帯食ですよ。外で食べるとそれなりにするでしょう?」
「竜胆、頼めば片手で食べれるものとか作ってくれるよ」
「……今日は良い。夕食もいらん。明日は…」
「え!?」
下野さんが驚いた。そういえば、仲間さんに食べてもらいたいからって夕食のリクエストしてたな。一緒に食べたいんだろう。
汲んでやれよお兄ちゃん、と横目で見ると、仲間さんもしぶしぶ頷いた。
「…遅くなってもいいなら、夕食は食べる」
「待ちますよ。何時ごろですか?」
「20時頃になる。なんならお前は寝ておけ」
「いえ、どうせ下野さん待って起きてるからいいですよ。この時期、一人で布団入るのも寒いですし」
「あ、じゃあ今日は兄さんに竜胆貸すよ!」
勝手に貸すな。
「じゃあ借りるか」
借りるな。
「シモツケ、明日一日、こいつを借りてもいいか? ガキがいたほうが都合がいいんだ」
「いいけど、勝手に売ったりしないでよ。竜胆は僕のなんだから」
「代わりを用意しても駄目か?」
「駄目。……今までの子も、竜胆以外、駄目だったし」
兄弟で人の人権無視したことを話しているが、……今までの子?
「私以外にも下野さんのお世話係っていたんですか?」
「うん。研究所のほうから弟子とか小間使いとか派遣されてたよ」
ああ、やっぱり手は打たれてたか。周りの評価を見る限り、下野さんって優秀な研究者らしいし。その人材をみすみす死なせるような環境にはおかないよね。
「でも、皆、いなくなっちゃったんだ」
「……なんでですか? 下野さんのお世話って、家を綺麗にしてご飯を置いておくだけじゃないですか。何ができなかったんですか?」
「……研究資料見て理解できないって失望したり、昼夜がなくて嫌だとか、家が汚いとか、僕が汚いとか、なんか僕のベッドに勝手に潜り込んだりとか、よくわかんない」
「ハニートラップは下野さんには効果ないですよね。スパイには気を付けてください」
「大丈夫だよ、見られても僕じゃないと理解できないから」
「それはそれで研究としては駄目かと」
「それでいいんだよ、どうせ魔法使うんだから」
魔法?と疑問に思ったとき、仲間さんが家を見渡して、下野さんを見た。
「家もお前も汚いように思わないが、どんな潔癖な人間だったんだ?」
「それは私が掃除したからですよ。掃除する前は、見れたもんじゃなかったです」
ゴミや書類が積み重なり、足の踏み場もないような状況だった。リンドウの実家といい勝負だけど、食べ物があふれてない分、虫がいないのだけは幸いだった。それでも、汚れてるわほこりまみれだわ捨てていいのかわからない書類ばっかだわで、大変だったけど。
「うん、竜胆が全部綺麗にしてくれたね。ありがとう」
「いえいえ。……下野さん自身も、何日お風呂入ってないのって状況でしたよ」
「お風呂入るの嫌い」
「臭い人と一緒に暮らしたくはありませんから。せめて三日に一度は入ってください」
「はーい」
こういう人だ。
仲間さんも微妙な顔で私を見ている。
「もう少し早く、誰か小間使いを売ってやればよかったな」
「本当ですよ。仲間さんも一度、掃除前の下野さんの家を見ればよかったんですよ。中、ひっどいもんでしたから」
「いや俺は…」
仲間さんがちらっと下野さんを見た。
下野さんはびくっと首をすくめ、じっと自分の食器を見ている。
そういえば、この人、寂しがり屋だったっけ。
空気読めよ、と仲間さんに顎をしゃくる。
わかっている、と仲間さんも首肯する。
「俺は奴隷売りだから、兄がそんな職だと周知になればお前の評判にも関わるかと思って…」
「そ、んなこと、ないよ! 兄さん、のこと、僕が、そんなの、ない、から!」
下野さんはばっと顔を上げて必死に言う。
空気読めよ第二弾。
仲間さんも、さすがに言われるまでもないんだろうけどさ。
「じゃあ、今度はお前が来い。俺は世話する商品があってあまり離れられないから。このクズガキも妹と会いたいだろうし、来い」
下野さんはすごく嬉しそうに破顔して、「うん!」と頷いた。
やっぱこの人子供だなあ、としみじみ思いながら食器を片付けるために席を立った。もう少し二人で話すといいさ。下野さんもなんだかんだ、すごく嬉しそうだからね。私と二人のときじゃ見れなかった顔だ。
その後、仲間さんが出る時間まで、二人は楽しげに話していた。




