あばよ!!
腑抜けしかいない学校を実効支配して、早一年。
私はあの数か月で見事進級資格を得て、二年生になった。
私を主にいじめてはっちゃけていた三年生も、今では就活に忙しい四年生だ。この時期になると、あと数か月もすれば春になって卒業してしまうのだから、私に構う余裕なんてないのだろう。そういえば昨年の四年生もとても大人しかった。
新入生も入って来たが、寮の雑用は、やはり私がしている。新入生たちは年下で、雑務もしていて、奴隷上がりの私を見下していたようだったので、さっさと締め上げた。恐怖は早いうちに植え込んでおかないとね。
浅月は、相変わらず寮で同室だし、クラスも同じだし、良い手足となってくれている。良いパシリだよあいつは。絶対気を許したりしないけど。
来た当初は詰んだなんて思ってたけど、一年も経てばこんなもの。
案外ここでの暮らしも悪くないな…。
「ここに奴隷の娘が通っていると聞いた。私の母校に奴隷がいるなど、不愉快だ。どれほどのものか見てやる。連れて来い」
なーんて思ってたら、これだよ。
なんかお偉いさんが、誰かさんから入れ知恵されて、奴隷を見に来たんだってさ。
でもって、このお偉いさん、この国のお殿様なんだって。
厳つくてこわーい鉄甲冑の兵隊さんも連れてきてるっぽいよ。
大人しくなった、なんて甘かった。
やっぱりまだ盾突くゴミがいやがった。
しかも突然の訪問で、私が逃げる暇もなかった。お偉いさんすぎて、アポとか取らずに来てしまったらしい。VIP待遇ならVIPルームに引きこもってろ。
ここでの私は二年生だけど、七歳の幼女。一目でわかってしまう。
周りの人間も脅しで押さえつけていただけだから、私の窮地に、喜んで私をお殿様の前に連れ出した。
あっという間に、兵隊に両手を掴まれ、地面に膝をつかされ、頭を押さえつけられた。
お殿様はそんな私を見ている、っぽい。顔が地面向いてるから見えないから推測だ。
「ふん、お前が奴隷か」
「元、を付けて欲しいですね」
お殿様の言葉に答えただけなのに、兵たちに腹パンされた。
直答すんなってことらしい。口がついてるなら言葉で言ってもらいたい。それともあんたらも、私に直答出来ないからなのかしらん。
下郎の分際で生意気だ。先生に言いつけてやる。
「私は研究者、シモツケの養い子です。私自身も、シモツケと同じ研究所の所属になっているはずです。納入は遅くなっていますが、学費もきちんと納めています。このような扱いをされる覚えはありません」
「あの引きこもり研究者の奴隷だからこそ、だ」
殿様先生は直答してくれた。求めてる答えじゃないけど。
どうやら下野さん、嫌われてるみたいです。悲しい。
ついでに養い子だって主張の無視された。ますます悲しい。
「奴隷ならば、奴隷の焼き印を入れてやろう」
さらに殿様の趣味で、幼女の公開ストリップショーが開催されるようです。
私を押さえていた兵たちが私の服を切り裂いて、別の兵がいつの間にか準備してたじゅうじゅうに熱された焼き鏝を持ってきた。
ロリコンの上にリョナかぶれのSM野郎なんて、あの孤児院のロリコン変態院長よりも救いがない。
露出された背中が寒い。
私の手の平ぐらいありそうな焼き鏝が近づいてくる。
周りのオーディエンスはエキサイティングにもほどがあるイベントにエキサイトなう。
ぎろりとなんとか目線を上にあげれば、ニヤニヤ笑いのメタボ殿様。
殿様だか何だか知らないけど、調子乗ってんじゃねえよ。
「2Fe+3/2O2=Fe2O3+Qkj 【鉄と酸素を反応させた場合、酸化鉄(Ⅲ)が生成され、Qkjの熱が発生する。ただしQは任意の実数とする】」
呪文を唱えると、やはり体から一気に力が抜けた。
それと同時に、兵たちがもだえ苦しんだ。
「あ、熱い熱い熱いぃーー!」
今回の反応はとっても簡単。カイロと同じような反応を起こしただけ。
鉄が空気中の酸素と反応して錆びるときにも熱を発する。汗とかがあればなおさら反応は促進される。
私は、本来はゆっくり反応するそれを、一気に反応させただけ。
分かりやすく言えば、じんわりとカイロが発する温かさ全てを、一瞬に凝縮させた。
結果だけ言えば、兵たちが着てた鉄甲冑が一瞬だけ超高熱になった。
「かはっ…!」
それから、鉄甲冑の周りだけ酸素が一気に大量に使われて、兵たちが酸欠になった。
酸素濃度ってデリケートだからね。酸素が多すぎても少なすぎても支障が出る。鉄甲冑って顔周りにもそれなりにあるし、少しの間は動けないでしょう。
人数が多かったし、ある程度錆び止めはされてただろうから私も精神力使って疲れたけど、容量が少ない分、私の回復は早い。
間違っても酸欠にならないように、一応息を止めて、拘束が緩んでいた兵たちを振り払って、お殿様のところまで駆けた。
さすがに、忠誠心厚い兵が剣なんか抜こうとしてたけど、その剣と鞘も錆びてるんだよね。そうそう抜けないし、抜けても錆びだらけで使い物にならねーよ。
突然の兵たちの苦悶に、戸惑い怯える変態ブタ殿。
ああ、そういえば、私の服を切り裂いて半裸にしてくれたっけ?
じゃ、お揃いね。
「C+O2→CO2(炭素と酸素を反応させた場合、二酸化炭素が生成される)」
お得意の燃焼反応。こっちは熱はあくまで触媒だから、少し吸熱する程度なんだろう多分。
「な、な…!?」
いや~、寒かったらごめんね~?
服も髪も、ぜーんぶ二酸化炭素と塵に変えちゃったからさ~。
全裸ハゲデブ野郎、気持ち悪ーい。
気持ち悪すぎて、こっちもお得意の、金的蹴りかましちゃった~。
ついでに転がって足元に来たから、鼻も蹴り飛ばしとくね。鼻の骨折って顔面ぐちゃぐちゃにして鼻血飛ばして窒息死しろ。
で、そのまま走って逃亡。
当たり前だねあんな兵隊に敵うわけないね。
走って寮方面に向かう。寮にはいつでも逃げ出せるように荷物をまとめてある。
寮で荷物を取るついでに上着を上から着て、ぼろぼろの服を隠す。そこは女の子だからさすがにね?
寮から出て、さらに学校から逃げようとしていたら、
「馬、乗れますよね?」
浅月が馬を用意してくれていた。
あの兵たちが置いていた馬を、こっそり盗み出してきてくれていたらしい。
あのやばい状況で、私がなんとか抜け出せると信じ、手助けしてくれた。
「……浅月さん、よくできました」
それに感動して心を許すような甘っちょろい感性は、持ち合わせてないけど。
最後に餞別を送るぐらいの働きを、こいつはしていた。
「私がいなくなった後、私のお子様の下野さんか、その兄の仲間さんが来ると思います。その二人、出来れば兄の方に、私の部屋の机の一番下の引き出しの奥に隠してあるものを渡してください。浅月さんを悪いようにはしないと思いますから。それから、これ、餞別です。今日の夜食にでもしてください」
背が低いため、浅月に手伝ってもらって馬に乗りながら、鞄から蒸しパンを取り出して渡す。本当は私が食べようと思ってたけど、これから忙しいし、腐らせてももったいないから浅月にあげとこう。
「……あなたなら大丈夫だろうけど、…どうか無事で」
「はい。浅月さんも、短い付き合いでしたが、ご達者で」
短い別れの挨拶をして、私は馬を走らせた。
兵たちはまだ混乱している。この間に、別の国に逃げたい。
止めようとして来た教師や貧弱装備の兵を馬で蹴り飛ばして、学校を脱出。
そのまま隣国を目指して、といきたいところだけど、恐らくそれでは追いつかれる。関所も越えられないだろう。
だから私は、馬を近隣の大きな山まで走らせた。
馬が山を怖がったら、そこで馬を適当な方向に逃がして、徒歩で山に入る。
山に入ったら、適当な魔物さんをスカウトして乗せてもらい、自分の方向感覚を信じて国内から出て行く。
魔物さんは山を進み、どんどん人里は遠くなる。
子供を売りやがった家族だけど、一応生まれ育った家がある土地。
妹のツツジ、養い親の下野さん、ついでに仲間さんと浅月さんのいる場所。
――そして、あのくそロリコン孤児院長が蔓延り、差別主義クソ殿が治める国。
二度とこんな国に戻って来るもんか!
あばよ!!
こうして一切の未練なく、私は国から逃げ出した。
本当に適当に駆け足になってきてる…(´・ω・`)




