第四十二話 「再会」
イザークは考える。
この展開は誰の脚本なのかと。
先の読みにくくなった現状で、イザークは思考する。どうすれば自分の望む未来に着地することが出来るのかを。
「なァ、カナリア。例の件、先延ばしで良かったのかよ」
「ああ。どうにもタイミングが悪いのでな。機ではなかったということだろう」
イザークは幾度となく繰り返した問いを、隣の少女にと問いかける。
そして、それに対するカナリアの返答も全く同じ。
イザークの語る例の件とは、カナリアが密かに計画していた反乱計画のことである。グレン帝国の仕組みを変えるため、奮起するカナリア。そして、三国会議が近づいたことでそのチャンスが目に見えていたのだが……突然のこの任務に、機を逸していた。
もちろん、この任務を無視することも出来たが、それでもカナリアは「あと一手、足りない気がするのだと」その計画を先延ばしにして、今回の任務を受けることにしたのだ。
結局、カナリアの反乱計画は先延ばしになった。そして、そのことでイザークが密かに計画していたことも、水泡に帰してしまった。
あと少し……あと少しで上手くいきそうだったのだ。本当なら手にしたはずの勝利がするりと手の内を零れ出て行く感覚。イザークはそれをはっきりと感じて、現状に唾を吐く。
──嗚呼、クソッタレ。計画が滅茶苦茶じゃねェかよ、と。
イザークは現状が、薄氷の上にある平穏だと感じていた。
まるで地雷原を歩いているかのような気分を味わいながらイザークは通商都市に向けて旅を続ける。
(結局、オレが何とかするしかねェ)
かつて抱いた望みを胸に、イザークは覚悟を固める。
──絶対に、オレが守って見せると。
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通商都市・ツヴィーヴェルン。
その始まりはとある小さな村から始まった。帝国の長く続く苦しい税策に悩んだ領主は商業の自由化を図り、人々の生活を安定させた。
グレン帝国の中でも特に恵まれた環境水準を誇る都市。それがツヴィーヴェルンだ。
しかし、そのツヴィーヴェルンについ先日悲劇が訪れた。魔物の襲来。めったに村を襲うことなどない魔物たちが、群れとなってツヴィーヴェルンを襲ったのだ。
幸いそこまで大きな被害は出なかったが、それでも被害は被害だ。都市の復興と再びの魔物の襲来に対する備え、そして、原因究明が今回俺達に与えられた任務になる。
「何か、思ったより栄えた街だな」
ツヴィーヴェルンに到着した俺達。
そして、真っ先に感じたのがそれだった。
かつて色々な土地を旅した経験があったが、ここまで盛んな街は見たことがない。
「楽座制を敷いているからだろうな。誰でも自由な商売が出来ることで、流通自体が活発化しているのだろう」
俺の疑問に適切な回答を述べたカナリアが、「それよりも」と前置きして、
「我々は任務で訪れているのだからな。あまり問題になりそうなことは避けるのだぞ」
「了解」
各々が頷き、街中を歩いていく。
八人もの大所帯であるため、まずは居住拠点を決めなければまともに動くことすら出来ない。ということで、俺達は借家を探してそこを拠点とした。
二階建ての建物の一階部分。そこをカナリア、イザーク、ユーリ、ヴィタの四人が。そして二階部分を俺、エマ、クレハ、アネモネが使うこととなった。
まずまず妥当な判断だろう。
「本格的に行動を開始するのは明日からとする。各員今日は自由行動だ」
自然と音頭をとるカナリアの言葉に頷き、俺達はそれぞれ行動を開始する。
俺が二階で荷物を下ろしていると、隣にやってきたエマが話しかけてくる。
「クリスはどうするつもりなの?」
「俺は外を歩いてくる。ツヴィーヴェルン家の屋敷も、場所くらいは確認しておきたいしな」
ここに来るまでずっと気になっていたこと。
それはエリーがどうしているのかということだった。
商人であり、常に情報を仕入れていたエリーが生家の珍事に気付かないはずがない。だとするなら、実家を助けるためにエリーが帰郷している可能性は高いだろう。
まだあれから一ヶ月と経っていないが、もしかしたら再会することが出来るかもしれない。結構感動的に別れただけに、すぐに顔を合わせるのに妙な抵抗感があるが……それでも、会えることなら会っておきたかった。
「やっぱりエリー繋がりだよね? エマも一緒について行きたいけど、いいかな?」
「ああ、もちろんだ」
エマだってエリーと会いたいだろう。
そう思って俺は頷き、同じ組というか同じ部屋割りにされた旅仲間に、「お前たちはどうするのか」と聞いてみると……
「私はやめておきます。アネモネさんの看病もしておきたいので」
同居人の一人、クレハが隣ですでに眠り始めているもう一人の同居人を見ながらそう答える。
アネモネは旅の疲れからか、すでにベッドで死体のように眠りについている。全く、これだから引きこもりは。
「しゃあない。なら俺とエマの二人で行ってくるよ」
「はい。分かりました」
留守をクレハに頼み、俺達は借家を後にする。
エマと歩く通商都市の街並みは帝都のそれとほとんど変わらないように見える。文化の水準を知りたければ建物の高さを見ろとは、誰に言われたのだったか。とにかく、その言葉に照らし合わせて考えるに、この都市の文化水準は非常に高い。
「綺麗な街だね。ゴミも落ちてないし、嫌な匂いもしない」
「下水道の完備が行き届いているんだろう。住むならこういう都市がいいよな」
しばらく、整った景観を堪能しながら街を歩く俺達。
街は綺麗だ。綺麗なのだが……何だろう、妙な違和感がある。
(……なんだ? 何かが……足りない?)
自分の中で答えにならない問いを持て余しながら歩く。
確かに何かが足りないのだ、だが、何が足りないのかが分からない。
そうして歩いていると、俺達二人に目をつけたのか三人組の男が俺達の行く道を塞ぐようにして現れた。
「……何かようか」
どうにも嫌な雰囲気を感じて、俺はいつもより尖った口調で話しかけながらエマを後ろに下がらせる。
どこにでもいるチンピラか何かだろう。
「お前、女か?」
男の一人が真っ先に聞いてきたのがそれだった。
(最近減ってたから油断してたぜ……またこういう手合いかよ)
俺に絡んでくる奴の中には、そういう好色な奴も少なくない。
「俺は男だ」
「本当だろうな」
「当たりまえだっつの。こっちも女扱いされて迷惑してんだ」
少し強めな口調でそう言うと、男たちは意外にも素直に謝ってきた。
失礼な問いをすまなかったと。頭まで下げてきたこいつらの態度に少し妙なものを感じながらも、俺は気にしていないと告げて、
「一つ聞きたいんだが、ツヴィーヴェルンの家はどこにあるか知ってるか?」
俺の問いに、男たちは気前よく答えてくれる。
勘違いしたお詫びだ、と言って細かな道筋まで教えてくれた彼らに礼を言い、俺達は再び足を進める。
ハプニングはあったが大事にはならなかった上、情報までゲットできた。
これでエリーにも会えたら最高なんだけどな。
「っと、あれか……でかいな」
「うわっ、グレンフォードくらいでかいんじゃない?」
流石にグレンフォードほどでかくはないが……それでも豪邸というのも過小表現なほど大規模な建物が目の前に聳え立っている。
窓を数えてみると、四階まであった。個人でこれだけの資産を持っているのはこの世界でも数少ないだろう。
あまりの荘厳さに慄いているエマの隣で、さてどうしたのものかと悩んでいると……
「あれ? エマちゃんと……クリスさん?」
そんな、聞きなれた声がした。
後ろに振り返ると買い物袋を担いだ少女が立っている。その姿を見て、俺は妙な嬉しさを感じ思わず頬を緩ませながら……
「久しぶりだな、エリー」
かつて共に旅した少女へと、声をかけたのだ。




