だから早すぎるだろ展開
「……マジっすか」
白色を基調とした清潔な空間。
広々としたその部屋には、しかしその清潔さとは裏腹に紙や良く分からない器具が散乱している。
もう夜だというのに、突然の来客を五人もの人間が出迎えてくれた。その五人とも、目の下に隈が出来ていた。
まず、研究所に行くために引きこもりの下野さんのために服を出して身なりを整えさせて、
自分もちゃんとした服に着替えてめかしこんで、
今日のお出かけで汚れた仲間さんの外套や靴を申し訳程度に綺麗にして、
そこで仲間さんが呼んだ馬車が来たから押し込まれた。
仲間さんも仲間さんで、その間に身なりを正していた。さっき水を頭から被ったし、弟の職場に行くし、まあ当然だ。一人で支度が出来るだけ素晴らしい。
馬車でがたがた移動すること十数分。
公共施設みたいな、商売っ気のないそれなりの広さの建物に連行され、あれよあれよと歓迎を受け、「じゃあ魔法使ってみて」と言われた。
マジっすか。
引きこもりの下野さんが腰を上げるほどなのかとかハードル上げられてるし、当の下野さんは仲間さんの陰に隠れてるし、仲間さんは市場に売りに出した子牛がどのぐらいの値段になるか見定めるような目をしてるし、目の前の五人からのプレッシャーすごいし、なんか逃げ場がない。
「ええと、下野さん、これは一体?」
「竜胆よろしく!僕、兄さんに任せてるから!」
「委任された。とりあえず魔法を使え。暴走しかけたらシモツケが補助する」
「えー。疲れるから嫌ですー。何かさせるなら対価が必要でしょー?」
ふてぶてしく、子供らしく正当な要求をすると、素直に胸倉を掴まれて頬を手の甲でぺちぺちと叩かれた。
仲間さんが、殴られたくないよな?とばかりに冷ややかな目をする。
「やれ」
仲間さんよ、あんたどこのヤーさんっすか。ちょっとねえおい。
「下野さん、助けてくださーい。仲間さんが苛めますー」
まあこの人ブラコンだから弟出したら終わるんだけどさ。
なんて高をくくってたら。
「竜胆、いじわるしないで使ってよ。お願い!」
下野さんに、私が、責められました。
あっれ~?
「仲間さん、下野さんがひどいんですけど、あんな方ですっけ?確かに研究とかになると見境なくなる人でしたが、あそこまでなんですか?」
「まあ周りは見えなくなるな。知的好奇心を満たすためには手段も選ばないやつだな」
「うへぇ…」
「それの同類が、あと五人だ。素直に脅しに負けて使った方が楽だと思うぞ」
「仲間さんが優しく見えて来た末期だ…」
何が一番嫌かって、仲間さんが一番話が通じることが嫌なんだよ。他の人が話が通じないのも、仲間さんしか会話相手がいないのも嫌だ。
だがしかし、下野さんに裏切られた以上仕方ない。このクズ野郎はブラコンだが、ブラコンなだけでクズな野郎だ。私を引っぱたくぐらい喜んでやるだろう。
殴られるのは嫌だ。痛いのは嫌いだ。腹をくくろう。
「わかりましたよ」と仲間さんに離してもらい、手に魔力を集める。
えーと、ここには水はないから……これでいいや。
鉄貨を取り出し空中に放り投げ、
「y=1/2gt^2 【自由落下時の変位。ただしgを重力加速度、tを経過時間とする】」
一瞬で、鉄貨は地面に落ちた。
省略できるってことは、時短も出来るってことだ。
本来なら数秒かけて落ちるところを一瞬で落とすことも出来る。
『物を自由落下させる』というだけの魔法だが、省略できるならこういう使い方もありだ。
さて、これでご満足いただけましたか?と下野さんを見る。
きらきらと、実験結果を見る目で見られる。
仲間さんを見る。
金になるかの計算中のようだが、とりあえずよし、と頷いてくれた。お気に召したようで。
最後に研究所の五人を見る。
ぽかん、と大口開けていた。笑える。
ここでは『同様にして~』と魔力消費をなかったことにするのはやらない。そこまでサービスする必要はないだろう。今も疲労感はほぼないし、問題ない。
下野さんは私の呪文の解読で忙しいようで、仲間さんはむしろ『ただで売るな』とばかりに使わないことを推奨している目だ。二人が文句を言わないなら何も問題はない。仲間さんと思考回路が似てるのが本当に、本当の本当に嫌だけど。
だからのんびりしていたら、「い、今のは…」とか「もう一回」とか五人から言われたが、当然断らせてもらった。
私は魔力量がほぼ最低値で、次やったら疲労するから、と言えば苦情はどこからも出ない。消費した魔力量はわかっても、含有量はわからないみたいだし、ステータス異常(疲労感)も悟られない仕様のようだから、嘘をついても見破れる人はいない。そもそも『ほぼ』ないだけで、料理の後ぐらいの精神的疲労感はある。別名『やり切った感』。それはきっと魔法のせいで疲労したんだよ、はははは。
「竜胆はすごいね!うちの研究所に来たらいいよ!」
とかなんとか逃げてたら裏切り者の下野さんがさらに追い詰めて来た。
ちょっと待て。
「竜胆の保護者は僕だから、保護者の同意があれば所属できるし、いいよね!竜胆も一緒に研究しようよ!」
仲間さんを見ると、顔をしかめて頷かれた。保護者は確かに下野さんらしい。なんてことだ。私の方が母役やってるのに。
「え、六歳だから駄目?じゃあ竜胆、もう一回魔法使ってよ。竜胆すごいからいいでしょ?」
普段他人とまともに話せないくせにこういう時だけちゃかちゃか話しやがって…!
とんとん拍子で話を進められ、私は研究所に所属することが決定していた。余興で魔法をもう一つ使うことまで決定づけられて。
ああ嫌だ、ああ悲し。お母さんはあなたをそんな子に育てた覚えはありません。
最後の頼みの綱の仲間さんも『諦めろ』とばかりに同情の視線を向けて来たし、逃げ場がないことは確定だ。
渋々、もう一度鉄貨を空中に放り投げる。
「F=GMm/r^2 【万有引力の法則】」
鉄貨は研究所の壁に吸い寄せられるように飛び、くっついて、魔法が切れて落ちた。
ちゃりん、と軽い音がする。勿論私は拾いに行く。大事な大事なお金様だ。下野さんの稼ぎだけど。
万有引力とは、どんな物質でもその質量に応じた引力を持っている、というものだ。
引き合う力は確かにあって、かつ、コインが壁に向かって飛んで行ってくっつけるのは、十分実現可能な事象だ。
さすがにちょっとくらっとするぐらいの疲労感に襲われたけど、これからお世話になるんならこのぐらいかましておいたほうがいいだろう。
本来なら質量的に出来ないはずだけど、引力なんて微弱なものだけど、『引き寄せる力を持っている』ことさえ明確なら、無理やり実現できる。理論に間違いはない。起こしたことも、『壁に向かってコインを投げつける』とかで出来るぐらいのことだから、『出来ること』だから、出来てしまってもいいはずだ。
気絶一歩手前まで魔力削られたけどな!そんでそんな体調不良、死んでも見せないけどな!
下野さんなら別に「疲れましたー」とか言ってもいいけど、仲間さんはそれを弱みとしか見ないだろうし、初対面の五人に関しては言わずもがなだ。だーれが弱点開示してやるもんか。
「……い、今の、どうやったの竜胆…?」
とか考えてたら、下野さんに驚愕の眼差しで見られた。
うん?
仲間さんを見ると、さすがの仲間さんですら目を見開いて、信じられない、というように驚いていた。
五人組はもう、唖然呆然って感じだ。完璧ついてこれてない。
でも、これってそんなにすごいことか?
「えーと、万有引力を間違った方法で使っただけですよ?」
「ばんゆういんりょくって何?」
あ、この世界にニュートンはいなかったのか。でもこの文明レベルなら、文明開化時、明治時代の日本ぐらいはあるよね?ならニュートンぐらいいそうなもんだけど…。
日本人が欧州文化を歩んでるって感じの世界観だし、日本人ならもっとはっちゃけてそうだと思ったんだけどなあ。
それこそ、現代日本の文化を退化させただけって感じで、洋風建築で洋服着てるのに食べ物とかだけは日本、みたいな…。
――まるで日本の文明が衰退したみたいな…。
「よくわからないが」
そこまで考えたとき、わしっと私の頭を大きな手がわしづかみにした。
見るまでもなくわかる。仲間さんだ。
仲間さんはそのまま私の頭を押さえつけ、ぐるりと回して自分のほうを向かせる。いや頭持って回すな痛い。うっかり首が一回転したらどうしてくれる。慌てて自分から回ったけど、回転の方向間違えてたらムチウチじゃ済まなかったぞ。
人様の首をくるりんぱしようとした仲間さんは、しかしそこまでして向けた私を見るわけでもなく、目の前の人間を、あの五人組を見ていた。
「こいつは弟の養い子だ。多少アレでも、弟のせいだろう」
「え?兄さん、それは――…」
「シモツケ」
空気を一切読まずに言おうとした下野さんに、仲間さんは一言、
「黙れ」
と言った。
それでちゃんと黙って文句も言わないんだから、この兄弟の信頼関係はすごいと思う。信頼関係って言っていいのかだけ謎だけど。下野さんはもう少し人を疑うってことを覚えたほうが良いと思う。真面目に。
下野さんに釘を刺して、仲間さんは私をちらりと見下した。
言われなくてもわかってる。情報をただで売る気はないし、下野さんの価値に上乗せ出来るなら下野さんの手柄であるようにふるまう。
そういう意味を込めて見返すと、仲間さんもふいと視線を外して、軽く頭を撫でて手を退けた。本当にブラコンなお兄さんだ。私だって下野さんのお世話になってるんだから下野さんに最大限協力する。自分の損にならない範囲で。
「じゃ、弟に全権委託されているし、交渉しようか。弟の秘蔵っ子と弟のこれからの処遇について、きちんと話そう」
仲間さんがにこっと営業スマイルを浮かべる。
……五人組には合掌。
仲間さんの経営手腕は知らないけど、あんなクズで強欲な奴隷商人が、家族のために利益なしで動くんだ。利益度外視で、誰かのために尽くすんだ。
そんなの、敵うわけないじゃん。
「ではそういうことで」
予想通り、仲間さんはきっちり利益を搾り取って、私たちに「帰るぞ」と言って撤退した。
仲間さんが取り付けた主なことは五つ。
私に関するすべての権利は下野さんにあり、私は下野さんの所有物であること。
それゆえ私の成果のすべての利益は下野さんに帰順すること。
私も下野さんと同じく、研究所に出向かず在宅で研究するのを認めること。
私は子供なので働くことを強要しないこと。
しかし研究所の一員ではあるのでしっかり研究協力や身分保障はすること。
この五つだ。
簡単にまとめると、『私は下野さんの物だから横取りは許さないし下野さんと同じように扱え。あと仕事しないけど協力と保障はしてね』ということだ。
その他こまごまと交渉もしてたけど、大きな焦点はここだ。
どれだけ搾り取ったのか目に浮かぶような条件だ。
「ねえねえ竜胆、それで、ばんゆういんりょくって何?」
「今日は疲れたから説明したくありません…」
呑気な下野さんがちょっと羨ましい。私、こんなクズな大人と人質取り合ってるんだぜ?ツツジ、お姉ちゃんが負けても許してね。あんたならどこでもやってけるから。
そうだ、仲間さんは明日帰るんだから、その前にツツジへの手紙を書いておかないと。私がドナドナされる可能性もあるからそう書いとかないとツツジが困る。今回は、下野さんが私を気に入ってるし私に利益が見込めたから私の保障もしてくれたけど、私が下野さんの傍にいるってことは私に下野さんっていう人質を与えてるってことで、仲間さんがいつまでもそれを許すとは思えない。油断した隙に売られるかもしれないんだから、十分警戒が必要だろう。
翌日、仲間さんにツツジへの手紙とお土産のクッキー、牛そぼろのおむすびと道中で食べれるようにサンドイッチ、保存がきく干物、三日ぐらいなら持つ固めのパン、パンに塗れるようにバター、それから竹の水筒に入れたお茶と、気に入っていたようなたんぽぽコーヒーの粉を持たせた。たんぽぽコーヒー美味しいのに、下野さんは苦手だと言ってあまり飲まないから、せっかく喜んでくれたのでおまけでつけてあげた。あれだけ大変な思いして作ったのに自分で飲むだけとか、虚しすぎる。お茶みたいに漉して入れてくださいって言い添えたから自分でも入れられるだろう。仲間さんはブラック派みたいだから砂糖とかミルクとかいらないし。
そう、たんぽぽコーヒーといえば、こちらの世界では普通に黄色いたんぽぽがあった。
白いたんぽぽも探せばあったけど、圧倒的に黄色いたんぽぽが多かった。
黄色いたんぽぽは外来種で、日本には本来なかったものなのに。
白いたんぽぽは逆に日本の固有種なので、日本にしかないはずだ。
ここは異世界だからそんなの関係ないのかもしれないけど、……いろいろ考えさせられた。
仲間さんはそんなこんなで帰って行った。私の持たせた食品に興味を持ってたり、たんぽぽコーヒーに割とマジで感謝されたりしたけど、最後には「シモツケ、またな」と下野さんに言っていた。
下野さんはとても嬉しそうだった。
ツツジに会わせたいし、今度一緒に会いに行こう、と言ったら、うん、と満面の笑みで頷いてくれた。
やっぱり家族は大事だな、と、そういえばお母さんたちは元気かな、と思った。
「そうだね。じゃあ元気でね竜胆!」
その翌日、売られました。
だから早すぎるだろ展開。
下野さんを引っ張って、初出勤だからって研究所に行ったら所長に通されて。
いややっぱり子供だから学校行かせた方がいいんじゃない?とか言われて。
下野さんも、それもそうだね!って納得しちゃって。
所長が、じゃあ寄宿舎がある学校手配するからそこ行ってね、大丈夫数年だけだし休みには帰れるから、とか言いくるめてきて。
私は当然反対したし、私がいなくなったら下野さんまともに家事出来ないんだから死ぬじゃんって言ったのに、下野さんは「大丈夫だよ!」って大人ぶって押し通して。
そうなったら私の全権は下野さんに委託されてるわけだから押し通されるしかなくて。
結果、所長が手配したとかいう学校に行くことになりましたとさ、ちゃんちゃん。
ふっざけんなよ下野!
これ、明らかに下野さんから権力取り上げてるじゃん!私、人質にされてるじゃん!
そんで私如き、下野さんの邪魔になるようだったら容赦なく、あのブラコンのクズ野郎が切り捨てるに決まってるじゃん!
あー、これは終わった。どうにもなんねえわ。
ツツジ、ごめんよ。あなたのお姉ちゃんは詰んじまいました。ツツジの今後のご活躍をお祈りします。




