「天翔る攻防」
爆音響く通路を、俺とアネモネは駆け抜ける。
時折後ろから飛んでくる斬撃に対応しながら。
「くそっ! アネモネ! 一度上に抜けるぞ!」
「うんっ!」
この狭い場所では鋼糸が機能しすぎている。俺は魔術を使い壁に穴を開けるとそこから外へと飛び出した。空中に身を投げ、アネモネの作り出した不可視の壁を足場に上へ上へと向かっていく。
いつしか暗くなっていた夜空には星が爛々と輝いている。月光を受け、反射する鋼糸を足場にしてヴォイド達も俺達を追って空中にその姿を晒す。
「轟け、迸れ──《デア・ドンナー》!」
右手に魔力を集中。牽制の一撃を放つ。
「鋼糸術──《蓑衣》」
しかしそれもヴォイドの鋼糸に阻まれる。
だがそれでも構わない。牽制は牽制。本命は他にある。
俺はアネモネと視線を交わし、ダンッ! と力強い踏み込みで反転。クレハに向けて花一華を振るう。
俺と違って足場のしっかりしていないクレハはその一撃を受け止めきれず、バランスを崩した。二本の匕首が空を切り、俺の斬撃はクレハの左腕を捕らえる。
吹き飛ぶ左腕、しかしそれもすぐに埋まってしまうことだろう。俺は追撃をしようと力を込め……
「クリスッ!」
「────ッ!」
アネモネの掛け声にその場から離脱する。俺の背後から迫っていた紅蓮の刃が俺の肩を浅く切り裂き、鮮血を滲ませる。この程度の傷、普段ならすぐに再生するところだが今回ばかりはそれも遅々として進まない。
ヴォイドの権能、神殺しが俺の権能を殺しているからだ。
ともかくヴォイドの小太刀をまともに喰らうのはまずい。
そう思っていたのだが……
「鋼糸術──《天崩し》!」
ここ一番の大技をしかけてきたヴォイドの鋼糸に、思わず絶句する。
何十、下手したら何百という数の鋼糸の一つ一つが、”紅色に輝いていた”のだ。
「死骸を晒せ! クリスっ!」
「ぐっ!」
これはかわしきれない。かわしきれるような数ではない。俺はアネモネの作った足場に従い、空中を駆け回るがそれよりヴォイドの鋼糸のほうが何倍も速いのだ。追いつかれ、数々の裂傷が俺の体に刻まれていく。
「ぐ……あああああああァァァァァァァァァアアアア!」
激痛に身をよじる。
何とか鋼糸から逃れようと体勢を整えたそのとき、視界が一気に別のものへと切り替わった。これは恐らくアネモネの瞬間移動だろう。それを俺に対して使ってくれたのだ。
(アネモネは、どこに……)
変わった視界に、位置を把握しようと周囲に視線を向けると、
「面倒な権能だな。やっぱりお前から殺すことにするわ、アネモネ」
「……やれるものならやってみるといい」
ちょうどアネモネとヴォイドが対峙する形になっていた。
鋼糸の上を駆け、アネモネへと迫るヴォイドだがアネモネには瞬間移動がある。その小さな体躯を捕らえることは容易ではない。
「ちっ、ちょこまかと」
苛立った様子のヴォイドは鋼糸を改めて展開すると、グレンフォードの屋根へと降り立った。それに追随する形でクレハも着地を決める。どうやら左腕はもう再生してしまったようだ。
しかし、それはこちらも同じこと。俺もゆっくりではあるが動ける程度には回復してきた。足場を伝い、俺と合流したアネモネが口を開く。
「空中戦では分が悪いと判断してるみたい。クリス、どうする?」
「こっちから仕掛けるのは不利だろうが……俺もそろそろ魔力が尽きる。俺が近接戦を仕掛けるからアネモネは援護してくれ」
「分かった」
「頼むぞ。クレハを自由にはしないでくれ。アイツの近接能力はヴォイドよりも高い」
ここまで追い込まれている大きな原因はクレハがいたからだ。ヴォイド単体ならまだ抑えられていただろうが絶妙のタイミングで攻撃に来るクレハの存在は厄介極まりない。しかも再生機能つきとなれば尚更だ。
「王国兵の問題もある。次で決める」
時間をかけすぎればそれだけ包囲される時間を稼がれる。そうでなくてもこの緊急事態、解決は早いに越したことはない。そう思ったその瞬間のことだった。
「っ! クリス! 空を見て!」
「なっ! これは……」
空に広がっていた群青の雲、それがゆっくりと晴れていくのが目に映った。どうやらカナリアがアダムを仕留めてくれたらしい。
(これはこっちも頑張らないとな)
負けていられない。俺は改めて気合を入れ、ヴォイドに向けて駆け出す。
アネモネは空中から見えない壁を作り出して敵の行動を制限する。近接戦を仕掛ける以上、俺もアネモネの見えない壁に動きが制限される危険があったが……不思議な感覚だ。何となくだが、アネモネの作る壁が見えるような気がする。実際に見えているわけではないんだがそこにある壁を感じることが出来る。アネモネとは何の打ち合わせをしたわけでもないというのに。
(こういうのを以心伝心って言うのかね)
だとしたら嬉しい。
アネモネと心が通じ合っているみたいで。
「……随分ご執心みたいやね」
「羨ましいか?」
「別に。わしにはクレハがおるもんねっ!」
「……お前のほうがご執心、っつーかご愁傷様って感じだけどな」
ヴォイドの振り下ろしてきた小太刀を花一華で受け止めつつ、俺はクレハの尻に敷かれるヴォイドを憐れんでやる。すると心外だといわんばかりの態度で、俺の蹴りを右腕で防いだヴォイドが口を開く。
「男はみんな最終的に尻にしかれるんよ。お前も例外じゃないぞ、クリス」
「うちのアネモネはいい子だからな。俺の言うことなら何でも聞いてくれるぜ」
「かー! それも今のうちだけっちゅーとるんよ。そのうち段々態度がでかくなってくけん。賭けてもいい」
俺の至近距離からの魔術を鋼糸で防ぎ、そのまま距離を詰めるヴォイド。
「アネモネに限ってそれはないな。クレハと一緒にするな」
俺は鋼糸の包囲網から上手く抜け出せるよう、立ち位置をこまめに変えつつヴォイドを迎え撃つ。
「なんや、クレハのことディスってんの?」
振り下ろし、と見せかけ足払いをしかけるヴォイド。
「そうじゃないけどな。実際相性の問題だと思うぞ」
それをあえて喰らいながら跳躍。回転力をプラスした回し蹴りをヴォイドの側頭部に向け、放つ。
「俺とアネモネ、お前とクレハ。この相性がぴったりってこと」
「まあ、確かにな。わし、ソフトMじゃし」
ドンッ! と派手な音を立てて俺の蹴りを腕を使ってガードするヴォイド。そのまま足首を掴み、くるりと俺の体勢を変える。頭から地面に落下する形にされた俺の脳天に、ヴォイドの膝が迫る。
「ソフトってレベルじゃない気もするけどな」
俺はそれを背筋を使い大きく回避。エビ反りになった俺からぱっ、と手を離したヴォイドは空中にいる俺に向け小太刀による斬撃を放つ。が、それも読んでいたぜ。俺は体勢が悪い中、花一華で受け止める。
ヴォイドの斬撃は一撃一撃は軽い。片手を鋼糸の操作に使っているのもあるだろう。両手を使えば受け止められる。
斬撃の威力を利用し、うまい体勢で着地した俺にヴォイドが鋼糸を差し向ける。いい加減、それも慣れてきたぜ。
「凍りつけ──《デア・キュール》」
パッキィィィン。
一気に肌寒さが増す中、俺はまとめて鋼糸をなぎ払う。神殺しを纏った鋼糸とはいえ、普通の魔術なら効果がある。受けるわけにはいかないが受けられないわけではない。
「ははは……」
一連の攻防に思わずといった様子で笑みを漏らすヴォイド。
「やっぱり、お前は強いのう……クリス」
「そんなことはないだろ。俺より強い奴ならいくらでもいる」
「まあのう。だが、わしを相手にするならお前以上の適任もおらんじゃろ。権能に頼らない戦闘スタイルだからこそ、わしとここまでやりあえとる。まあ、そう言う意味じゃアイツが一番厄介だったけどのう」
アイツ……レオナルドのことか。
「ま、権能を持たない人間はメテオラで始末できるけどの。真の脅威になりえるのは権能を持ちながらそれに頼らない人種……つまりはお前みたいな奴よ」
「珍しくべた褒めしてくれるじゃねえか。つまり……何が言いたいんだ?」
「お前はそのままであってくれっちゅーことよ。お前は己の本質に気が付きつつもそれを行使しようとはしない。本当は気付いてるんじゃろ?」
そこで言葉を区切ったヴォイドはだらりと両腕を下げた。何だ、何かを狙っている?
「お前の権能はただ自分を再生するだけの生温い力なんかじゃない」
「……随分知った風な口を利くんだな」
「まあ、の。誰が選ばれるかは知らんかったが、どんな奴が選ばれるかは知っとった。"白色"とは、つまりはそういうことなんじゃから」
「…………」
「お前は自分の色を持たない。アネモネとはまた別の形でな。色がないわけではないが、それは自分の色ではない。さながらカメレオンのように周囲にあわせ、求められるままその色を変える存在」
「……俺が優柔不断だって言いたいのかよ」
「近い。だが、ずばりではないのう。まあ……それもこれから死ぬお前には、何の関係もないことよ」
降ろしていた腕を真っ直ぐに天に伸ばしたヴォイドは……
「深層・神殺し」
その名を呼び、自分自身の紅蓮を天に向けて放った。
そして、次の瞬間に──ドオオオオオオオオオッ! と凄まじい衝撃が俺達を襲う。
「広範囲に権能を展開できるのは、何もアダムだけじゃない」
にやりと笑ったヴォイド。そして同時に俺はアネモネの援護がなくなっていることに気付く。さきほどまであった不可視の壁が、綺麗さっぱりなくなっている。
「権能の無効化。この空間ではもう権能は使えん」
「なっ!」
それは無茶苦茶な能力。
転生者の全てを一度で無力化する文字通りの切り札。そして、それをこのタイミングで切ったその意味は……
(アネモネッ!)
俺はクレハを抑えるように頼んでいたアネモネを慌てて探す。権能が使えなくなって困るのは誰か。そんなこと、考えるまでもない。普段のアネモネの身体能力はよく言ってもゴミだ。そんな赤子同然の状態で、クレハと切り結べるはずがない。
「行かせんっ!」
「ぐっ! どけぇッ!」
行く手を阻む鋼糸を何とか退かせようと俺は魔術や剣閃を駆使して、アネモネの元へ向かうが……僅かに遅い。
俺の視界の先で、クレハの持つ匕首がアネモネへと振り下ろされ……
「アネモネぇぇぇぇぇぇええええええええッ!」
真っ赤な鮮血が、宙に舞った。




