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神格の転生者~そして英雄は愛を歌う~  作者: 秋野 錦
新章 そして英雄は戦い続ける

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「それぞれの決着」

 カナリアとイザークの決着がついた頃、ユーリとレオナルドの決着もつこうとしていた。

 ボロボロの状態で地面へと倒れるユーリに、レオナルドが賛辞を送る。


「ここまで馬鹿を貫ければ見事としか言いようがないな。俺とタイマンでここまで食らい付いてきたのはお前が初めてだ。誇れ」


 そう言って自分の足をつかんで離そうとしないユーリに、最後の一撃を放つ。その寸前。


「……っ」


 レオナルドは言い知れぬ悪寒を感じて、背後を振り返る。

 そこには……



---



 カナリアとイザークの決着がついた頃、クリスとヴィタはようやく合流に成功していた。


「作戦は成功だ。後はユーリを回収して逃げるぞ」

「ええ。早いところ助けに行かないと、あの馬鹿、死んじゃうわ」


 お互い頷いて、撤退を始める二人。



---



 そして、カナリアとイザークの決着がついた頃、とある少年と少女にも、決着が訪れていた。

 バタバタと自らの腹部から流れ出る血に……イザークは驚愕する。


「か、はっ……」


 このままでは間違いなく致死だったが、最後の力を出し切ったイザークにはどうすることも出来ず、ただ立ちすくんでいた。

 腹部から突き出る形で顔を覗かせる短刀には見覚えがあった。


「……久しぶりだね、イザーク」

「よぉ、元気してたかよ──エマ」


 イザークが力を振り絞り、視線を何とか後ろに向ける。するとそこには予想通り、茶色の髪を返り血で濡らすエマの姿があった。


「元気は元気だよ。イザークがエマのことを奴隷商人に売りつけてくれたおかげで、いい人に巡り合えたしね」


 よくも裏切ってくれたと、エマは皮肉を込めた声音でイザークをなじる。

 イザークはイザークで現状に混乱して、それどころではなかった。


 疑問点は三つ。

 なぜ奴隷をしているはずのエマが、こうして自由に動けているのか。

 そしてその疑問は彼女の台詞から想像が出来た。

 奴隷を助けそうな奴、そして彼女がここにいるという事実から逆算して、この状況を作り出した人物を一人、思い浮かべていた。


「あの野郎……」


 よくもやってくれたなと、イザークは白髪の少年に怨嗟の声を送る。

 そして、疑問点の二つ目。どうやって此処まで来たのか、だ。

 エマがいつの間にか軍人になっていたのでなければ、ここに入ることなど出来ないはずだった。加えて現在は厳重注意の警護がなされているはず。イザークにはどう考えても、それがこの少女に出来るとは思えなかった。


「クリスがね。ここまで送ってくれたの」


 エマの語ったその名前に、またアイツかよとイザークは呆れる。

 やっぱり殺しておくべきだったかと、微かに後悔するイザークに、エマはクリスの計画を口にする。


「ユーリ、ヴィタ、クリス。全員が囮として、派手に騒ぎを起こす。その騒ぎに乗じてエマがグレンフォードに忍び込み、カナリアを助け出すのがクリスの計画だよ」


 正確に言うのなら、これはエマの策であった。

 宿で軍の人間から隠れていたときのこと。


『カナリアをグレンフォードから助け出す』


 そう宣言したクリスを、エマは黙ったまま見つめていた。

 しかし、指名手配されて自由が利かない彼らだけでは到底不可能だった。だからこそ、エマは提案したのだ。


『エマがグレンフォードに忍び込んで、カナリアを助けるよ』


 その案に猛反対したのはクリスだ。

 今回の件に関係ないエマを、危険に晒すことを是としなかったのだ。そして、エマもまたクリス同様に引かなかった。自分も力を貸すと言って、聞かなかったのだ。


 エマはクリスのことが好きだった。

 だけど、同時にクリスがカナリアのことが好きだと、気付いていた。

 いつも一緒に暮らしているのだ、彼の変化に気付かないはずもない。自分では失意に落ち込むクリスを助けてあげることが出来なかったと、エマは密かに悔やんでいた。


 だからこそ、クリスを立ち直らせたカナリアに感謝していたし、出来ることなら力を貸してやりたかった。そして、その想いが今この現状を作り出していた。


「な、なるほどなァ……結局、クリスを二度も見逃したオレのミス、ってことかよ……だが、分からねェな。結局どうやってここまで来た? 門には軍人が張り付いていたはずだぞ」


 イザークの疑問はもっともだ。

 人どころか犬一匹通さない警戒態勢だったはず。

 そして、三つ目の疑問。どうして自分は、エマがここまで近づくのに気付きすらしなかったのか。


 その二つの疑問の答えを、イザークは知らなかった。

 そしてそれは、もっとよく知ろうとしていれば知りえた情報だった。

 イザークがもっと……山賊時代に、エマが一体、亜人種としてどんな術が使えるのか知ろうとしていれば、知ることが出来た情報だった。


 陽炎の魔術。光の屈折角度を変えて物体の姿を消すその魔術は、やろうと思えばエマ自身をすっぽり隠すことも出来る。そして、エマが持つこの亜人種の力こそが、クリス達の作戦の肝であった。

 そしてそれを、今更エマがイザークに教えてやる義理はない。


「……その答えはせいぜい、地獄で考えなよ」


 短刀を引き抜くことで、さらに噴出する血液。

 かつて見たような光景を前に、エマは震える自分の手を自覚する。

 ついに、人を殺してしまったと。しかし後悔はしていない。クリスを手伝うと決めたときに、殺す覚悟は決めていた。


 ……いや、もしかしたらここにいたのがイザークでさえなければ事情は違っていたかもしれない。全く恨みのない相手であれば、エマは殺すまで行かなかったかもしれない。

 しかし、それらは意味のない「もしも」だ。事実ここにいたのはイザークだったのだから。


 そして、この現状を引き起こしたのもまた、イザークだった。

 嘗ての己の所業を省みて、これも仕方がないのかもしれないとイザークは笑う。ああ、なんという皮肉なのかと。


(……もっと早く、カナリアに出会っていれば……また、違ったのかもしれねェな)


 なんて、らしくないことを考える。

 結局過去を引きずり続けたイザークは、過去に殺された。つまりはそういうことだった。

 見るものが見れば、彼を負け犬と嘲るだろう。カナリアを撃破し、ようやく最大の障害を乗り越えたところに降って沸いた災難。


 いつもこうだ。

 彼は何かを成そうとすると、いつも邪魔が入る。

 前世から続く運命に、自分はそういう星の元に生まれてしまったのだと、死の間際に全てを諦める。

 だが……それでも……


「……オレの……勝ちだ……」


 イザークは最後にそう呟く。

 カナリアの破れた服から覗く左肩。

 その部分を視認したイザークは満足だった。


 これで、全ての布石を打ち終えた、と。

 負け続けた人生の、最後の最後で自分は勝ったのだと。

 イザークは最後にそう呟いて……絶命した。




 こうして短い夜が終わりを迎える。

 ──帝都攻防戦が終結したのだ。

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