「世界の真実」
「オレがその事実に気付いたのはこの権能を手に入れたときだ。オレじゃないオレの記憶が一気に流れ込んでくるあの感覚は……正直、気持ち悪いなんてもンじゃなかったぜ」
自分という人格が自分によって押し流されるような感覚だったと、イザークは語る。俺達はというと、そんなイザークの話をバカみたいに口を開けて聞いていた。
「イザーク、それは……えーと……」
「いい、何も言うな。お前らのその反応も織り込み済みだ。変に気を使うな、もう少し黙って聞いてろ」
上手くイザークの言葉を飲み込めていない俺達に、イザークが手のひらを向けて口を閉ざす。彼も自分で言っていることが荒唐無稽な話だと分かっているようだった。
だとしたら、狂言や妄想の類である可能性は一気に減る。
半信半疑だったイザークの告白を、俺は少しだけ真剣みを追加して耳を傾けることにした。
「オレが認識している限り、この世界は四周目の世界だ。オレはそれら全ての世界の記憶を参考に今日まで色々と動いてきた。まあ、その結果がコレなら大失敗としか言いようがねェけどな」
そう言って自嘲気味に口元を歪めるイザーク。
どうやら彼も今の現状を良しとはしていないようだ。とりあえず、それが分かっただけでも進展はある。しかし、イザークの話は余りにも突拍子がなさ過ぎる。一体何と言ったものかと頭を悩ませていると、
「一つ聞きたいのだが、他の世界は今とどういう違いがあったのだ?」
腕を組み、真剣な表情のカナリアがイザークに問いかけた。
その表情からは一切の疑惑が感じ取れない。心の底からイザークの言葉を信じているのだろう。流石はカナリアだ。生憎、俺はそこまで盲信的にイザークの言を真に受けることはできないけどな。
「小さい違いから大きい違いまで、いっぱいあるぜ。基本的にどの世界でも全く同じ展開ってのは起きてねェ。ただ一つを除いてはな」
「ただ一つ? それはまさか……」
「そう、『代理戦争』が起きる未来だけはどうしても変えることが出来なかった」
カナリアの問いに言葉を重ねるイザークに、俺は僅かな違和感を感じた。そしてそれを追求するべく、俺も質問を重ねる。
「つまり、イザークは代理戦争が起きないように動いていたってのか? けどそれはおかしいだろう。前世をやり直すことを目的にしているお前からしてみれば代理戦争はむしろ起きてくれなきゃ困ることじゃないのか?」
「確かに今の言い方だと、そう聞こえるだろうな。だがオレだって見知った顔をぶっ殺してまで前世をやり直してェ訳じゃない。オレなりに最も被害の出ないやり方で代理戦争を勝ち抜こうとしてたンだよ」
ふむ……これもまた、少し矛盾を感じるな。
昨日イザークはこの世界のことを何とも思っていないように言っていた。事実、今まで散々好き勝手やっていたコイツが今更「どうせなくなるこの世界」のことを気にかけるはずがないと思うのだが……
と、そこまで考えて気付いた。
イザークが一体何に気を使っているのか。
確かにイザークはこの世界には何の感情も持ち合わせてはいないのだろう。塵芥同然のゴミだと断じているはずだ、しかし、だがしかし、そこには一握りの例外が存在するのだろう。つまりは……カナリア・トロイという人物が。
前世をやり直すためには、カナリアを殺さなければいけない。
そのことが唯一、イザークの中で行動原理を揺るがす大事となっているのだ。
「はは、そういえばお前、カナリアのこといっつも気にかけてたもんな」
「……何分かった風な顔してンだよ」
そうなると今までのイザークの妙な行動にも納得がいく。
何だ、イザークにも人間らしいところもあるじゃないか。
結局イザークも人の子、自分の中に芽吹いた恋心には適わなかったと言うことだ。
「ちっ、まあいい。話を続けるぞ」
笑いの堪えられない俺に舌打ちを入れたイザークは本題に戻る。
「これまでの世界の経験を活かしてオレは最善の未来へ続くよう、色々と手を回した。その甲斐もあっていくらか最悪の未来は防げたンだが、どうにも予測できねェ要因がいくつかあってな」
「予測できない、要因?」
「ああ。その一つがお前……クリスだ」
「俺?」
突然指を向けられた俺は思わず聞き返す。いきなり俺へと話題が飛ぶとは思っていなかったからだ。
「クリスの行動はオレにも中々読めねェ。しかも何度かあった未来が大きく変わる原因ってのは、いっつもお前を中心に起きていた」
例えば、とイザークは昔を思い出すように視線を虚空に投げ言葉を続ける。
「二周目の世界だと、お前はカナリアに力を貸していた。その選択があったからこそ、あの世界はオレの記憶の中でも比較的上等な終わり方をした世界だったぜ」
「俺が、カナリアに?」
「ああ。この世界でもあったようにただ従軍してカナリアの部下だったって話じゃねェぞ。それよりももっと深く、それこそカナリアの為ならどんなことでもしてみせるって意気込みだったンじゃねェかな。オレの記憶ではあの時、お前はエマよりもカナリアのことを優先していたきらいがある。きっとお前もカナリアに惚れてたンだろう。オレは最終的にどうなったか知らねェが、案外恋人同士になってたりしてな、ハハッ」
お前「も」、って辺り突っ込めば面白いことになりそうだったがそれ以上に気になることがあった。イザークはサラッと言ったが、その妙な言い回し。
「……お前はその世界がどういう終わり方をしたのか、知っているのか?」
「いんや、当然の話だがオレの記憶はオレが死ぬときで止まってる。オレが死んだ後、世界がどうなったかなンて知りやしねェよ」
やっぱりだ。
イザークははっきりと明言はしなかったが……恐らくその世界においてイザークはかなり早い段階で死んでしまったのだと思う。俺達の未来をからかうように言った台詞からもそれは分かる。つまり、俺達と共に生きる未来を迎えることが出来なかったのだ、イザークは。
「しかし、我とクリスが恋仲になる可能性もあったとは……な、何だか妙な気分だな」
そう言って滅多に見せない柔らかな笑みを浮かべ頬をかくカナリア。どうやらイザークがどうなったかには全く察しが着いていないらしい、イザーク哀れ。きっとその世界でもイザークはカナリアのために命を賭けたのだろうに。
「……可能性は、可能性」
そしてそれを若干冷えた視線で見るアネモネ。心なしかこちらに身体を寄せてきている気がする。何だろう、少し寒いのだろうか。外は雪でも降り出しそうな時分だし、それも仕方ないか。
「むっ、何だアネモネ。その言い方は。確かに今までクリスを支えてきたのはお前かもしれんが、我だって何度もクリスを助けてきた。あまり調子には乗るでないぞ」
「…………(ぷいっ)」
「なっ! コラ! こっちを向かんか! 話はまだ付いてないぞ!」
カナリアの言葉にそっぽを向き、俺の腕を掴むアネモネ。妙に居心地が悪い。アネモネから近寄ってくれるのは滅茶苦茶嬉しいのだが、何と言うかタイミングを考えて欲しかった。
「クリスも! あまりアネモネを甘やかすんじゃない」
「お前はアネモネに母ちゃんかよ……」
仲が良いのか悪いのか、少なくとも今は喧嘩中ということらしい。もしかしたら昨日俺とイザークが戦っている間に何かあったのかもしれない。アネモネは俺達の戦いに邪魔が入らないよう、カナリアを止めていてくれたみたいだし。
「……いつまで暢気なこと言ってンだ。いい加減話に戻るぞ、オイ」
どうやらイザークも二人の喧嘩を見ていられなかったらしい、本気でイラついた様子で貧乏ゆすりを繰り返している。二人に当り散らさなければいいのだが……
「こら、クリス! 聞いてンのか!? 気ぃ抜けた面しやがって、ぶっ飛ばすぞ!」
「なんで俺!?」
なぜかこっちにとばっちりがやってきた。
俺、何もしてないのに……。
「とにかく話を戻すぞ。そういう未来の大きな分岐点ってのはいつもクリスが担っていた。だからこそ、オレはお前こそこのループの原因じゃねェのかと考えてきた」
「俺が?」
「ああ。何も知らないにしてはお前の運命が大きく変わりすぎているからな。軍人として従事する未来、オレ達を裏切り牢獄に戻される未来、そして……一周目のあの未来」
イザークは自分の記憶にある世界の未来を指折り挙げていく。
というか、サラッと言ったが何だ二つ目の未来は。
俺がイザーク達を裏切って牢獄に戻される未来? そんなことある訳……いや、よく考えれば今の状況もそれと大差ないか。まあいい、気にはなるが黙っておこう。それよりも、
「イザークは一周目が一番最悪だったって思ってるのか?」
「ああ」
「……その世界では、何があった」
俺の知らないその世界。
一周目、つまりは本来辿り着くはずだった未来に一体何があったのか。
あのイザークがこれほど恐れ、回避しようとした未来とは何なのか、
「その世界では……」
その真実を、イザークはゆっくりと口にした。
「世界の人間の九割が死に絶えた。まさに地獄というに相応しい未来が待ってたンだ」




