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神格の転生者~そして英雄は愛を歌う~  作者: 秋野 錦
神章 そして英雄は愛を歌う

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「そして英雄は愛を歌う」

 ルクスリアは紅蓮の槍に焼かれて消えた。

 神殺しの伝説が今、此処に誕生したのだ。


「ぐっ……」


 全ての力を使い果たした俺はなす術もなく空中を落ち、その地面に激突する寸前、


「蓮ちゃん……っ!」


 女神の抱擁によって、受け止められた。

 柔らかく、温かい感触。すでに大量の血を流した俺にとって、それは温か過ぎる感触だった。


「ありがとう……ありがとう……っ!」


 ぼろぼろと涙を零しながら、ありがとうと言葉を漏らし続けるスペルビア。誰かにここまで感謝されたことはあるだろうかってほど感謝され続けたところで俺はようやく周囲の光景に気付いた。

 エリー似の女神が、カナリア似の女神が、エマ似の女神が、クリスタ似の女神が、アネモネ似の女神が、その場の女神全員が俺に向けて拍手していたのだ。その行為を称えるように、その行いを賞賛するように、その行いに感謝を告げるように。


 そこで俺は改めて感じ取る。

 俺のやったことは、間違いなんかじゃなかったってことを。

 最高位に位置するルクスリアは他の女神に対しての強権を持つ。故に彼女達は殺したくても殺すことが出来なかったのだ。あの男を。

 ルクスリアを殺すには女神の力だけでは駄目だ。外部者の助けがいる。つまりは人の身でありながら、神に挑む覚悟と権能を持つ者。つまりは神格の転生者の助けが。


 全ては賭けだった。

 もし俺が神格に至るだけの覚悟を持っていなかったら。

 もし俺が奴に対抗できるだけの権能を持っていなかったら。

 もし俺の仲間が力を貸してくれなかったら。全てはご破算。俺は奴に敗北していた。


「はあ……」


 改めて何と言う綱渡りだったのかと、恐怖のため息を漏らす。

 神殺しなんてもう二度とやりたくない。平穏を求めていた俺は一体どこにいったというのか。昔の俺からしたら考えられないことだよな。ほんと。

 でも……変わった自分というのも、なかなか悪くない気分だ。


「栗栖蓮、改めて汝に感謝を。よくぞあの男を止めてくれた」


 泣きじゃくるスペルビアに代わって頭を下げるのはカナリア似の女神。確かアケディアって呼ばれてたっけ。


「ああ、そうか。アンタがヴォイドの担当女神か」

「如何にも」


 そういえばヴォイドの記憶にもある。雰囲気がカナリアそっくりだからついカナリアの担当かと思っちまったよ。


「我とヴォイド、そしてスペルビアはあの男、ルクスリアを殺すため共闘していた。最終的にその役目を無関係の汝に託すことになったことには……頭を下げるよりない。まずは汝に謝罪を」


 そう言って深々と頭を下げるアケディア。


「別にいいって。俺にもそうするだけの理由があったわけだし。あんたらのためだけに戦ったわけじゃない」

「それでもだ。我は汝に感謝を捧げたい」


 いつまで経っても頭を上げようとしないアケディア。

 参ったな……つうか、段々感覚が戻ってきたせいで少しずつ痛みが……


「くぅ……は、早い所本題に入ろう。事後処理だ。可及的速やかに終わらせたい!」

「……それもそうだな。汝には余り時間が残されていない。神殺しを為したものに何が待っているのか、それを知っているか?」

「ああ分かっている。それはヴォイドの記憶にもあるしな」


 この世界は七つの主柱。つまりは女神達によってその存在を維持してもらっている。そんでその七つの柱の一角を俺が叩き潰したせいで、このままでは世界のバランスが取れなくなる。世界の終わりだ。


 それを防ぐためにも……神格へと至った俺が、その代理を務めねばならない。女神の代理を、男の俺が努めねばならない。しかもあの男が担っていたのは色欲。これから俺は色欲の女神なんていう非常に不名誉な役職に就かねばならないというわけだ。


「なあ……誰か罪だけでも交換してくれね? 色欲とか嫌なんだけど」


 俺の提案に、女神達は一斉に首を振った。横へと。どうやら全員色欲は嫌らしい。厭らしい罪だけに、ってやかましいわ! つうかスペルビア! お前は俺に恩あるよな! なら代われよ! 元々俺は傲慢の罪で呼ばれてんだからそっちのほうが座りはいいんだ! こら! 泣き真似して誤魔化すな!


 嫌がるスペルビアの頭を引っ張り引き剥がそうとするが、痛みで力が入らない。ちくしょう……結局俺は色欲担当かよ。


「では……納得も得たところで継承といこう」


 六人の女神が俺を取り囲むように円を作り、呪文のような文言を唱え始める。どうやらこれが継承の儀式らしい。真っ白な光が中心から溢れ、輝きを放った次の瞬間。その儀式は完了していた。


「これで汝が次代の女神だ。しかし安心するがいい。なるべく早く交代できるよう取り計らう」

「ならいいけどよ。あくまで俺は代理。色欲の罪なんて荷が重過ぎるぜ」


 罪とは人を人たらしめる要素だ。それがなければ人は人でなくなってしまう。だからこそ色欲の観念の薄い俺がこの席に座るのは世界にとっていささか都合が悪い。その何だ……出生率とかが下がるかもしれない。少子高齢化は近年の大きな問題だからな。うん。この席は重要なのだ。


「ああ、分かっているさ。次の女神の選定は早めに行うとしよう」


 そして、アケディアのこの台詞。

 "次の女神の選定"もまた、大事なのだ。

 女神とは元々人であった魂を神格へと引っ張り上げただけのもの。故にそこには魂の寿命という切っても切り離せない問題が付随する。人は余りにも長い時間を生きれば、狂う。それが世界の法則を歪めてしまうのを防ぐためにも、女神の業務は代替わり制で継承される。

 そして、本来その選定の方法こそが"代理戦争"。神格へと届きうる人材を見つけ、育てる場所だった。


(そう、あの男が現れるまではな)


 神になる方法は正当な継承以外にも、邪道な方法が存在する。

 それが神殺し。神を殺してしまえば空いた席に滑り込むことが出きる。今の俺のように。世界の均衡を保つためにはそれがどんな嫌な奴であろうとも"とりあえず座らせる"しかない。そうすることでしか世界が保てないのだから、それを至上命題としている女神達にとっては苦肉の策ではあっても呑まざるを得ない。


 そうして前代の神を殺してその席に就いたのがあの男、ルクスリアだ。

 女神達にとって最悪だったのはそのルクスリアが殺した女神が当代の最高位にあったこと。そのせいで空いた席が最高位しかなく、ルクスリアがその席に埋まってしまった。


 そのせいで世界は醜く、変貌を遂げた。魔物や魔獣、争いの絶えない世界へと変貌してしまったのだ。最高位に位置する女神の思想は最も色濃くこの世界に反映される。グレン帝国の無茶な増軍や、そのせいで広がる貧富の差も、そこに原因があったのだろう。


(とはいえ……今度は俺が最高位。一体どんな世界になることやら……)


 重圧で胃が潰れそうだ。早いところ次代の女神を選定して欲しい。


「さて最高神。傷の具合はどうだ?」

「ん? ああ、良くなってきた。流石は神の力だな」

「ふふ……今では汝がこの世界の最高権力者だからな。何でも思い通りにできるぞ。例えばそうだな。我らに対し色欲の罪を犯すなんて、どうだ?」

「へ……?」


 どことなく色っぽい目つきで俺を見つめるアケディア。


「先ほどの汝は輝いていた。あれほどの力強さを見せつけられては女として疼いてしまうではないか……どうしてくれる?」


 どうしてくれるって……いや、どうもしませんよ? 俺、心に決めた人がいますし?

 アケディアの言葉に女神達は恥ずかしそうに頬を赤らめている。何だよそのまんざらでもない雰囲気は……か、勘弁してくれ。


「今まで近くにいた唯一の男がアレだったからねぇ。皆色々溜まってるのさ」


 けらけらと快活に笑うエマ似の女神。


「私達は皆貴方に感謝しています。だ、だからその……求められれば断りませんから、私」


 恥ずかしそうにもじもじしつつ、そんなことをいうエリー似の女神。


「べ、別に好きとかじゃないからね。ただ少し格好いいなーって思っただけだし。勘違いしないでよね!」


 真面目そうな雰囲気から一転、まさかのツンデレ属性を見せ付けるクリスタ似の女神。


「…………感謝」


 そして最後に、アネモネ似の女神がポツリと呟く。

 ……あれ? 何か今一瞬グラッときた気がする。

 いかんいかん! いくら似ているからって別人だから! 俺の愛する人はアネモネただ一人だから!


「うう……蓮ちゃぁぁん」

「だー! もう、いつまで泣いてんだよお前! ほら、いい加減泣き止め! することはまだ色々あるだろうが!」


 神の代替わりによって起こる世界の変貌、その確認と修正。結局有耶無耶になってしまった今代の代理戦争の結果処理と女神の階級付け。俺が分かる範囲でもそれだけある。女神に聞けば他にもやるべきことはいくらでも出てくるだろう。


「では、何から手をつけようか。最高神殿」

「……うーん。そうだな」


 問われた俺は顎に手をやり、考える。

 神としての業務はある。

 だけど……もしも少しだけ、許されるなら……


「なあ、一つ、頼みたいことがあるんだが……」


 俺は少しだけ恥ずかしい気持ちを笑って誤魔化しながら、その"提案"を彼女達にしてみた。すると全員が全員、笑って了承してくれた。何だ、案外神って言っても自由はあるんだな。それかコイツら全員が本当にいい奴なのか。


(多分、後者なんだろうな)


 なんたって彼女達は女神なのだから。

 優しくないはずがない。

 俺は少しだけやる気の出てきた体を大きく捻ってから女神としての業務に取り掛かることにした。


「さーて、まずは世界がどう変わっていくのか……恐る恐る観察させてもらいますかね」


 俺の望んだ未来。

 恐怖を乗り越えた先にある未来がどんなものになるのか、俺は興味があった。


 それは真っ暗闇の世界。人は見えないものを恐怖する。だからこそ、時に未来を恐怖し、それを遠ざけようとする。永遠を、求めてしまうのだ。

 しかし本来、未来とは悲観するようなものではない。

 誰もが幸せな明日を願っている限り、世界は優しく温かみに満ちている。


 "貴方と逢えてよかった"


 そう言える日が、そう言われる日がきっと来る。

 未来とは、輝ける明日とは。


 それを望んでいる限り、いつかきっと訪れるはずだから。

 止まない雨がないように、輝く明日は訪れる。

 それこそが俺の願い。


 全人類に贈る──祈り(メテオラ)だ。


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