魔法っていうのは、出来ることをやる力だよ
ルビが振れなかったので、【】の中にルビ書いてます
夕食は揚げ物祭りだった。
下野さんはそれはそれは興奮して、あれがこれでそれがあれでと仲間さんに説明し、仲間さんは若干それに引きながら聞いていた。私は「揚げたてが一番美味しいので、私に構わず出来た物から食べててください」とか言って台所に逃げていた。下野さんは本当に悪い人じゃないし、多少アレでも一緒に暮らすことに不満はないが、……今の下野さんの相手はしたくない。
兄弟水入らず、とか心の中で自分の行いを正当化して仲間さんの救難信号を見て見ぬふりし続け、デザートのミルクレープを食べるときにやっと席についた。
仲間さんに「覚えてろよ」とか睨まれてるけど気にしない。私はちょっとお節介ないい子でーす。悪いことしてませーん。
仲間さんの視線を受けながら、ミルクレープを一枚一枚剥して食べている下野さんに、「魔法ってどんなものなんですか?」と聞いた。
リンドウの知識の中の『魔法』は、魔物が使うものだけだ。人間が使える『魔法』についてはまるで知らない。魔物が使うものにしたって、『不思議な力』としか知らないぐらいだ。
わからないからわからないと聞いたのに、仲間さんは馬鹿を見る目で見て来た。下野さんは信じられない、というように目を丸くした。
私、この兄弟、嫌い。
嫌悪の目をすると、さすがに察した下野さんが「えっとね!」と説明をしてくれた。
「魔法っていうのは、出来ることをやる力だよ」
「やる気と勇気ですか?」
「そうじゃなくって…可能性を実現する力?」
「努力ですか?」
「でもなくて…信じたことを叶える力だよ!」
「根気と運ですか?」
「えっと…えっとね…」
駄目だ。下野さんって、頭は良いんだろうけど人に説明する能力が欠如してる。
見かねて仲間さんが出て来た。つくづく弟にだけはゲロ甘仕様なブラコンだ。これ思うの何度目だろう?
「魔法というのは――…」
仲間さんの話をまとめると、魔法と言うのは大雑把に言えば『途中経過の省略』が出来る力らしい。
原理と手順を把握し、それが理に適っていた場合、魔法を使うことで途中の過程を全部省略して結果を出すことが出来る、そうだ。
例えば『水を火にかけると100度で沸騰して水蒸気になる』ということを知っていて、原理を証明できれば、いつでも水を水蒸気に変えることが出来るようになる、んだとか。
つまり証明さえできれば、理論上可能でさえあれば現実的には不可能なことも出来る、ということになる。
思ってたファンタジーの魔法とは違うけど、それ、かなりすごくね?
「魔法って、誰にでも使えるものなんですか? 適性がないと出来ないんですか?」
「誰にでも出来るよ。魔力は誰でも持ってるからね」
「魔力って何ですか、仲間さん」
質問に答えてくれた下野さんには悪いが、私はあなたの下手な説明に付き合う気はない。
仲間さんもこんなときは迅速に教えてくれる。
「魔力は魔法を使うために必要なもので――…」
魔力は魔法によって省略するエネルギー差分を埋めるもの、らしい。
例えば水を水蒸気にするなら、沸騰させるために熱を加えないといけない。その熱エネルギーの代価として魔力を支払っているそうだ。省略することは出来るが、必要なエネルギーは徴収される。無尽蔵にエネルギーを絞り出せるわけではないらしい。まあ当然か。
さらにその魔力は誰にでも備わっていて、たとえそれが少なくても、何度も使っていたらある程度は自然に増えるものなんだとか。体力とかと同じで、訓練で伸ばせるそうだ。
「じゃあ私が魔法を使うことも出来るんですか?」
「出来るよ。使おうって思って使えばいいんだよ」
「仲間さん」
もう最初から下野さんには期待しない。仲間さんに聞く。
仲間さん曰く、魔法を使うには、『魔法を使う』という意思と、魔法を構成する原理と、現実に反映させるための魔力が必要なんだそうだ。
水を水蒸気にする例で行くなら、『水を水蒸気にしよう』と思い、『水は100度で水蒸気になる』ということを確信していて、水を100度にするのと同等の魔力があれば、水を水蒸気にする、という魔法を使えるらしい。
そしてその三つ、意思と原理と魔力を同時に実行するために、いわゆる『呪文』を唱える。
決まりきった文句ではなく、自分が一番イメージしやすい文言を言うので、これさえ覚えれば、とかではないらしい。言葉にしなくても三つの要素を同時に実行できるなら呪文なしで魔法を使えるんだとか。
実際、水を水蒸気にする、という魔法を二人に使ってもらったが、下野さんは何も唱えずに魔法を使い、仲間さんは「水よ水蒸気になれ」とか言っていた。そしてそのどちらもきちんと水を水蒸気にしていた。
「……すごいんですね」
私は初めて見る魔法に、ただただ嘆息した。
話す動物に魔法とか、どんなファンタジーだ。
「でしょ! だから僕は魔法を使って研究してるんだよ!」
下野さんはそんなわけで、いろいろ理論を組んで魔法の原理を構成し、『出来ないこと』を『出来ること』だと証明するのが仕事らしい。例えば不治の病の治療法だとか、万能薬の開発だとかだ。
で、さらに『出来る』と信じて魔法を発動させて、出来た場合、それは『出来ること』になる。
有名な例が時計で、『日時計は針(というか影)がぐるぐる動くから、日があたってる限り時計として使えるはずだ』という理論で時計を作り上げちゃったらしい。
それから『なら光の力で時計は動く』という考えが派生し、室内時計や腕時計が出来た。夜間、光を当ててない間は止まるが、光が届けばきちんとした時間を指し始める。
そうなるともう日時計の原理からは完全に外れているが、『前例があるから』可能でであると現物で証明されてしまっているため、魔法で実現することが可能になるらしい。
太陽光発電とか知ってる身としては、ソーラーパネル付きの時計かな、と簡単に納得できる。時計が24時表記なのも、元が日時計から出来てるんなら納得だ。昔の日本文化に習って干支で時刻とか方角とか表して欲しかった気持ちはあるが、そうされたらされたで『面倒くさい』と文句を言っていただろう。数字マジ便利。アラビア数字愛してる。
閑話休題。
要約すると、証明した原理は間違っているが、結果が正しいという確信があり、事実『光で時計を動かす』ことは可能であるために、過程を省略出来た。魔法として実現できた。
たどる道筋が違っても、道を間違えていても、目的地さえきちんと見えていればそこに瞬間移動することが出来る。
よくわからなくても、よくわからないままでも確信さえあれば現実にすることが出来る。
「……それって、何でもかんでも魔法でやろうとしたらいいだけじゃないですか…?」
確信さえあれば証明が間違っていてもいいなら、手当たりしだい確信をもって実現しようとすればいいだけじゃないか。
そう思ったが、そういうわけにも行かないらしい。
「駄目だよ。魔法を失敗したら魔力が削り取られちゃうから」
魔力は実現するためのエネルギーだ。
原理が間違っていれば、道筋を誤って目的地にたどり着けなければ、延々とその間違った道を進むことになる。
数学で例えると、魔法はエクセルなどの計算装置だ。原理という数式を入れ、計算するために計算開始のスイッチを押すと、魔力ならぬ電力を食って計算する。
計算式が違っていれば、全く違う、おかしな答えが出るか、電力がなくなるまで永遠に答えにたどり着かない計算をし続けることになる。安全装置が作動して『エラー』という結果を出して止まることもない。
だから魔法を失敗すると魔法が暴走するか、魔力を全て消費してしまう。
魔法が暴走したら危ないのは言うまでもないし、魔力が尽きたら起きられなくなる。
魔力とは演算装置を動かすための力、つまり集中力とか精神力とかと呼ばれるものだから、それが尽きれば意識をなくし、魔力が回復するまで眠り続けるらしい。
魔力は時間経過で回復するが、平均的に、一度全部なくなれば丸一日は寝てないと起き上がれるまで回復しないんだとか。
そこまで聞いて、一つ疑問を持った。
「じゃあ、下野さんが一人暮らして魔法を研究してるって、やばいことじゃないんですか?」
研究ってことは試行錯誤だ。もし『出来る』と思ってやった魔法が『出来なかった』ら、下野さんは倒れて丸一日以上放置されることになる。
一日、24時間は長い。下手に倒れて頭でも打っていたら致命的だし、トイレにも行けないからおもらしすることになるし、冬場ならそのまま凍死まっしぐらだ。
理論だけ家で作って、魔法の実験自体は人のいるところでやるならいいが、私が知る限り、下野さんが外に出たことはない。魔法の実験も、家でやってるのだ。
いくら今は私と同居してると言っても無茶だ。私は、下野さんは不規則な生活をしてるから、と思い、下野さんの姿を一日見なかった程度では騒がない。実験するという実験室に入ったこともない。下野さんにここの掃除はいらないから、と言われたので入らないようにしてる。
うっかりしたら死んでる。下野さんは何を考えてるんだ、と思って糾弾したわけだが、
「大丈夫だよ、僕、証明できてない魔法は使わないから」
能天気な言葉が返ってきた。
能天気で、当たり前のように、確固とした自信に基づいて、
「僕が証明間違えるわけないから」
と、言われた。
「……」
仲間さんを見た。
ひどくため息をつきたそうな顔で頷かれた。
下野さんを見る。
にこにことミルクレープを食べている。
数学の証明ならわかる。計算や数式が間違っていたら答えにたどり着けないから、間違っているとわかる。
でも、実際の生活に使うことの証明なんて、どこに間違いが潜んでいるかわからない。完璧な証明なんてできっこない。数学の証明すら、間違うことがあるぐらいだ。
この『証明』とは科学者が何かを作るにあたってする『仮説』と同義で、手当たり次第試して間違えれば次の『仮説』を用意して、という類のもののはずだ。
一発で『証明』出来るのはあり得ない。
いくら入念に検討してもどこかに穴があるもので、だから試行錯誤なんて言葉がある。
実験失敗を度外視して、『仮説』が100%正しいと信じて、失敗した時のリスクフォローを一切考えずに実験するなんてただの馬鹿だ。
そんな馬鹿を実現し続けているのは、――ただの天才だ。
「……下野さんって、すごい人だったんですね」
「この歳でいっぱしの研究者やって、家から一歩も出ないという条件を認められているぐらいには、そうだな」
仲間さんも苦々しい声だ。妹を天才に持った私にもその気持ちはわかる。
嫉妬とか、羨望とか、そういうんじゃなくて。
苦労、だ。
身近な人間が規格外だから、それに伴う弊害がまるっと『規格品』の自分たちにかかってくる。比較対象がおかしすぎて自分を出来ない子だと思い込んでいたリンドウみたいに、一人で実験やるとかいう馬鹿を実現できちゃう下野さんに見張り役を送りこむ仲間さんみたいに、通常以上の苦労が被さってくる。
とにかく疲れる。
それでも身内だから『お前のせいだ』なんて責められなくて、責めたら責めたでその分の罪悪感を背負わされる。
ただただ苦労しかない。
仲間さんと仲間意識が芽生えるというか、同調しかけてしまった。クズなことといい、仲間さんと仲良くなれそうですごく嫌だ。
おそらく仲間さんもそう思ってるんだろう、と思ったが、そうでもないようだった。
何か期待するように、試すように、――実験動物を見るような目で私を見ていた。
「ところで、お前は魔法を使ってみないのか? 失敗して暴走しかけても、シモツケがいるから止められるぞ」
「うん、失敗しそうになったら補助するからね!」
下野さんが笑顔で言ってくれる。説明プリーズ、と仲間さんを見る。
魔法が暴走するのは、電源が切れるまで延々と演算を続けてしまうからだ。
なら、オーバーヒートする前に外部から指示を与えて正しい方向に導いてやれば、答えを出させてしまえば演算は終わる。
パソコンでそれをやったらかえって容量使ってフリーズしたりするが、魔法では、たとえるなら全力で間違った方向に突っ走ってる馬鹿に正しい道を教えて、ついでに車に乗せて目的地まで連れて行ってあげるようなものらしく、それで解決するらしい。
具体的に言えば、水を水蒸気にしようとうんうん唸ってる私の魔法に干渉して、『水を水蒸気にする』という目的を取り上げ、間違った私の魔法をキャンセルした上で下野さんがきちんと魔法を使うことで、目的を果たさせて魔法を正しく終わらせる、ということだ。
もっとも人の魔法に干渉したりするのはかなり高度なことらしく、仲間さんは普通に出来ないそうだ。下野さんとかの専門家レベルでないと出来ないと言われた。パソコンとかでも、失敗の尻拭いのほうが難しいしな、と納得。山田花子(仮名)はパソコンでそれなりに苦労もしていたので、身に染みてよくわかる。
そんなこんなで、魔法初体験。イエイ。
監督者がいる間にってことなら仲間さんが帰ってからでもいいんだけど、逆に仲間さんが帰るまで待つ理由もないのでその場でチャレンジ。下野さんにお願いして、魔法を使う。
ええと、呼吸を整えて魔力――つってもわからないから、体の熱を手の平に集めるようにして、水が水蒸気になる仕組みを頭の中で組み立てる。水が水蒸気になるのは熱を加えたからだ。沸点は100度。液体から気体になる。状態変化。
式が組み立てられたら、後は使う意思、発動させるためのキーを押すだけ。
ええと、仲間さんはさっき…。
「水よ水蒸気になれ」
真似して言うと、二、三時間ずっと本を読み続けていたときのような疲れが襲ってきた。下野さんも仲間さんも涼しい顔してたけど、結構疲れるもんなんだな。魔力、というか精神力を使って省略してるから仕方ないんだろうけどさ。
100度分の働きは出来たかと下野さんを見ると、笑顔でぱちぱちと手を叩いてくれた。
「うん、上手にできてたよ~!竜胆、しっかり仕組みを組み立てたんだねえ。普通より消費魔力がずっと少なかったよ」
「え、少なくてこれだけ疲れるんですか?」
これ以上に疲れてたなんて…仲間さんも下野さんもメンタル強すぎか。
しかし下野さんはきょとん、とした。
「え、水を水蒸気にするぐらいならそんなに疲れないよ? 持ってる魔力にもよるけど、よほど少なくない限り、そんなに疲れないはずだけど…」
「仲間さん!」
これまで同様説明を求めたら、…首を振られた。
「さすがに俺もそこまでは詳しくない。専門のシモツケに聞け」
「……マジっすか」
ということで下野さんの要領を得ない説明を何とかまとめた。仲間さんと二人かかりでやっと、まとめることが出来た。下野さんは頭が悪いわけじゃないけど、口下手で説明が不得手すぎる。疲れた。
要するに、魔力はゲームで言うMPみたいなものらしい。
違うのは、イエローゾーンやレッドゾーンの『そろそろMPが尽きるぞ』という表示が入るのが全魔力の何%かってことじゃなくて、『枯渇まであとどのぐらいか』ってことが基準になるところだ。
ゲームとかなら、全魔力の70%が失われたら、魔力が残り30%になったら黄色表示、残り10%になったら赤色表示、とかだ。だからMPが残り100で黄色表示になるプレイヤーがいれば、残り70でも通常状態のプレイヤーもいる。
だがこの世界ではMPが残り30になった時点で黄色表示、残り10になれば赤色表示、と、MPの数値によって決まっているらしい。
さらに黄色表示になれば疲労を感じ、眠くなったりお腹がすいたりして、赤色表示になれば強烈な眠気に襲われる。魔力を回復させるための危機本能だろう。
すなわち、私は簡単な魔法を一つ使ったぐらいで即黄色表示になるぐらいの魔力しか持っていない、ということで。
人並み外れて魔力が少ないということで。
今まで魔力を使ったことのない幼子であることを考慮しても、常人の四分の一程度しかない、ということだった。
絶望した。
普通のファンタジーの魔法よりよっぽど使い勝手が良い魔法だと思ってたのに。
理論がわからなくても、『出来るもんは出来る』の暴論がまかり通るなら、力技で山田花子(仮名)の知識を具現化して現代地球の品々を作り出そうと思ってたのに。
水を沸かすことすらまともにできないなんて…!
「……ん?」
そこで、ふと疑問を抱いた。
もし私がもっと魔力量が少なければ、常に黄色表示ってことじゃないか?
つまり、常に疲労してるってことにならないか?
魔法も使ってないのに、むしろしっかり寝て万全の状態ですら疲労感がある?
さすがにそれはおかしいだろうと問い詰めたところ、いくらなんでもそんな人はいないそうだ。
例えば魔力の残りが50切ったところからが黄色表示になるとしたら、50ぐらいの魔力は誰しも持っているものらしい。持っていなかったら産まれないか、早々に死んでいる。だからそんな人はいない。
そして今回の私の魔法消費量を10とすると、そのぐらいで疲労したってことはそのぐらいしか魔力がないってことになる。60以下51以上しかないとか、ほぼほぼ最低値じゃないですかやだー。しかも理論しっかり組み立てて普通の人より消費量が少なくてそれだから、まともにやってたら何もできませんわー。
そう、まともにやっていたら魔法なんて使えない。
まともにやっていたら、ね。
「じゃあ魔力の増幅装置とかってあるんですか?」
「それが魔物の体の一部だ」
魔力の回復は人それぞれだけど、持ってる魔力以上の魔法を使う必要も確実にある。その時に使われるのが魔物の体の一部だ。
魔物は人よりずっと魔力が多くて、魔法も別体系かってぐらい別格に使いこなすらしい。
それこそ体の隅々にまで魔力がいきわたっている。体の隅々まで、たとえ欠落したとしても人の身には余りあるほどの魔力を、含んでいる。
だから魔物の一部はたとえ毛の一本でも高値で取引されている。私が持ち帰った角や牙なんて、下野さんの研究所ですら手を出せないほどの代物らしい。やはりボられてたか。こちらはもう呆れる気持ちしかない。
抜け道はその魔物の一部を手に入れることと、それからもう一つ。
「じゃあ下野さん、もしガス欠で倒れそうになったら助けてください」
「え? 倒れそうになったら補助に入ればいいの? それなら僕の魔力で魔法を完成させるから竜胆に負担はかからないけど…」
下野さんに頼み、もう一度体の熱を集める。
水を水蒸気にする? そんなの火にかければ出来る。100度になれば水は湯気に変わる。
そしてその状態変化を簡潔に、極限まで無駄を切り落として表した真理がある。
「H2Oap+Qkj=H2O(気体) 【液体状態の水にQkjの熱量を加えたとき、水は気体へと変化する。ただしQは任意の実数とする】」
さすがに数字までは覚えてないが、これでも通じるはずだ。
何故なら、これが『水が沸騰すること』という現象そのものを言い表した言葉だからだ。
それは熱化学方程式。
現代日本なら高等学校で習う、人類の叡智の一つ。
水は瞬く間に液体から気体に、水から水蒸気に姿を変える。
しかし疲労感はない。
じゃあ、そのまま――。
「a+1≒1 ∴a+1=1とみなす 【任意の実数a足す1はほぼ1であるため、a足す1は1とみなす】」
――そしてaを今の魔力消費量と置く。
魔法は発動した。
疲労感はかけねなく、一切ない。
今のは何かというと、『aってすごく小さいからないものとしていいんじゃない? あ、aって言うのは今使った魔力のことだから!』というのを難しく、化学的に言っただけだ。
でもこれが重要。
「先ほどと同様にして、H2O(気体)=H2Oap+Qkj 【気体状態の水は液体状態の水とQkjの熱量と等価である】」
『水を気体から液体に、水蒸気から水に戻すけど、さっき証明したように、今使った魔力は使わなかったことにするからね!』
簡単に訳すとこうだ。
言葉にされるとただの暴論にすぎない。例えるなら、電力を渡さずにパソコンを使おうってことだ。そりゃ無理だ。
でもその無理が通るのが魔法。
魔法は、――発動した。
水蒸気は水に戻り、私たちの頭上から雨を降らせた。拡散させた状態のままで水に戻したんだから、まあ当然か。ちょっと室温が上がった気もするけど、寒いからって着こんでるしはっきりとはわからない。
でも室温が上がったなら、儲けもの。
「下野さん、どうですか? 魔力、どのぐらい使ってましたか?」
頭から雨に降られて濡れた下野さんに問いかける。
下野さんはちょっと慌てて、
「全然減ってなかったよ!」
と、言った。
――勝った。
何に勝ったかって、賭けに勝った。
室温が上がったってことは、水から水蒸気にした時には気温が下がってたってことで。
つまり水を水蒸気にするための熱は周りの熱からとっていたってことだ。
私の体温でも、私の魔力でもなく、室温から。
魔力は、例えるなら触媒のように、反応させるために添えただけ。ほぼ使ってない。
だから減らなかった。
ごくわずかなら、証明済みの式で、ないものに出来る。
魔力最低値の私でも、魔法を使える。
この勝負貰ったな、と内心高笑いをしていると、
「今の魔法、すごいね! 研究所に行こうよ!」
「そうだな、すぐにでも行こう。シモツケ、外出の準備をしろ」
下野さんと仲間さんに両側から腕を掴まれた。
「……え?」
研究材料を見つけた研究者と、金儲けのネタを探しているクズ。
純粋に被験者を見る科学者と、情けなど一切見当たらないクズ。
そして連れていかれる先は研究所。
詰んだ。
この話は実在の化学、数学、パソコンとは一切関係ないファンタジーです。




