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それは最初からわかっていた

シモツケさんこと、下野さんの視点です

 身内からも変人扱いされる僕、シモツケの目から見ても、竜胆はおかしい。

 それは最初からわかっていた。

 兄さんから実験用の奴隷を送ったから、と聞かされていたが、輸送方法が『一人で行かせる』だよ? 逃げ出すに決まってるじゃない。家までたどり着けないに決まってるよ。

 でも兄さんはその子のことを信じているようだった。

 『人質として妹が手元にいるから逃げ出すことはない』とか言ってたけど、『妹を見捨てない』『道をきちんと暗記している』って、信じてた。


 「初めまして、ナナカマドさんの紹介で来ました、竜胆と言います」


 竜胆という少女は――否、少女とも言えない幼い子供は、ちゃきちゃきと僕にご飯をくれて、そう挨拶をした。

 僕はこの時点でこの子のことを信用していた。

 お金を持ち逃げしなかったし、食事も僕の意向にあうように作られていた。出来るだけ早く作れてお腹に溜まるものと、美味しい出来立ての料理。僕が欲しかったものだ。

 後で確認したら、鉄貨一枚たりともネコババされていなかった。

 奴隷としてきたはずなのに僕より身なりが綺麗で、言葉遣いも五歳にしては異常なほど丁寧で、なのに家の掃除や料理やらの汚いキツイ仕事を嫌がる素振りは一切なかった。

 僕がごみ屋敷にしたから、最初の掃除はさすがに大変そうにしてたけど、泣き言は一言だって吐かなかった。


 後で兄さんに実験用の奴隷を再購入したいと伝えた時、一緒に確認してみたら、「あれはいい買い物だっただろう?」と、「安く譲ってやったんだから、大事に利用しろよ」と、返答をもらった。

 兄さんの楽しそうな含み笑いが目に見えるようだった。




 僕は昔から、頭が良かった。

 だから色んな人が僕を褒めた。父さんも母さんも僕を褒めてくれたし、一度も殴られたり叱られたことなんてなかった。

 でも、僕は人と接するのが苦手だった。

 どうしてあの程度が理解できないのか、どうしてそのぐらいで怒るのか。

 人の気持ちってものが、まるでわかってなかった。


 『馬鹿、そんなこと言ったら喧嘩になるだけだろ』


 そんな僕をいさめて、見捨てずに一緒にいてくれたのは兄さんだけだった。

 頭が良いだけで何も出来ない僕を、いつも助けてくれた。どう使ったらいいかわからなかった才能を上手に利用して、どうやったらいいのか教えてくれた。最後まで傍にいてくれたのは、家族でいてくれたのは、兄さんだけだった。


 人付き合いが上手で、何でも器用にこなす兄さんは僕の憧れで、ヒーローで、無二の存在だ。兄さんだけが僕のことを本心から心配して慮ってくれるし、兄さんだけが僕がちゃんと接することのできる人だ。

 兄さんが僕と世界を結ぶ橋で、兄さんだけが僕の世界だった。


 でも、「下野さん」と僕を呼ぶ彼女は、どこか兄さんに似てて。

 勝手に話しかけて勝手に逃げても付き合ってくれて。

 ありがとうって言えば笑ってくれたし、お願いしたら叶えてくれて、駄目な時は叱ってくれた。

 それから、傍にいて欲しいときに傍にいてくれた。


 僕は彼女に甘えて、彼女もそれを許してくれていた。まるで兄さんみたいに。家族みたいに。

 僕からみたら兄さんみたいな彼女を、兄さんは僕に似てるって言ったのなら、僕と兄さんが似てるのなら、それはとっても嬉しいことだし。

 兄さんにも僕にも似てない彼女の抜けてるところとかが、なんだか愛しくて、歪な形だけど家族になったみたいだと思ってたんだ。


 いろいろ僕の知識じゃわからないものを作ってたり。

 どこかに一人で遊びに行ってたり。

 見たこともない料理を披露したり。

 まだまだ知識を隠し持っててそれを教える気がなかったり。


 そんなことがあっても一緒に暮らして、楽しかった。


 「H2Oap+Qkj=H2O(気体) 【液体状態の水にQキロジュールの熱量を加えたとき、水は気体へと変化する。ただしQは任意の実数とする】」



 楽しかったけど、これは駄目だよ。

 僕はこんな魔法、こんな術式知らない。

 僕の知らないことがある。

 それは、彼女を『家族』から『研究対象』にするのに十分すぎる理由だった。







 兄さんも帰り、僕と彼女の二人暮らしをした家で。

 彼女は荷物をまとめて持って。

 僕に頭を下げた。


 「短い間でしたが、お世話になりました」


 「―――」


 僕は何かを言った気がする。でも、なんて言ったのかは覚えてない。

 彼女は「次の小間使いも仲間さんに頼んでおいたので」とか「もし妹が来たらよろしくお願いしますね」とか「ご飯作ってありますけど、飢え死にする前に買い物に行ってくださいね」とか、いろいろ言っていた。

 いろいろ言って、いなくなった。


 竜胆の美味しいご飯が食べたいよ。できたてのご飯は美味しかった。二人で他愛のないことを話しながら食べるご飯はとても美味しかったのに。布団もまだ一人じゃ寒いよ。おはよう、って誰に言えばいいの? 誰も僕におはようって言ってくれないよ。夜更かしの心配してくれないし、お風呂で洗ってくれないし、風邪引かないようにって布団かけてくれないし、僕が過ごしやすいように掃除してくれないし、悩んだときに相談出来ないし、嫌なことがあったときに慰めてくれないし、一人でいたくないときに傍にいてくれないし、一人で一人で一人で一人で一人で一人で――寂しいよ。









 数日後、兄から小間使いが届いた。

 今度は十四歳の女の子だった。

 お金を盗んで三日で消えた。


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