「神格の転生者」
そこはスペルビアと共に会話した夢の中に似た空間だった。どこまでも続く真っ白な空間。
俺はその場所で、その女神達と邂逅していた。
まるで裁判所のように段階的に連なる椅子は七つ。
その一番下の席で俺を見るスペルビアを見つけ、軽く手を振っておく。すぐに顔を逸らされてしまったけどな。まあ、確かに暢気に会話している場合でもない。
俺はついに……代理戦争を勝ち残ったのだから。
スペルビアより少し高い位置にある席に座るのは垂れ目の印象的なおっとり美人。まさに女神というに相応しい風貌の女性だった。どことなくエリーににているような気もする。アイツの場合、女神なんて言葉とは縁遠いけどな。
そして更にその上、三つ目の席に座るのは対照的に少しきつめの眼光を持つ女性だ。まるで抜かれた刀のように鋭い存在感を放つその女性はカナリアに似ている。
そして更にその上、四つ目の席に座るのはアホ毛を揺らしながら椅子をギコギコと鳴らす落ち着きのない女性。こちらを興味深そうに見つめるその視線と合うと、にこっと人懐っこい笑みを浮かべてくる。何だかエマを思い出すな。
そして更にその上、五つ目の席に座るのはお行儀よくこちらを真っ直ぐに見つめている女性。姿勢も良く、優しげな風貌はその人の良さも表している様に見える。さっきまで一緒にいたクリスタに似通った雰囲気。
そして更にその上、六つ目の席に座るのは虚空を見据え、我関せずの姿勢を貫く女性だ。俺が視線を向けても全くの無反応、無表情。そこに置かれた置物かと勘違いしてしまいそうな空気感。何だか昔のアネモネを思い出すね。
そして更にその上、頂上の席に座るのは……
「優勝おめでとうっ! よく来たなっ! 少年よ!」
元気一杯にその両腕を広げ、俺を向かい入れる姿勢を見せる金髪が印象的な……男、だった。
(こいつが……そうなのか)
俺はヴォイドの記憶と照らし合わせ、確信する。こいつこそが全ての元凶なのだと。俺は静かに呼吸を整え、その存在と対峙する。
絶対神。
七柱を担う女神達の最高位と。
「いやあ、思ったより長引いたね。まさかクリスタちゃんがあそこまでループを繰り返すとは思ってなかったからさあ。こっちもいい加減、いつまで続くんだよ、って感じだったよね。まあ、そうなることが分かってあの子を選んだ俺にも責任はあるけどさ」
「……こうなることが分かって選んだ、だと?」
その台詞の途中、聞き逃すことの出来ない言葉を聞いた気がした。
「うん。ほら女神の仕事って退屈だからさ。たまには娯楽も必要じゃん? だからなるべく長く楽しめるようにって、そういう"壊れやすい精神"をした子を選んだんだけど……うん。はっきり言って失敗だったね」
その台詞に俺は全身の毛が逆立つのを感じた。
つまり、こいつは……クリスタが苦しむのを分かっていて敢えて選んだってことか。
知らず知らずの内に拳に力が入るのを感じる。今にも殴りかかってしまいそうだった。
「……相変わらず下種な発想よの。色欲の女神」
ふん、と鼻を鳴らしながらそう言ったのはカナリアに似た女神。
「けどアンタにとってはそのほうが都合が良かったんじゃないの? 上位の神には逆らえないからねえ。俺の都落ちを狙うアンタにしたら勝ち目のない転生者はむしろ望むところ……だろ? 怠惰の女神」
「黙れ。殺すぞ」
「おお、怖い怖い。でもまあ何も出来ないさ。今回の結果で俺は最高位から落ちたとは言えまだ二番だ。最高位に付く傲慢の女神に何ができるとも思わないし……あ、そうそう勝利者君。まさか君もこの世界をループさせるなんて言い出さないよね?」
「……は?」
唐突に俺へと振られた話題は意味の分からないものだった。
「いや、少し考えれば分かる話だけどさ。前世に戻って前世の地獄と"全く同じ道を辿れば"再び転生者に選ばれることになる。それは分かるよね?」
「あ……」
「あれ、気付いてなかった? だとしたら藪蛇だったかなあ。これ以上面倒はしたくないし……ループ、しないよね?」
「するつもりはない……けど」
「なら良かった!」
パンと手を叩いて喜んでみせるルクスリア。
いや、それより……この男、さっき何と言った?
前世の地獄を繰り返せば再び転生者に選ばれる、だと?
それは、まさか……つまり……
「クリスタは……ループさせた回数分、前世の地獄を焼き直したってことなのか……」
声が震えるのを自覚する。
俺はクリスタが自分の権能を使ってループさせていたと思い込んでいた。だが……そうでないなら、それは……最早地獄なんてものではない。
転生者は皆、辛く苦しい前世を経験している。経験しているからこそ、転生者に選ばれるのだ。それはクリスタといえど例外ではない。そんな地獄を変えるため、転生者は戦うことを選ぶのだ。だと、言うのに……。
「ほんと、いじらしいよねぇ。たかだか一人の男に振り向いてもらうため、一体彼女はどれほどの時間を無為に過ごしたのか……百年や二百年なんてものじゃない。それこそ気が狂うほどの時間だ。普通、人間の魂はそれほどもたないはずなんだけどね。不思議だよ。いや、まあ綻びは生じていたけどね」
綻び。
その言葉に俺は思い当たる節があった。
「魂の磨耗は即ち死への傾斜という形で現れる。終わりを無意識の内に望むんだ。だからこそ彼女は毎回毎回理由をつけては身を投げ続けていたんだと思うよ」
身を投げる。
その言葉に、俺は心臓を掴まれるような想いだった。
それは……その最後はまさしく彼女の、彼女達の最後とぴったり符号する。
病院の窓から身を投げた栗栖鈴。
氾濫する川へと身を投げたクリスタ・フーフェ。
まさか…………そういうこと、なのか?
「本当に自殺したときは焦ったよ。けどま、君が生き返らせてくれたおかげで助かったけどね。おかげで七番から二番に大昇格だ」
「──ッ!」
俺は、ここまで、自分の人生を、運命の非情さを呪ったことはないッ!
本当に腸が煮えくり返りそうな気分だ。吐き気すらする。
俺が良かれと思った行為は結局、誰にとっても幸せな結果を残してなんかいなかった。むしろその逆、この男を喜ばせていただけだ!
「おいおいそんな顔をしてどうした。君は勝ち残ったんだぞ? 前世をやり直す権利を手に入れたんだぞ? もっと嬉しそうな顔をしろよ」
「嬉しそうな顔、だと?」
そんなもの、できるわけがない。
結局、俺達は弄ばれていたのだから。この男の掌の上で踊るピエロを演じさせられていたのだから。
俺はヴォイドとの約束を思い出す。
最初はただの代行。託された想いをただ完遂するためだけに誓った覚悟だが……事ここに至り、全てを理解した。ああ、ヴォイド。お前は正しかったよ。確かにこれは、この男だけは……
──何を犠牲にしてでも、殺さねばならない。
「ん? 雰囲気が変わったな、少年。その気配、まさかとは思うが、有り得ないとは思うがこの俺に……最高位の俺に挑もうと言うのではないだろうな?」
「だったら何だってんだよ。こちとら色んな想いを預かってんだ。もう止まらない。止まれねぇんだよ!」
俺は深く、深く意識を深層にまで至らせる。
数々の誓い、数々の想い、数々の覚悟。
これまで歩いてきたその道程。友人達の全ての想いを俺は今、背負っている。俺達のこれまでの戦いは、俺達の出会いは、こんな奴を喜ばせるために用意された脚本なんかじゃないってことを! 俺は証明する!
確かな覚悟を胸に、俺はその祈りを神ではなく自分自身に向け捧げる。
《星は永久に輝き、刹那に流れ堕ちる。人の生も同じなら。決して忘れはしないだろう──》
俺にとって彼らはまさしく星だった。生きている限り、精一杯に光り輝こうとする恒星。それは散っていった今尚、俺の中で強く輝き続けている。
《──愛しい人よ、どうか隣に居させて欲しい──》
人は一人では生きていけない。
だからこそ、求め、望むのだ。理解ある他者を。
《──命尽きる、その時まで──》
その在り方を、人間の尊さを、その輝きを。
決して笑わせたりなんかしない。
それがたとえ、神であろうとも。
《──私は貴方を愛している──》
さあ、今此処に歌い上げよう、人間の愛を!
証明して見せよう、人間の輝きを! その未来の可能性を!
《──卑欲連理・夜空を翔る流星群ッ!》
俺の体を包み込む、白色のメテオラに……
「来た……ついに至った……ッ!」
スペルビアが歓喜の声を漏らす。
今こそ彼らの待ち望んでいた瞬間。ヴォイドとスペルビアの宿願の時がついに、訪れたのだ。
「至ったのだな──"神格の転生者"にっ!」
これより紡がれるのは『英雄』の物語。
「最高神・ルクスリア。お前は……」
古来よりその存在は常に『英雄』として物語の中で語られる。
「──俺が……殺すッ!」
神を殺す者。
つまりは──"神殺し"。
神話に連なる最後の物語が今……幕を上げた。




