何度も小遣いをだまし取られた恨みは忘れない
アサツキこと、同室のクラスメイト浅月の視点です。
俺は貧乏な木工職人の三男だ。兄貴が二人と、妹が一人、弟が二人いる。
一番上の兄貴は親父の跡を継いで、木工職人になるために別の工房に弟子入りしている。腕を磨いてから帰ってくる、と言っていた。俺と五つも歳が離れているため、あまり遊んだ記憶はないが、大人で優しい、良い兄だ。
すぐ上の兄貴はずる賢くて、商人になるために出て行った。昔から金勘定などに細かい兄貴だったので、きっと向いているだろう。何度も小遣いをだまし取られた恨みは忘れない。
そして俺は、頭が良いから、と母さんにおだてられて、学校を受験した。漠然と木工職人になるだろうと思っていたが、母さんに「せっかく賢いんだから、もっといろいろ学んで、選べる道を増やしなさい」と言われて、試しに受験したら受かってしまった。でも学校に行くとなると、学費もあるし働き手も少なくなる。大変なんじゃないか、と案じたら、親父に「ガキが金の事を気にすんじゃねえ!」と怒鳴られ、一番上の兄貴に「お前に心配されるほど薄給じゃないよ」と微笑まれ、すぐ上の兄貴に「これは貸しだ。出世払いでいいからな」と笑われた。
俺は家族に感謝して、学校に通うことにした。
学校では頑張って、一番上の『い』組に在籍し続けることが出来た。学級で一、二位を争う成績で、母さんや兄貴たちにも褒められ、妹と弟に喜ばれた。
これからも慢心せず、家族のために頑張って行こう、と思っていた。
「えっと、竜胆です。よろしくお願いします」
学年も終わりかけのある冬の日、小さな女の子が来た。
妙に綺麗な身なりで、まだ六歳だというのに、この時期に編入してきた、変な奴。
そう思って、同室になったその女の子を無視した。
「隠すのも、相応の理由があるんですよ?」
そしてその女の子に、人生を変えられた。
女の子は、隠しているものを暴こうとした俺を殺そうとした。
投降しても、信用できないから殺そうとした。
何をしても何を言っても殺そうとした。
まだ生きてる俺を見ながら、どう殺してどう処理しようか考えていた。
ガラス玉みたいに無機質で、人を人と思っていない目をしていた。
殺されないために足掻いて、とっさの思い付きで『逃げない』ということを示した。
魔法を使える人間は多くいるが、子供で使えるのは珍しい。下手に使わせて倒れて、そのまま死んでも困るから、子供には教えない。この十歳からの手習い期間にやっと少しずつ教えてもらえる。
でも俺は、家族が使うのを見て、覚えて、少しなら使えるようになっていた。本当に少しだけだけど、それを使って隙を突こうとした。
女の子は、俺が使えるとは思わなかったみたいで驚いたけど、勿論逃がしてはくれなかった。女の子も六歳で魔法を習っていないはずなのに、聞いたこともないような強力な魔法を使って俺を拘束した。
女の子は俺を、その機転に免じて見逃してやる、と言った。そして俺が自分から、女の子の防波堤になると言うのを見ていた。きっとそうしないと、そのまま殺されていた。そうやって、本当に俺が手下になるつもりなのか見極めていたんだと思う。
俺は女の子――竜胆のお眼鏡に適い、生き続けることが出来た。
竜胆は木工職人の息子の俺でもわからないような高度な組み方と魔法で部屋に仕切りを作ったり、魔力を使わせろ、と言って、無駄なく魔力を抜き取ったり、そのくせ自分はしれっと何でもない顔をしていた。
竜胆は本当にすごい。絶対に敵に回してはいけない、と強く思う。
寄宿舎も一人で全部綺麗にしていたし、俺を手伝わせるのも、本当に効率よく、徹底的にやっていた。自分用、と一人で食べていた食事は、少し分けてもらったけど、今まで食べたことがないほど美味しかった。まるで士族の食事だ。
学校でも、最初は『と』組に行かされたが、その後すぐに『い』組にきた。その時の挨拶もそつなく、『自分に近づくな関わるな』と強く言っていた。俺なら多分、あんなこと言えない。本当に豪胆な女の子だ。
でも、計算違いもあるようで、学級での評判を教えると、目をひんむいて驚いていた。同情されてやりやすくするための作戦ではなかったらしい。それでも結果的に、ある程度遠巻きにされながら好意的に接してもらっているようなので、やはり逆らわないでおこうと再度思った。こういう、臨機応変に対応できる賢い人は強い。
いや、強いと言うより、強か、だ。
竜胆は境遇のせいか、本当に強かだ。
俺より四つも下の女の子だけど、敵わないと思うし尊敬する。
「浅月さん、よくできました」
にっこりと、感情を見せない綺麗な微笑みを浮かべる竜胆。
こんな時でも、さらさらの髪は綺麗に流れ、上等な服は隙を見せない。自分の魅せ方を良く分かっている、どこまでも作り物の笑みに、思わず見惚れた。
十にもなっていない少女に、目を奪われた。
褒められて、歓喜で頭が痺れた。
浅はかなアサツキだから浅月、と俺は呼ばれている。
それが、まるで師匠と弟子のようで、嫌ではないだなんて、この人は知っているのだろうか。




