第四十話 「折り合い」
次の日の朝早くに、俺達は集合していた。
メンバーは俺、カナリア、ユーリ、ヴィタ、イザーク、エマ、クレハ、そして何故かいるアネモネ。
「いつものことながら何でお前がいるんだよ」
「……気にしない」
気にするっつーの。
昨日、ヴォイドと話しているときに偶然俺の借家を訪れたアネモネ。それからあれやこれやと話が続いていき、こうして共に任務に同行することになった。
明らかに人数が多い。八人中三人が部外者ってどうなんだよ。
「では、軽く自己紹介をしてから出発しようか」
特に気負うことなく号令をかけるカナリア。彼女はいい。全員とすでに既知の間柄だからだ。しかし、それ以外が酷い。
イザーク、ヴィタ、ユーリの小隊組と、エマ、クレハ、アネモネの部外者組が完全に断裂してしまっている。これは俺とカナリアの全員知ってる組が間を取り持つ必要があるな。……はあ、面倒だ。
──と、思っていた時期が俺にもありました。
事態はそんな暢気なことを言っていられるほど、甘いものではなかった。
「何でここにいるッ!? イザーク!」
顔を合わせるや否や、イザークに向けてエマが絶叫したのだ。
全員、突然の怒号に驚いているが、当のイザークには事態が理解出来ていたようで、舌打ちしながら顔を背けていた。その態度がまた、エマの怒りに火を注いだようで、
「この裏切り者! 人でなし! ろくでなしッ!」
そんな罵倒を浴びせながら、飛び掛ろうとするエマを何とか抑える。
「落ち着け、エマ」
「これが落ち着いてられるか! なんであんな奴がここにいるの!」
かつてないほどの怒りを見せるエマの様子は尋常ではなかった。そのせいで、一度エマとイザークを引き剥がして事情を聞かなければならなかったほどだ。
そうして聞いてみたところによると、イザークはエマを騙して奴隷商人に売りつけた張本人だということだった。それには俺も絶句するよりない。確かにエマとイザークは共にあの山賊事件の生き残りだし、旧知にあってもおかしくないと思っていたが……そこまで深い確執があるとは思っていなかった。
どうすればいいのか分からなかった俺は助けを求めてカナリアに視線を送ると、カナリアもお手上げだみたいな顔をして首を横に振る。参ったね、どうも。
俺だってイザークに掴み寄った過去があるから、特に強く諌めることも出来ない。どうしたものかと思っていると、意外にも助け舟を出したのはアネモネだった。
「……狂犬に噛まれたことなんて、忘れちゃえばいい」
なんて、ある種無責任とも言える言葉で。
「でも……」
「……それでも忘れられないときは、見方を変えればいい。イザークに裏切られたことで、良かったと思えることもあるんじゃないの?」
付き合いこそは短いが、エマとアネモネは共に気が合うのかすぐに仲良くなった。そして、エマの前ではこうしてアネモネがお姉さんのように振舞うことも少なくない。
アネモネの言葉を飲み込み、じっくりと考えたエマはやがて口を開く。
「良かったこと……イザークのせいで……おかげで、クリスに会えた……」
俺と会えたことを、良かったことだとはっきり口にしたエマに、俺はなんとも言えないむず痒い気持ちにされながらも、少しだけ機嫌が直ったエマに肩の荷が下りた気分だった。
「まあ、人間万事塞翁が馬ってな。だからってイザークが許せる訳じゃないけど、とにかく今は呉越同舟。手を取り合うしかない」
俺はエマが知らないだろう単語を織り交ぜて、お茶を濁すことにした。
こうして少しだけ落ち着いたエマと共に、ようやく出発する準備が整った。
やれやれ。出だしからこんなので大丈夫かね。
ツヴィーヴェルンまでは長距離移動用の馬車で行くことになっている。三頭の馬に引かせる馬車は今まで見た中で一番の大きさを持っており、その分制御が大変だということで交代しながら御者の役をすることになる。
そこでカナリアが提案したのが、イザークの当番を二倍に増やすというもの。目に見える罰を彼に与えることで、エマの機嫌を少しでも回復させようとしたのだろう。
黙って従うイザークには、それからも事あるごとに雑用が押し付けられていたが、その全てをイザークは黙ってこなしていた。そして、その殊勝な様子を驚愕の表情で見ているのは、エマだった。
「山賊時代は雑用なんて、何度頼んでもやらなかったのに……」
と、昔を思い出して顔をしかめていた。どうやら昔から折り合いは悪かったみたいだ。そんな雰囲気を感じる。
対して、イザークはエマと会話をしようともしない態度で、ずっと距離をとり続けていた。彼が何を思っているのかは分からないが、態度だけ見れば申し訳なく思っているように見えなくもない。
改心でもしたというのだろうか。
昔のイザークを知っている俺とエマはその様子を気味悪いものでも見たかのような目で見ていた。
「イザークはあれで中々、シャイなところがあるっす。長い目で見てやってください」
そう言ってエマにフォローを入れているのは、意外にも気の利くユーリだ。詳しい事情は知らないだろうに、エマとイザークの間を取り持つような役を自ら買って出た彼の苦労性には涙を誘われるね。
破天荒な上司と生意気な部下に挟まれる彼は典型的な中間管理職。いつか禿げるんじゃねえかな、こいつ。
そして、そのユーリだが、何故か細長い棒を布で包んだものを背中に背負う状態で旅を続けていた。何だか重そうなそれが何なのか聞いてみても、「本当はもっとでかい奴が良かったんすけど、さすがに持ち歩けないので」と、口を濁してそれが何なのか教えてくれない。
まあ、恐らく武器だろう。軍人ならば自分のスキルは出来るだけ隠すのがセオリーだ。そのため、俺もわざわざ聞きだすようなことはしない。俺だってどの魔術が使えるか、根掘り葉掘り聞かれるのは気持ち悪いからな。
こうして、ユーリとエマが話していると、別のところではヴィタとクレハが会話をしていた。
「だから、やっぱり私はたまには主張してみないとカナリア様にとってもよくないと思うのよ」
「しかし、従者の分際で意見するのもいかがなものかと。主の主体性を損なうだけでなく、方向性を見失わせることにもなりかねません」
一体何の話をしているのやら。
従者とは何や、についてだと思うのだが積極的に聞きたいものではないな。ところどころに、「食べ物」「髪の毛」とか言うワードが連なって聞こえてきたし。聞こえないフリをしておこう。
そうして距離をとっていると、残りのボッチ組が集まっているのが見えた。
すなわち、カナリア、アネモネ、イザークだ。珍しいといえば珍しい組み合わせに意外な気持ちを覚えながらも、俺はイザークにエマのことで一言言ってやろうと近寄る。
そして、近寄って気付いた。その空間が、妙な空気に包まれているということに。
「…………」
誰も口を開かないが、視線だけはそらしていない。
妙にぴりぴりした雰囲気を感じながら近寄ると、カナリアがこちらに気付いて手をくいくいと振ってきた。こっちに来いと、そういうことだろう。
嫌だなーと思いながらも、無視するわけにいかずその集団に加わる。
すると、すぐにカナリアが口火を切った。
「先も言ったが、我々はこうして行動を共にすることになった。お互い思うところはあるだろうが、しばらくは休戦しないか?」
休戦。その言葉の意味を理解するのに、俺はしばしの時間が必要だった。
「カナリアがそう言うなら、オレとしては依存ねェ」
「……私も、構わない」
「助かる。クリスはどうだ。聞くまでもないことだが、一応な。今後の不信感を煽らないためにも一度宣言しておいてはくれまいか」
急に話を振られても、最初からついていけていない俺としては答えようがないのだが。
とにもかくにも事情を聞かねば話にならない。
「なあ、これ何の話をしてるんだよ。まずはそっから話してくれねえと、分からないって」
何気ない様子でそう言った俺に、三人は怪訝そうな面持ちを向けてきた。「お前こそ、何を言っているのだと」言わんばかりの態度に俺は落ち着かない気分にさせられる。
何か、あれだ。皆知ってる芸能人を自分だけ知らなかったときの居心地の悪さがある。
「クリス、気付いてないのか?」
「気付いてないって……何がだよ」
ああ、もう気持ち悪いから俺が何に気付いてないのか言ってくれ!
そんな気持ちでいると、カナリアはその爆弾を口にした。
「……ここにいる全員、転生者だぞ?」
「…………………………はい?」




