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神格の転生者~そして英雄は愛を歌う~  作者: 秋野 錦
神章 そして英雄は愛を歌う

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「心は遠く、刃は近い」

 勝利とは何か。

 俺は目標に到達することを勝利だと思っていた。


 だけど、それは違った。

 世の中というのはどうにも上手くいかないもので、望んだ結末であっても最終的にそれが己の為になるかどうかは分からない。それこそ、死ぬまで分からないのだ。


 だったらどうする? 勝つために俺達は何をするべきなんだ?

 問いは今にも続いている。


 求めるべきものは何か。望むべきものは何か。祈るべきは何か。

 俺達はその答えを探している。

 今も俺達は、探している。




 降りしきる刃の如き斬撃に、神へと祈るのだ。

 勝利を寄越せ、と。


 もう敗北の味は十分味わった。だからもういいだろう?

 俺はもう二度と……大切な人を失いたくは無いのだから。

 そう願ったとき、再び俺の願望があふれ出す。



《星は永久に輝き、刹那に流れ堕ちる。人の命も同じなら。決して忘れはしないだろう──》



「……え?」


 俺が紡ぎ始めた祝詞に、アネモネは驚く。

 二重詠唱。本来ならそれに意味は無い。

 だが、俺の場合は違う。俺の望みの本質、それ自体が二重の意味を持ち合わせているのだから。



《──愛しい人よ、どうか貴方の為に死なせて欲しい──》



 むしろ本懐という意味であれば、こちらがより本質に近い。

 俺の生まれ変わりの能力は、『平穏を保ちたい』という強い願望によって生まれ、そして……



《──私は貴方を愛しているのだから──》



 生まれ変わり……つまり、『他者に生まれ変わりたい』という欲望によって再誕する。


 自分の無力さを呪った。

 俺なんて死んでしまえば良いと思っていた。

 だから、これこそが卑しい欲に連なる理。メテオラの真骨頂。


 卑欲連理の本領だ。



《──卑欲連理(メテオラ)再誕(リ・バース)



 姿かたちはそのままに、俺は生まれ変わるのを感じていた。

 彼女達のように俺も輝きたかったから。俺はその光を盗むのだ。

 だからこの力は紛い物。偽者の強さだ。

 再生を繰り返し、ここに再誕する命。

 それこそが、俺の永遠の権能。その裏側だった。


「……クリス、何をしたの」

「別に、自分を殺しただけだよ」


 俺が望んだ力は、どこまでも傲慢な能力だ。

 自分に出来ないことを、他の誰かに押し付ける。そんな悪行。


 けれど……それでも構わない。

 偽者には偽者にしか出来ない役割もあるのだから。

 本物が傷つかないように、偽者が代わりとなる。影武者なんて言葉があるように、それこそが偽者の存在理由なのだろう。だから、構わない。


「俺は俺でなくていい」

「一体、何を……」


 アネモネは一体俺が何をしたのか分かっていないのだろう。

 警戒しているのは様子から分かるのだが、これはそういうものじゃない。

 俺はゆっくりと意識を落とし、


 ……一人の少女の姿を想った。


「──陽炎(ヒッツェラー)


 そして、ここに現れるのは陽炎の理。

 ゆらゆらとその影を揺らし、夢幻に消えるその刹那。


「……ッ!」


 反射的にアネモネが攻撃を放っていた。

 その判断は正しい。この機を逃せば攻撃なんて届かなくなる。


 だが……一歩遅い。

 ──ズバン! と、空間が裂ける音がしたが、それだけだ。


「か、かわした……?」


 呆然としたアネモネの声が聞こえる。

 アネモネは対象を直接見て、斬撃を繰り出している。それはどこまでもマニュアルな攻撃方法。だから俺はズラした。

 光の屈折により場所を誤認させたのだ。


「行くぞ」

「あ……」


 声と、実際に見える姿が一致しない。

 この時点ですでにアネモネは混乱の極みにいただろう。

 俺は更なる混乱を誘うため、姿を二つに分裂させる。


「……ッ!」


 両手を振るい、辺り一面に我武者羅に攻撃を行うアネモネ。

 対処が早い。俺が何をしたのか早々に見切って、そのための攻撃方法を選んでいる。戦いなれた者の風格すら感じる。こんな小さな女の子に、だ。


 彼女の前世に何があったのかは知らない。

 だけど、それはきっと安然としたものではなかったのだろう。

 そのことに同情もするし、哀れにも思う。

 だが……


「ここは……この場だけは譲ってもらうぞ! アネモネ!」


 今度こそ、俺は勝利を渇望する。

 俺の位置を完全に見失っているアネモネの背後に回る。


 この位置からなら、攻撃も決まるだろう。

 アネモネの権能、それは単純な『空間操作能力』だ。不可視の一撃は、空間そのものを移動、もしくは断裂させることで繰り出していた。瞬間移動もその応用。空間と空間をつなげていただけに過ぎない。


 届かない攻撃もまた、その能力なら説明が付く。対象との距離を目に見える以上の空間と繋げる事で、それは永遠に届かない絶対防御となる。

 だが……こちらの攻撃が見えないならば、話は違う。

 アネモネは為すすべなく攻撃を食らうだろう。


 後一歩、その背中へ刃が届く、その刹那。


「…………」


 俺の刃は、止まっていた。

 アネモネの権能に阻まれたのではない。触れるか触れないかの位置にいる刃は、あと少し押し込むだけでその柔肌を切り裂くだろう。あと少しで勝てる。なのに……俺の腕は、動いてくれなかった。


「……どうして、刃を止めたの」


 アネモネが振り返らないまま、聞いて来る。


「……お前こそ、何で俺を見逃した」


 そして、俺もまた聞き返す。

 思い出すのはツヴィーヴェルンでの出来事。アダムを追っていた俺達をアネモネが邪魔したときのことだ。


「お前なら俺も、カナリアも殺すことが出来ただろう。正直、目覚めたときは何で生きているのか不思議でならなかったよ。アダムは見逃してくれるような奴じゃないしな。お前なんだろう? ……助けてくれたのは」

「…………」


 アネモネは答えない。

 けれど、俺はアネモネが本当に俺を殺そうと思っているようには思えなかった。攻撃だって、手足を狙ったものばかり。しかもそれだって回復してしまう。時間稼ぎの戦い方のようにも見えた。


「アネモネ、お前は何を抱えている?」


 自然と詰問口調になる。

 だって……俺はアネモネのことを、ずっと仲間だと思っていたから。そして、その思いは今も変わらない。きっと、何か事情があったのだ。アネモネにしか分からない、事情が……。


「……私がヴォイドと出会ったのは今から十年近く前になる」


 俺の問いに、アネモネが過去を語りだす。


「私達は転生者同士。すぐに戦いになった。私もヴォイドも、お互いに必殺の一撃と、絶対の防御を持っていた」


 空間操作によって、アネモネの体は守られる。

 あらゆる攻撃を拒絶し、あらゆる生命を拒絶する。

 さらにそれらの技は全て権能によるものだ。だからこそ、ヴォイドにはそれら全ての攻撃が効かなかったのだろう。


「私とヴォイドは互いに互いを互角とみなし、とある協定を結んだ」

「協定?」

「そう……互いに目的を共有し、助け合うという協定」


 それはまるで魔王と勇者の取引のような話だった。世界の半分をくれてやる、なんてお題目は存在しなくても、互いの目的は世界の半分に匹敵する価値を持つものだった。


「ヴォイドは私にいずれ来る戦争の際、手足になって働くように言った」

「……それで、アネモネは……何を願ったんだ?」


 対等な条件ならば、アネモネにも願いはあったはずだ。どうしても叶えたい、願いが。


「私が願ったのは……カナリアに手を出さないこと」

「…………え?」


 アネモネの口から漏れたのは、予想外の言葉だった。


「え……え? カナリアに手を出さない、ってそれは……?」

「ヴォイドは昔、仲間にならない転生者を殺して回ろうとしていた。王国に所属するヴォイドに、カナリアが従うはずが無い。だから、カナリアに手を出さないように頼んだ」


 言われてみれば、納得できる話。

 アネモネは十年も前から、王国と帝国の戦力比を正しく悟っていたのだろう。だからこそ、大切な人だけは守れるように、その約束をした。

 けれど……


「それは……何というか、あまりにも不釣合いな願いじゃないか?」

「そんなことない。カナリアは私にとって全てだった。カナリアのためなら、死んでも良い。そんな風に思っていた」

「思って、いた?」


 過去形で語るアネモネに、思わず聞き返す。

 すると、アネモネは胸を押さえ、


「……クリス……貴方が現れてから、私はおかしくなった。カナリアとクリス。二人はとてもよく似ているから、私は天秤にかけなくてはいけなくなった」


 天秤にかける。

 つまりは俺とカナリア、どちらを取るのか、ということだろうか。


「私の手は二つしかないから……守れるものも限られる。だから……」


 だから俺を捨てた、ということだろうか。

 この場で戦い、決着をつけようとした。そういうことだろう。

 そう、思ったのだが……


「私は私を捨てることにした」

「……え?」


 アネモネが放った言葉に、俺は馬鹿みたいに反応していた。


「クリスとカナリア。私は二人さえいればそれでいい。二人さえ生きてくれればそれでいい。そう、思うことにした。そして、私はその為に生きてきた」


 両手に抱えられる命は二つだけ。

 俺、アネモネ、カナリア。三人の命が守れないというのなら、一つ捨てるしかないというのなら、自分を捨てよう。アネモネはそう言ったのだ。


「貴方が強くなってくれて嬉しい。きっと今のクリスならカナリアを守ってあげられる。だから……これで安心して死ぬことが出来る」


 穏やかな笑みを広げるアネモネ。

 ここまで感情を表に出したアネモネを見るのは初めてのことだった。


 手に持った花一華に視線を移す。

 アネモネはこの刃をかわせなかったのではない。この刃を受け入れたのだ。


「……何で、俺なんだよ。何で俺なんかのために、そこまで……」


「ヴォイドは貴方に執着している。白色の貴方に。彼にとっても、貴方は特別な存在なんだと思う。だからヴォイドは貴方のことだけは見逃さない。かつての約束がある以上、私は貴方と敵対するしかない。だから……」


「そんなこと言ってるんじゃねえ!」


 俺はいい加減、我慢の限界だった。

 ずっと、ずっと気付かない振りをしていた感情が溢れてくる。


「何でお前はそこまで自分をないがしろにするんだよ! 俺のためって……俺はそんなこと頼んでない! お前ほどの力があるなら、逃げれば良かっただろうが! それこそカナリアを連れて二人で、どこか安全な場所に!」

「……メテオラがある以上、逃げることは出来ない」

「そんなことは分かっている!」


 転移で好きなところに行ける以上、この代理戦争からは逃げられない。しかし……そうじゃない。そうじゃないんだ。俺の言いたいことはそんなことじゃない。


「何でお前はそんなことをする? 何でそんな自分を殺すような生き方を……」

「貴方にだけは言われたくない」


 ぴしゃりと、どこか怒った風に告げるアネモネ。

 確かに、俺だって似たようなことをしてきたから、言う資格なんてないのかもしれない。だが、それでも言わずにはいられなかった。


「何でそんなことをするんだよ……アネモネ」

「…………」


 アネモネはため息をついて、口を開く。


「私は一本の刀だった」

「だから、そんなことはないだろってさっきも……」

「違う」


 俺の言葉を遮って、アネモネはこちらに向かい合い、その言葉を告げた。


「これは私の前世の話」


 それはアネモネが今まで一度も語ることの無かった彼女の話。

 前世の血塗られた、真実の物語だった。

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