この兄弟、足して二で割れば丁度いいと思うよ
夕食を20時に間に合うように作っていたら、ドアが開いた音がした。お客さんはチャイムを鳴らすから私が開けるし、同居人の下野さんは外出しないから、いきなりドアを開けられるというのは初めてだった。ちょっと強盗かと身構えちゃった。仲間さんにからかわれるし、護身術でも学ぼうかな。山田花子(仮名)のおかげで知識はあるから、この体に叩き込めばいいだけだし。
まあ出迎えは下々のお役目。料理を中断して玄関に向かう。
「おかえりなさい。まだ20時になってませんが、早めに帰ってくれたんですか?」
ここは何故か時計が普通にある。実家でも集合住宅に一つ付いていたし、普通のアナログ時計だった。
ただし文字盤の数字は1から12ではなく、1から24と刻まれている。
普通の時計の12時の位置に24、3時の位置に6、6時の位置に12、9時の位置に18がある。だからここでは『午前』『午後』の言い回しはなく、24時表記のみ使用されている。午後四時、とかはないってことだ。この文字盤では当然だろうけど。
ついでに分針と秒針もあるが、その表記も1から24だ。おかげで1分と言っても日本の1分よりずっと長い。この世界の2分が、日本での5分に当たる。3時半、と言われれば3時30分ではなく、3時12分のことになる。年齢の分、山田花子(仮名)の影響が大きく、竜胆の私も慣れない間は感覚が狂いそうだったし、今でもたまに混乱する。リンドウ、もっと頑張って! あの犯罪者、すごくキャラも人生も濃いけど!
「腹減った」
玄関を開けると、帰って来た仲間さんは私の言葉も無視してそう言い腐りやがった。飯出したくないな。うふふ。
荷物を勝手に持ったりする気はなかったが、コートはばさっと落とされた。持て、ということだろう。後でブラシかけしておいてあげよう。とりあえず応接間のコート掛けにかけておいた。椅子に乗ってな。わざわざ椅子に乗らせてまでかけさせるなよ。自分で管理しろよ。
仲間さんは客間に引っ込んだようなので、ちゃちゃっと夕食を仕上げて下野さんを呼ぶ。
「下野さん、仲間さんが帰って来ましたよ。ご飯も出来ましたから、座っててください」
「んー、あと五分ー」
「ご飯冷めますから、先食べますよ」
「待っててー」
「嫌です」
「……わかった」
ぶーたれた声で返事をしたが、確実にもう一声かけないと来ないな。先に仲間さんを呼ぼう。下野さんは食べる直前に呼ぶぐらいでないと来ないだろう。
客室前でノックノック。
「仲間さん、ご飯用意できてますけど」
「持ってこい」
ドアも開けずにこの返事。クズめ。
「下野さん、お兄さんと食べるの楽しみにしてたんですけど」
「……」
「早く来てくださいね。食べないなら来なくていいですよ」
台所に行って机に運んでいたら、仲間さんが憮然とした顔で立っていた。ふう、手間のかかるブラコンだ。
「下野さん、楽しみにしてたんですよ。もう遅いから甘いものはありませんが、明日はって言ってました。私も同行するんだから早めに帰してくれますよね? 明日もちゃんと家族サービスしてくださいよ」
「お前に言われる筋合いはない」
「はいはい。どうせ自分のことしか考えてないクズなのはわかってますから、弟の前ぐらい、良いお兄ちゃんぶってください」
とりあえず一人分、今朝仲間さんが座った席に配膳し、下野さんにもう一度「仲間さんもう来てますよー。もう食べ始めちゃいますからねー」と声をかける。「すぐ行くから待っててー!」と声がしたので仲間さんを見たら、やっぱり不機嫌そうな顔をしていた。それでも待つんだから、ちゃんと弟を大事にはしているらしい。
まあ今のうちに下野さんの分も配膳し、仲間さんにお茶を入れていたら下野さんが来た。「お腹減ってたのに待っててくれたんですよ」と軽く叱って下野さんにもお茶を入れて渡す。ついでに自分の分も入れて、台所からご飯も持ってきて席に座る。二人とも食べずに待っててくれたけど、先に食べててもいいのに。下野さんは毎日待ってるから待って、下野さんが食べないから仲間さんも食べられなかったのかな?
「お待たせしたようで」と言うと仲間さんには睨まれ、下野さんは「いただきます」と言った。この兄弟、足して二で割れば丁度いいと思うよ。
とはいえ、食べ始めれば結構、和気藹々としていた。
「クズ、これはなんだ?」
「ハンバーグですよ。くず肉の寄せ集めです。下野さんはこれ好きなんですよ」
「これ美味しいから好き。兄さん、どう? 美味しい?」
「ああ、美味い。これは豚肉や牛肉を使っているんだな。鶏肉や魚と違った感じで美味い」
「あとね、唐揚げとかも美味しいんだよ。竜胆、明日揚げ物作ってよ。いいでしょ」
「揚げ物?」
「わかりました。お菓子もその時ですね」
「うん! 兄さんあのね、竜胆の作った甘いのがすっごく美味しくてね」
「よくわからないが、そうか。ところでこれは?」
「ポテトサラダですが。じゃがいもとゆで卵をメインに、野菜をみじん切りにして入れてます。これは私が好きなんです」
「僕も好きだよ」
「これは?」
「コンソメスープです。ブイヨン作るのが面倒で、手抜きをしているので本物とは違いますから、野菜スープってところでしょうけど」
「……」
「竜胆の作る料理美味しいよね。ね、兄さん!」
「そうだな…」
とにかく下野さんが嬉しそうによく話す。私のことだとか昔のことだとか研究のことだとか、ぺらぺらと話して、仲間さんがうんうんと相槌を打っている。微笑ましいが、仲間さんが『疲れたから寝たい』とアイコンタクトを寄越してきて、幼児の私も同感なので、適度に「そろそろお風呂入って寝たいです」と切り出した。
下野さんはそっか…、と引き下がった、かのように思えたが、
「あ、じゃあ竜胆、兄さんもお風呂に入れてあげたら?」
とか言い出した。
仲間さんと目があう。
汚泥におぼれた羽虫を見るような目で見て来た。私も炎天下に一週間放置した牛乳を拭いたままの雑巾を見るような目で見ている。
気持ちは同じだ。分かり合える。
「下野さん、嫌です」
「俺は子供の世話は出来ん」
「大丈夫だよ!」
何が?
何が大丈夫なんでしょうか下野さん。輝かしい笑顔ですが、何一つ根拠がありませんし答えになってません。断ったはずですけども。
しかも結局、「それぞれ入ってる時間なんてないでしょ」と、家主権限で風呂に押し込められてしまった。当の下野さんは一日中机に向かっていただけで、あまり汚れないからと風呂は遠慮した。ずるい。せめて下野さんがいれば、三人は物理的に無理だから「たまには兄弟でゆっくり…」とか言って一人風呂を確保できたのに。仲間さんは私と下野さんで入らせようと画策してただろうけどな。だとしても、私も仲間さんよりは下野さんのほうがいいわ。そんで下野さんとより一人風呂がいいわ。
しかし、こうなっては仕方ない。
ちゃっちゃと入るか。
「……良い脱ぎっぷりだな」
「子供ですし、下野さんと入ってますから。踏ん切りがついたら入ってきてくださいね、六歳児とお風呂にも入れないチキンさん」
挑発して待つと、私が体を洗い終わった頃に入ってきた。タオルで局部を隠すことすらしていない。よほど挑発がむかついたらしい。
「粗末な物見せなくていいんで、さっさと洗っちゃってください」
石鹸の入った瓶を指さし言うと、仲間さんはまじまじとそれを見ていた。
私はその間に髪も洗い終えて湯船に浸かろうとしていたが、どうにも進んでいないので、仕方なく手を貸してやることにした。
「仲間さん、さっさと洗っちゃってください」
瓶から適量石鹸を手に出し、軽く泡立てて、背中を洗ってやる。
そのあたりで、そうか、仲間さんの家では固形石鹸を使っていたな、と思い至った。
石鹸は高級品、というか、一部の人間しか生産してないので、手に入れるためにそれなりのツテが必要なのだ。お金持ちにも奴隷を売ってる仲間さんならツテぐらいあるだろうが、研究所にすら行かない、引きこもりの下野さんにはない。
というわけで、私は液体石鹸を作って使っている。
固形石鹸も作ったけど、正直なところ、液体石鹸のほうが使いやすい。うかつに固形石鹸使って「これをどこで買った」とか言われても面倒だしね。
「これは、石鹸か…?」
「はい。下野さんのツテでちょっといろいろしまして」
正直に私が作った、と言っても面倒そうだから、全部下野さんのせいにするけど。
下野さんならそのぐらい出来る。下野さんならいける。
背中を洗い終えたら腕をとって洗い、足も洗う。さすがに腹と局部は遠慮して、仲間さんに液体石鹸の瓶を渡し、暗に自分でやれと要求。仲間さんは私がいるから微妙な顔しながら洗った。下野さんはもう何も気にせず堂々と洗うのに。むしろ「竜胆ここもやってよー」って甘える始末なのに。局部を女の子に洗わせたら完璧にアウトなので無視しているが。だってほら、アウトすぎるでしょう。いくら下野さんでも、アウトだ。
仲間さんが洗ってる間、髪のほうを洗う。髪は糠で洗ってもいいけど、今は糠はお漬物の方に使ってるし、一々洗剤を変えるのも面倒だから液体石鹸を使う。山田花子(仮名)は、よくボディーソープからシャンプーリンスーから洗顔料から使い分けていたものだ。リンドウみたいに全く使わないというのも遠慮したいけど。
わしゃわしゃ洗ってやって、「流しますよー」と水で流す。綺麗になったら私は湯船。仲間さんも湯船。そうですねタイミング被っちゃいましたね手伝った自分の馬鹿。
狭いし裸で二人で入るとか吐き気がするけど、寒いからしっかり温まってからにしないと風邪をひく。
百まで数えて湯船を出た。仲間さんはもう少しのんびりしてたようで、私が服を着て、髪を拭き終わってから出て来た。
先に出て、明日の仕込みとかして寝ようと部屋に行く。
まだ机に向かっている下野さんを「もう寝てください」と寝かしつけると、仲間さんに「あいつはいつもこうなのか…」と渋い顔をされた。いつもは一緒に寝ないと寝ないって言うから一緒に寝てますよ、と言ったらますます顔を渋くさせた。私も、相手が下野さんじゃなかったら訴えてるところだ。
だから今日は久々の一人寝だと喜ぶと、仲間さんは何とも言えない顔をして客室に引っ込んだ。恐らく、眠くて判断力が鈍っているところで竹細工のことを聞き出そうとしていたんだろう。クズめ。でも、弟が六歳児に迷惑をかけてるから遠慮したようだ、計画通り。
私も戸締り、消灯確認をして部屋に戻る。
あー、今日も疲れた…。
翌朝。
朝食を作って下野さんを起こし、一緒にご飯を食べ終えたら洗濯物を干してお昼ご飯の用意をする。
そうしていたら仲間さんも起きて来たので「おはようございます」と挨拶してお茶を出す。朝食はいらないそうなので用意はない。不健康だな、早死にしろ。
台所で引き続き夕食とお菓子の用意をしていたら仲間さんが来た。
「行くぞ。何をしているんだ?」
「夕ご飯の仕込みです。どこに行くんですか?」
「ガキの養殖場、孤児院だ。安価でいつでも仕入れられるから良い場所だ」
孤児院を養殖場とか、どこまでクズ人間なんだこの人。
「様子窺いですか?」
「ああ。気に入ったガキがいたら引き取ってもいいぞ。金はあるんだろう?」
「下野さんの稼いだお金ですけどね。まあ考えます。あと、行くのはすぐですか?」
「時間の指定はないから、すぐでなくてもいい」
「じゃあちょっと待っててください。一時間はかからないので」
ちゃっちゃと準備して、一応外出するから髪も整えて服も着替えて、さてと仲間さんを探したら、下野さんのところにいた。
話しているわけではなく、下野さんの仕事を後ろから見ているだけのようだった。下野さんは集中していて気づいていないが、ちゃんとやれているのか見守っているようだった。
「……真面目にやられてますよ」
そっと後ろから声をかけると、「外套」と不愛想に言われた。持って来いってか。もっと何とか言えんのかね。
持って行ってやると、コートを見て、私を見た。ふふん。
「ちゃーんとブラシ掛けしてあげてたんですよ。感謝してくれてもいいですからね」
「大儀であった」
なんでこうも的確に人を苛立たせることを言えるのかなこの人。もう一種の才能だよね。滅びろ。
下野さんに声をかけても聞こえてないので声はかけずに、仲間さんと「労働に対する対価」やら「奴隷と主人の上下関係」やらを話しながら孤児院に向かった。白熱した議論でございました。
そうこうしていると、孤児院に着いた。
孤児院はこじんまりとした、田舎の小学校のような風情だった。さすがに木造建築でこそなかったけど、本当に、山田花子(仮名)の記憶にある小学校のようだった。
「おい、クズ」
「なんですか、クズ以下のゲロ人間さん」
「まともにしていたら、シモツケのところから追い出さないでおいてやる」
うん?
仲間さんを見上げる。仲間さんは目線で孤児院を示し、「偽善を満足させろ」と言った。
――なるほどね。
「下野さんのところから追い出すなんて、どうせ出来ないでしょう? だから働きの分、ツツジの待遇を良くしてください。」
「……手紙の内容はどうだった?」
おや、子供のお手紙の内容なんぞを気にするとは珍しい。孤児院の人が来なくて暇なのかな?
「普通に、元気か、とか、ひどいことはされてないか、自分は元気で良くしてもらってる、チガヤくんは楽しくて、とか、そういう内容でしたよ。要するに私の生存確認がしたいだけの手紙ですね」
内容はどうでもいい。返事が来れば、私が生きているとわかる。手紙の中にも幼少期の、私とツツジしか知り得ないようなことが書かれている。それに対して返事をして、影武者じゃなくてちゃんと私が生きていることを証明しろ、という手紙だ。返事を要求する内容だったし。
ツツジも案外、一人で残されて不安なようだ、と思っていると、仲間さんが思いっきり顔をしかめていた。
「そうなのか? そういう風には見えなかったぞ」
「そこまでは知りませんよ。でも、家出先の確保は重要でしょう?」
私が上手いことやれているなら、最悪仲間さんのところを逃げ出しても私のところに来ればいい。実行しなくても、逃げる場所を持っているということで優位に立てることもあるし、心に余裕が生まれる。
そう説明すると、仲間さんは得心した様子を見せた。家族愛をとことん信じてないなんて、この人どこまでクズなんだ。自分は弟に甘いくせに。
ま、逃走の算段なんて、仲間さんには関係ないからお気楽でしょう。肝心の家出先が、仲間さんの身内の家だし。
私がツツジの家出の手引きをして、ツツジが逃げたとしても、ツツジが逃げ込んだ先がはっきりわかる。捕まえるのもたやすい。私の行動は、むしろ仲間さんの利になる。
仲間さんがそう侮って、もしものときにツツジを逃がしてくれるなら、私の利にもなる。
だから私は、下野さんという良い人のお世話をしていること、困ったときはここに来ればいいこと、ここの住所を伝え、馬車で来れるだけのお金を送ろうと思う。それがツツジが望んでいる『お返事』で、私にも仲間さんにも利がある『逃げ道』だ。
「……お前は随分妹を庇うが、あれなら一人でやっていけるだろう」
とか画策していたら仲間さんが話しかけて来た。
「どうしてあれを案じるんだ?」
どうしてと言われましても…。
「姉だから」
これ以外にはない。
ツツジにコンプレックス抱きまくりだったリンドウも、ツツジなんていつくたばってもいい私も、ツツジを守ろうとはする。
双子で、妹のほうが優秀だとしても、私は姉だから。
無条件で守るよ。
「仲間さんもそうでしょう? 下野さんを心配するのは、生活能力がないからとかじゃなくて、弟だからでしょう?」
クズでも家族ぐらいは大事にする。それだけの話だ。
孤児院の用意がやっと出来たみたいで、私と仲間さんは応接間に通された。
孤児院の内部も、まさに小学校みたいな感じで、応接間は校長室みたいな雰囲気だった。トロフィーとかがそこらに飾られていないことに違和感を覚える。
上座には、なんだか胡散臭い中年の男が座っていた。
男の私への視線で、ピンときた。
こいつ、孤児を食ってやがるな。
勧められるまま対面に座りつつ、隣の仲間さんにさりげなくアイコンタクトすると、頷かれ、お茶を出してくれている若い女性を視線で示した。
明らかに幼い私にもお茶を出してくれている女性は、その態度からすると、中年の男には食われていないが、中年の男のしていることには気づいているようだ。
ほうほう、なるほど。
このクズめ。
「本日はお忙しいところ、お時間を取っていただきまして、ありがとうございます。それで、何かお話があるとのことでしたが…」
仲間さんが外面で話し始める。女性は部屋の隅に立って、じっと私たちを見ている。
中年男は「いやあ、私には特に変わったこともないのですが、実はこの娘が…」と笑っている。詐欺師の風上にも置けない、下衆さを隠せていない笑いだ。あと、私をそういう目で見るな。御年六歳の幼女だぞ。金とるぞ。
指名された女性は、中年男を強く見つめながら、仲間さんに話し始める。
「孤児を、売るのは…、売られた孤児が、どうなるのか、お聞きしたくて…」
女は、院の経営のために可哀想な孤児を売るのはどうなのか、ていうかその金のほとんどが院長の懐に入ってるんだけど、院の生活もあまりよくないし、子供が可哀想だと思わないのか、ということを話した。
もごもごと言ってたけど、そんな内容だ。
でも、人身売買業者の仲間さんを責める色はなく、探り、試しているようだった。
『察して』ちゃんみたいで、不愉快だった。
建前を説明する仲間さんが、私に合図する。
私は合図を受け取り、くいっと仲間さんの服を引き、「どうした?」と私のほうを向いた仲間さんに、こてんと首をかしげる。
「親がいないわたしって、かわいそーなの?」
「っそ、それは…!」
女が慌てて「違うのよ!」と否定して来る。仲間さんは吹き出しそうになってる。このクズ。院長っぽい中年男が、口押さえて静かに爆笑してるのよりはマシだけど。せめて取り繕え。努力は認めるけど。
いつもなら植木鉢の下で大量にうごめているナメクジを見つけた時のような目をしてただろうけど、今は子供らしい、つぶらな瞳を装う。
「違うの? でも親はいないよ? ……あ、いないんじゃなくて、お父さんとお母さんに売られたから、かわいそーじゃないの?」
「そんなことないの! あなたは悪くないの。悪いのはお父さんとお母さんよ。あなたは可哀想で…」
「かわいそーなの?」
わかんなーい、と頬を膨らませる。その表情に、爆笑していた院長がスッと真顔になったのは、心底気持ち悪かった。ロリコンかよ。
「お父さんとお母さん、ごめんねって言ってたよ。妹がごはんたべれないから、ごめんねって。わたしはお姉ちゃんだから、妹を守るんだよ! 商人さんが買ってくれたから、妹はごはん食べれるんだよ!」
いい子でしょ!と笑う。女は顔を歪ませ、院長は真顔のまま、やや前かがみになる。うわあ、唾吐き捨ててやりたい。
仲間さんは空気を読んで、「ああ、そうだな」と頭を撫でてくれた。ちゃんと報酬ははずんでくだせえよ?
「うん! 今のごしゅじんさまも、すっごく優しいんだよ! お家より美味しい物くれるし、一緒に寝てくれるし、この前は、お洋服も買ってくれたの! ごしゅじんさまは、お掃除が出来ないから、わたしがやってあげるんだ! お掃除してあげたらね、ありがとうって、いっつも褒めてくれるの! わたし、ごしゅじんさま、大好き!」
大げさな身振り手振りをつけつつ、笑顔でアピール。
女は形容しがたい顔になった。院長は『ご主人様って呼ばせるプレイもいいかもしれない…』という目をしていた。変態め。さらに仲間さんに『この子、売る気ない? 一晩だけでもいいんだけど』とアイコンタクトしていた。変態が。
仲間さんは当然、お断りしていた。私はこんな変態の愛玩具にする以上の利用価値はあるし、迂闊なことしたら下野さんに嫌われる。その前に私が強烈に抵抗して面倒なことになる。
下野さんのスキンシップを許してるのは、相手が下心のかけらもない下野さんだからだ。代価もなしにこんな変態に触らせるかっての。
その後も、この前一緒にご飯を作ったとか、甘いものを買ってくれたとか、嘘にならない程度に『売られて幸せです』と語っていたら、女が「ちょっと…失礼します」と出て行った。
すかさず、仲間さんが「これで、お話はよろしいでしょうか?」と聞いて、院長も笑顔で頷いたので、二人で孤児院から出た。最後まで、院長の視線は気持ち悪かった。
要するに、あそこの孤児院は院長が孤児たちに性的な悪戯をしている。で、院長が飽きた子や年齢が範囲外になった子を、仲間さんに卸している。
あの若い女は孤児の世話用の職員だろうが、院長の現状を憂い、孤児を売ることはしたくないが、それがあの院長から逃げるためだからと自己正当化していた。
それが何故か、『売りたくもないし院長の犠牲にもしたくないから、人買いに助けてもらおう』という考えに行きついた。
院長は自分の性的欲求を満たすために院を運営してるみたいだし、孤児を多少売らなくなってもあまり問題はないだろう。だから女が「孤児を売るのをやめてください」と言い出しても、「じゃあ君があちらと話をつけなさい」と放置した。
女は人買い、仲間さんに会い、孤児院の実態をそれとなく訴え、信用できる人だと判断したら頼み込んで、孤児たちをまとめて買い上げて保護するとか、院長を摘発するとか、なんらかをしてもらい助けてもらおうと考えていたようだ。
仲間さん、完全にとばっちりである。
子供を仕入れるために、孤児院からの配給はなくしたくない。だから女が望むように孤児を救う気持ちはないが、女に売ることを納得させないと孤児配給がなくなる。
これを解決するために、仲間さんは売られた私を連れてきて、『そっちの事情なんか知るか。売られた子は幸せに暮らしてるんだから今まで通り黙って売れ』と伝えたわけだ。
うん。
馬鹿じゃねーの。
ていうかそもそも、人買いが、こんな人間のクズが、正義のヒーローなわけないだろ。
「本当に、孤児院の子は可哀想ですね。同情ぐらいはしてあげます」
「ああ、可哀想だ。出来る限り安く買って高く売る努力しかしないが」
まったく、こんな人間のクズどもに、あの女は何を期待していたんだか。




