「そして英雄は戦い続ける」
帝都攻防戦。
たった一夜の出来事を、五年の月日が過ぎ去った今なお、俺は鮮明に覚えていた。あの日の俺はほとんど役立たずだったと、自ら苦笑する。
だけど言い訳だってさせて欲しい。
確かに目立つことはなかったけど、それは役割上仕方のないことなんだ。
俺は俺で、エマをグレンフォードに送り出すために門番を出来るだけ翻弄しなくてはいけなかった。正直、彼我の差が大きかった戦場ランキングでは、第二位の奮闘をしていた自信がある。
え? 一位は誰かって?
それは文句なしでユーリだろう。アイツを見つけたときはボロ雑巾みたいになってたからな。父さんが助けに入ったおかげで一命を取り留めたものの、ボロ雑巾ランキングでも一位という華々しい活躍っぷり。死ななかっただけ、御の字というものだろう。
ま、結局俺は俺で、活躍していたってこと。
……いや、分かってる。
いくらなんでももう少し活躍しろよってその気持ちは分かる。
けど仕方ないんだって! 地味とか言わないで!
「……なあクリス、さっきから何を悶えているんだ。気持ち悪いからやめろ」
俺がくねくねと身を捩って誰にともなく弁解していると、そんな無情な言葉を投げかけられた。目の前で書類仕事に追われる彼女の護衛が、今の俺の仕事。近衛としての仕事は暇すぎて、つい同僚から言われた心無い言葉を振り返っていたのだ。
「いや、この前飲みに言ったときにさ、ユーリから『あの時のクリスは役立たずだったっすねえ』って言われて……あの野郎、美味しい所持っていきやがって! 俺が残れば良かった!」
「何を下らないことを……」
「下らないってことはねえよ! だって主人公の癖に、あまりにも地味だったじゃん!」
「なぜ自分が主人公であること前提なのか……もういいじゃないか。全員が主人公で。人は皆、自分が主人公だと思ってるってことにしておこう。それなら物語上、問題はないだろう」
「俺の尊厳上問題があるんだよ!」
だって余りにも……うう……出番ください……。
「相変わらずしょうがない男だな、君は。別れるぞ」
「え!? ご、ごめんって! 嘘、嘘。もうごねたりしないから許してくれ!」
苦節五年。少しずつ少しずつ外堀を埋め、既成事実を作り、ようやく交際へと辿り着いたのだ。まだ一週間程度しか付き合っていないのに、いきなり別れ話なんて冗談ではない。
俺が慌てて謝ると、俺の恋人……カナリア・トロイは冗談だと言って笑った。その笑顔を可愛らしいと思いながら、俺は心臓に悪いからやめてくれよと胸をなでおろす。
「しかし、あの日の全員が生き残れたのは奇跡だよな」
俺と、ユーリと、ヴィタと、エマと、そしてカナリア。全員があれだけの戦いを生き延びたのだから、奇跡としか言いようがない。
「……全員、か」
しかしカナリアは思うところがあったのか、口ごもる。
俺がどうかしたのかと聞いてみると、
「我はな、時たま思うのだよ……イザークは、最初から死ぬつもりだったんじゃないのかと」
カナリアの言葉に、俺は裏切り者の顔を思い浮かべる。
最初から最後まで気に入らない奴だった。ぺっぺっ、塩まけ塩。
俺が拗ねていると、カナリアは「まあ、聞け」と前置きして、
「イザークは元帥の地位を狙っていると言っていたが、一人を好むあいつが人の上に立つだなんて面倒なことをするとは思えないのだよ。転生者と戦うにしても、他人の力なんて借りず、むしろ一人で戦うタイプに思えるのだ」
「はあ? それじゃあイザークは何で俺達を裏切ったってんだよ。俺はあの時、イザークにメテオラを奪われたこと、忘れてないぞ」
「それはそうなのだがな……見方を変えれば、我らを助けようとしていたようにも思うのだ」
「はあ?」
それこそあり得ない。
あのひねくれ者がそんな殊勝なことをするわけがないだろうに。
「助けるって……めちゃくちゃ攻撃してきたじゃねえか」
「だが、誰も死んでいない」
カナリアの言葉に、思わず押し黙る。
確かに誰も死んでいないが……それは結果論だろう。
「まあ、万歩譲ってイザークが俺達のことを思って動いてたとする。だとすれば余計分からないだろう。あいつが何をしようとしていたのか」
カナリアはイザークの真の目的が元帥席の奪取ではないと言った。だとすれば、真の目的とは何なのか、カナリアの答えを聞いてみたかった。
「イザークは何かを知っていたのでは、と思うのだ。クリスも気付いていると思うが、あの戦場では多くの人間が自分の脚本を用意していた」
「まあ、そこは同感だ」
俺、ヴィタ、ユーリ、エマが一つの脚本を、そしてイザークとアドルフがそれぞれ一つずつ脚本を用意していた。
「そしてもう一つ……裏で誰かが、脚本を用意していた気がするのだよ」
「誰かって、誰だよ」
「分からない。だが、イザークはそれに気付いていたような気がするのだ。今にして思えば、イザークは時折焦るような態度を見せていた」
だから何だって話ではあるがな、とカナリアは最後にそう締めくくる。
情報が足りなさ過ぎて、それ以上の推測が出来ないのだろう。
カナリアの言葉を受けて、俺も少し考えてみることにする。
あの時、あそこにいた転生者は俺、カナリア、アネモネ、イザークだ。そして、その内の全員が死ぬか、あるいは力を失っている。と、するならば……
「……他の転生者がいた……のか?」
「む? どういうことだ?」
「いや、余りにも転生者が減りすぎだと思ってな。俺とカナリアはイザークにメテオラを奪われて転生者の資格を失った。あれ以来、女神と会えていないんだろう?」
「ああ。週に一度は必ず会っていたのに、あれ以来音沙汰なしだ」
「と、するならばだ。裏で糸を引いていた転生者がいて、代理戦争に勝つために俺達を内部分裂させた……って案はどうだ?」
少し強引過ぎる気もするが、ありそうなのはそんなところだろう。
イザークの行動には謎の部分が多かったしな。訓練にもろくに出ず、ずっと一人で行動していたから、イザークが何をしていたのかは分からないが。
「……だとしたら……いや、案外……」
俺の言葉から自分の考えをまとめているのか、うんうんと唸るカナリア。
「まあ、考えても仕方ないだろう。今更真実なんて分かるはずもないんだしさ」
俺はいつまでも考え込みそうな勢いのカナリアに、業務に戻るように促す。
「新しく法改正したばっかりだろう? やるべきことは多いぜ……カナリア元帥」
「む、その名前で呼ばないでくれ。語呂が悪くて好きではないのだ」
「ふむ。じゃあ、その辺の呼称も思い切って変更するか」
「それがいいかも知れないな。ってまた、我の仕事を増やす気か。君は黙って我の警護をしていればよいのだ」
いつものように、俺の提案をそう言って怒るカナリア。意見があればどんどん言ってくれと言ってきたのは彼女だというのに……理不尽だ。
理不尽をなくすために俺達は毎日せっせと政務をこなしていたはずなのだが? と、俺は頭をひねりながらもカナリアには逆らえない。
今の彼女は元帥職……この国のトップに位置しているのだから。
どうしてこうなったと思わないでもない。
グレン元帥が死んだことで、軍部で燻っていた不満が爆発した結果、こうなったのだ。
そして、タイミングが良かった。グレン元帥の死亡は、暴走した彼を止めるための勇気ある決断として民衆の目に映った。そして、それを成したカナリアは自らの父をその手で討った英雄として祭り上げられている。
色々な幸運が重なった結果のこととは言え、あまりにも出来すぎだと思わないでもない。
まるで誰かが、こうなるように前から仕組んでいたかのような気さえする。
それほどに、運が良かった。
そして、その結果こうしてカナリアは日夜執務に忙殺される日々が続いているのだ。
「身分制の廃止、貴族の汚職問題、食料自給率の向上、各種村落の連携と輸出入の締結、そしてそのための道路整備、ならびに護衛の確保。さらに、前任のやらかした宣戦布告取り消しと、その謝罪周り……やること多すぎて嫌になるね、全く」
「だが、それが我らの選んだ道だ。嫌だからといって足を止めるわけにはいかない……それに……」
そこで一度言葉を区切ったカナリアは、
「これが彼の……最後の頼みでもあるからな」
ふっと、愛おしそうな表情を浮かべて、そう呟くのだ。
「彼? え? 彼って誰?」
「ふふ、クリスには秘密だ。君は案外やきもち屋だからな。膨れられては困る」
「現在進行形で膨れてるんですけど!? 彼って誰だよ! 元彼とかじゃないよな!?」
なあ、なあとカナリアを問い詰めるも頑として語らないカナリア。
「ほら、仕事は多いのだろう? さっさと、職務に就け」
「カナリアに絡むのが俺の仕事!」
「近衛の仕事を曲解するな馬鹿者。せめて、我の邪魔をするな」
我は忙しいのだと、執務に戻るカナリア。
彼女が忙しいのは理解しているので、俺はそれ以来話しかけることも出来ずにただ立ち尽くすのだ。
強引な改革のせいで、元貴族連中から刺客が送られないとも限らない。だからこそこうして警護を続けているのだが……暇だ。
「軍部で仕事してるヴィタとユーリが羨ましいぜ……」
ユーリは新生帝国軍の総隊長として部下を率いている。同じようにヴィタも、第二大隊の隊長として活動している。
そして、二人の語る軍生活が何気に楽しそうで思わず愚痴を零してしまったのだが……
「……うるさいぞ」
カナリアに聞こえたらしく、そんなお叱りを受けてしまった。
とほほ……。
「……お前には、近くにいて欲しかったのだ(ボソッ)」
「え……?」
微かに聞こえた声に、俺は思わず聞き返す。俺の聞き間違えじゃないよな? 今確かに……
「う、うるさいっ。我は仕事で忙しいのだ!」
自分で言ったくせに、そう言って顔を赤らめ、無理やりペンを走らせるカナリア。
──何この子。超かわいいんですけど! 天使? いや、俺の彼女!
にやにやと笑みが浮かんでくる。ああ、これが幸せというやつか。たまらないね。最近ユーリとヴィタが向けてくる「爆ぜろ」的な視線も気にならなくなるほどだ。
にやにや、にやにやと俺が笑みを浮かべているとカナリアも執務どころではなくなったのかペンを置いて立ち上がった。
「少し早いが帰るぞ」
「ん、了解」
「だ、だがエマに早く帰ると伝えていなかったしな。あまり早く帰るとエマが困るかもしれない」
「え? そんなことはないんじゃないか?」
むしろ喜びそうだけどな。最近忙しくて構ってやれていないから特に。この前なんて、「これからもずぅぅっと一緒にいようね」って言われたし、困るってことはないだろう。
そう思っての言葉だったが、カナリアは含むところがあったようで、「気付け馬鹿」みたいな視線と共に言葉を続ける。
「だ、だからだな。少しそこら辺を歩いてだな。少し……その、なんだ……デート(ボソッ)が、したいというか……」
何この子、俺を悶死させるつもりなの?
照れた顔でちらちらとこちらを伺うカナリア。その様子がまた可愛らしくて、何だか形容しがたい衝動に突き動かされた俺はカナリアの手を取って応える。
「デート、行こうか」
「……う、うむ」
俺が手を引き、カナリアが続く。
たまには俺が先頭を歩くのもいいだろう。いつもはカナリアに頼ってばかりの俺だから、こういうときくらいはリードしてやらないとな。
俺は最愛の人と手をつないで歩きながら、この幸せな日々を噛み締める。
あの日、カナリアを助けることが出来てよかったと、心底思う。
あの日の黄金は取り戻せないけど、それでも俺達は前を向ける。前を向いて歩いていける。カナリアと一緒なら、歩いていけると思うのだ。
「クリス」
カナリアも俺と同じ気持ちなのだろう。
そう前置きをして、
「ありがとう。それと……これからも、我のことを支えてくれるか?」
カナリアの問いに対する俺の答えは、五年も前に決まっていた。
「ああ、もちろんだ。どこまでもついていくぜ、隊長さん」
例えそれが茨の道だろうと、カナリアのためなら突き進める。
かつて、俺達がそうしたようにな。
カナリアという光の下に集った俺達は、今も彼女を支え続けている。きっとこれからも、それこそ死ぬまで彼女のことを支え続けるのだろう。巷では悪逆非道のグレン元帥に、たった一人で天誅を下した英雄として扱われているカナリアを。
メテオラという力を失い、ただの人間になった俺達に何が出来るのかは分からない。だが、俺達に悲観はない。運命なんて、メテオラがなくても変えられるからだ。
そのことを、人間の強さを、俺はあの日に知ったのだ。
それに俺達には仲間がいる。だから大丈夫。
俺達は運命になんて負けない。
硬く握られた手から送られる確かな熱を感じて、そう思った。
隣を歩く最愛の人と顔を見合わせ、俺達はこの戦いの幕を締めくくる。
「「共に行こう。どこまでも」」
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世界を変えたいと願った少女の祈りは、こうして現実のものとなった。
少しではあるが確かに、この世界から理不尽は減ったのだ。
戦い続けた英雄は、これからも戦い続ける。
自らの望む黄金の未来に、手が届くように。
それが一人の仲間と最後にかわした約束だから。
英雄は、口約束であろうと破らない。
ふと見上げた漆黒の夜空。
一筋の黄金が流れ、消えた。
-End of Military-




