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神格の転生者~そして英雄は愛を歌う~  作者: 秋野 錦
第二幕 そして少年は生まれてきた意味を知る

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第十八話 「とある山賊の話」

 一人の少女の話をしよう。

 生まれて直ぐに親に捨てられたその少女は本来であれば一年と持たずに死んでいくはずだった。その運命を変えたのは、隻眼の大男。イワン・ライラックと呼ばれている男だった。

 成長して、自分の生い立ちを聞かされた少女はイワンに聞いたことがある。なぜ自分を助けたのか、と。


「ただの気紛れだ」


 鼻の頭をさするように触ってから、イワンは端的に答えた。

 少女はそれなりに長い付き合いで知っていた。イワンは何かを誤魔化そうとするとき、そういう仕草を見せるのだということを。

 どうしても気になった少女は、イワンと一番付き合いの長い山賊にイワンの生い立ちを聞いた。そして、少女は知った。


 イワンは元々グレン帝国の軍人だったのだが、身分制度の廃止を訴えたため、それが上層部の不評を買い追放処分にあったのだと。職を失いながらも、国のあり方とは何かを主張するイワンに待っていたのは凄惨な仕打ちだった。

 ある日、いつものように帰宅したイワンを待っていたのは首のない……妻と娘の姿だった。


 憤怒に燃えるイワンは革命家として活動を始め、国を追われながらも主張を変えることはなかった。山賊という不名誉な呼ばれをしてもなお。


 イワンが少女を見つけたのは、そんな折のことだった。


 失った娘の年齢がちょうど少女と同じ年頃だと、その男は教えてくれた。

 イワンが少女を救ったのはただの同情や後悔からだったのかもしれない。しかし、それでもいいと思った。自分に向けられた愛情ではなかったとしても、自分が救われた事実は変わりないのだから……


 次の日から、少女はイワンのことを『オヤジ』と呼ぶようになった。

 お父さんなんて恥ずかしくていえなかったし、イワン自身お父さんなんて柄じゃなかったからだ。


 それから少女はオヤジのためだけに生きた。

 彼の役に立つように家事や知恵を身につけていった。

 イワン自身、満更でもない様子でそれに付き合っていた。

 血の繋がりなんてない。

 だけど、二人は確かに『家族』だったのだ。




 それからしばらく経ったある日のこと。

 身を粉にして働いてきた少女が、山賊達の生命線とも呼べる食料の管理を任されるほどに信頼されるようになった頃のこと。


「オヤジ、そろそろ蓄えがなくなりそうだよ。最近は騎士団の連中が目を光らせてるし、この辺で『狩り』をするのはもう厳しいかもしれない」


 少女の提案で行われたその会議。

 今後の方針が決まった後、少女はイワンのもとへと向かった。

 そこでイワンは、「祖国に戻って、今度こそ俺のやり残した事を成し遂げたい」と、そう語った。

 少女はそれに賛成した。自分はどこまでも付いていくと。

 イワンの語る理想は幼い少女にも、とても正しいものに思えた。


 そして、理想のために戦いへと向かった父は──二度と娘のもとに戻ることはなかった。


 まだ幼い少女は戦線に参加しておらず、状況を知ることが出来たのは臨時拠点に仲間が帰ってきたときのことだった。

 イワンと共に居たはずの仲間に事情を問いただすと、イワンは少女と同じくらいの歳の子供に殺されたのだという。

 大きく数を減らした山賊は解散するしかなかった。多くの仲間は地元に戻り、人生をやり直したいと語っていたが、帰る所のない少女にはそうすることも出来ない。


 結局、冒険者として生きるしかなくなった少女はグレン帝国へと向かった。そこでなら幼い自分にも仕事があるかもしれないと思ってのことだった。

 しかし、不運に見舞われ続けた少女はここでも同じだった。

 奴隷商人に騙され、奴隷の身分に落とされた少女は知った。

 父の言っていたことは本当のことだったと。

 自分以外にもいた奴隷たちは一年で半分に数を減らしていた。それほどに、劣悪な環境下で過ごしていたのだ。


 理不尽。

 ただその一言で全てのことに説明がついた。

 なぜ自分ばかりがこんな目に合わなければならない。

 なぜ正しいことを主張した父があんな目に合わなければならない。

 ずっと答えのない問いを抱え続ける日々。


 そんなある日のことだ、少女は一人の少年と出会った。

 赤髪の仲間から聞いた通りの人相。年齢。最初は半信半疑だったが、問い詰めてみて確信した。この少年が……父を殺した犯人なのだと。

 

 何の因果か、こうして少女は復讐の機会を得たのだ。


 ──いや、違う。


 これは天罰だ。

 のうのうと生きるこの大罪人に罰を下せ、と神が言っているのだと少女は信じ込もうとした。

 そして、少年の腹部に密かに用意していた短刀を突き立てたとき、少女の心に達成感が沸き立った。

 父の仇を討てたのだと、自分は正しいことをしたのだと、そう思いたかった。

 しかし、少年が瞳を閉じてすぐに気付いた。


 ──自分と少年の行いに、違いなんてないことに。


 気付いたとたん、怖くなった。


 背筋がぞわぞわとあわ立つ。少女は訳の分からない衝動に突き動かされ、部屋にかけてあった外套を身に羽織ると、部屋を飛び出した。

 背後で数日前に知り合った、気の弱い少女の声が聞こえるがそんなものお構いなしに走り続ける。

 外は未だ雨が降り続けていた。

 バシャバシャと水溜りを踏みつけながら、少女は走る。


「はぁ、はぁ……」


 動悸が激しい。胸が苦しい。

 体が休息を求め始めても、少女は走り続けた。

 迫り来る何かを、振り払うように──


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