「決戦」
「今回、俺とクリスが第一陣の最前線を支える。抜かるなよ」
昨日の事件がまるでなかったかのように凛とした態度でレオナルドは俺にそう言った。リーアルの村がすでに視界に入る森の中、俺とレオナルドは部隊の最前列に身をおいていた。
「俺は構わないが……レオはいいのかよ。お前は隊長だ。お前が死んだら指揮系統がめちゃくちゃだぞ」
「指揮はそもそもエスターの管轄だ。俺は一兵士として特攻かますのが仕事」
「……それで良く隊長職に就けたな」
大将自ら最前線に突撃するなんて通常の兵法から考えれば在り得ない。
しかし……コイツの場合はまた別なのだろう。
「俺は死なねぇ。それはお前も良く知ってんだろ」
そう、レオナルドは死なない。
魔術も、刀も、レオナルドには通用しなかった。どういう原理なのか、何となく察してはいるが、その能力がある以上レオナルドに傷をつけることは不可能だ。
そんな特殊な能力の持ち主だからこそ、最前線で踏ん張ることに価値がある。誰もが二の足を踏む一番の危険地帯に率先して突っ込む男……じゃなくて女がいるのだ。しかもそれが自分たちの隊長となればなおさら。味方を鼓舞するための存在として、これ以上のものはないだろう。
「…………」
だが、こいつの能力が俺の思っている通りなのだとしたら……その能力には限界がある。魔力量という、絶対的な底があるのだ。俺の密かな心配に、全く気付く様子もなくレオナルドが口を開く。
「何だ? 緊張してんのか?」
「……まあな」
レオナルドの言葉に、俺は素直に頷く。
実際少し緊張していた。
アダムを殺し、ヴォイドを止めることが出来れば、この戦争は終わる。
帝国と王国の無意味な争いに、仲間を巻き込まなくてすむ。そう思えば思うほどに、肩に力が入ってしまうのだ。
「……リラックスしろってのも難しいだろうけどよ、これだけは覚えておけ。自分に出来ないことをやろうと思うな。戦場では無茶した奴から死んでいく」
「何だそれ? 戦争なんて無茶の塊だろうが」
「まあな。だから少しでも生きて帰れる可能性を上げろってこと」
生きて帰るれる可能性、ねえ。
「……頭の片隅くらいには置いとく」
「片隅かよ」
「ああ、どうせ俺が死ぬわけないしな」
「ははっ、そんだけ強気なら大丈夫そうだな」
レオナルドも俺の能力については知っているだろうに、俺の言葉を強気と言って立ち上がった。
そろそろ出発するということなのだろう。俺も続くように腰を上げる。
「気張れよ、クリス。この戦場を最後の戦場にする」
「ああ、勿論だ」
これ以上、誰も傷つけさせない。
俺はその為にここまで来たのだから。
「……出撃だ」
絶対に、ここで終わらせる。
俺はレオナルドに頷いて、そして同時に戦場に向け、駆け出した。
俺とレオナルド。
二人の不死者が同じ誓いを胸に宿した瞬間だった。
剣が絡まる、魔術が飛び交う。
怒号が轟く、怨嗟が響く。
生者がその数を減らし、死者がその骸を重ねる戦場を、俺はレオナルドと共に駆けていた。敵の兵の相手は極力後続の帝国兵に任せて、俺達は撹乱と同時に敵大将の探査を行っている。
頭上を飛び交う魔術と弓の嵐に、俺は内心冷や冷やしながらレオナルドの背を追う。すでに権能は展開しているから、攻撃を食らっても死んだりすることはない。
ないが……それでもこれだけの規模の戦場に立つのは初めてのことだったから、つい過剰に反応してしまう。後ろから突然刺されはしないか、頭上から弓が降っては来ないか、そこに倒れる兵士が突然起き上がり、襲い掛かってきはしないかと。
「クリス! 足を止めるな!」
他に気を取られたせいで少し速度が落ちていた。俺は離れてしまったレオナルドの背を慌てて追う。
前方を走るレオナルドは周囲の兵を蹴散らしていた。拳を振るたびその豪腕が空気を弾き、兵士を絶命させていく。
俺も……いつまでも付いていくだけではいけない。
意識を深く、深く沈めていく。
後悔も、不安も、悔恨も、全て後回し。今は今だけに集中する。
「……よし」
そうして意識を切り替えたときには、俺は完成していた。
近づいてきた兵を腰に差した刀を抜きざまに、一閃!
白刃が宙を這い、その兵士の首を刈り取った。勢い吹き飛ぶ首と、上がる血しぶき。こうして使うのは初めてだったが、彼女に作ってもらった花一華はとんでもない切れ味を持っていた。
まるで紙でも切ったかのように、何の抵抗もなく男の肉と骨を絶ったのだ。これなら……まだ、いけそうだ。
ちらり、と。一瞬頭を過ぎった少女の影を振り払い、俺は前を向く。
体を統率する脳を失ったことで、その胴体を地面にぶつける兵士を尻目に、俺は再び駆ける。時折同じように、兵士を切り、魔術で焼き、体術で組みふして。
ある種のルーチンとなった作業を俺は繰り返し、深部へと向かい続ける。
すでに刃は血でべったりだ。今のところ大丈夫そうだが、そのうち切れ味が落ちないかだけが気がかりだった。
「クリス、こっちだ!」
レオナルドの声に従い、俺は続く形でとある民家に忍び込む。当然追っ手が迫るが、レオナルドは家具を倒して扉を塞ぐと、二階に向けて走り出す。
一段飛ばしに駆け上がった二階の窓、レオナルドはそこから身を乗り出して屋上へと身を移す。続く形で俺も屋外へと移り、屋根から屋根へと移動する。
これなら追っ手もすぐには来れないだろう。
「クリス!」
レオナルドの声が響く。
急停止した俺達を待っていたのは……
「ようきたのう……クリス」
ヴォイドと、アネモネだった。
形としては二対二。お互いの大将がこの場に揃っている。緊迫した空気の中、最初に口を開いたのはヴォイドだった。
「久しぶり……でもないかのう。鋼の男と組むとはいよいよもって本気と考えていいのか?」
俺に向けられた問い。
曖昧な言葉だが、ヴォイドが何を問おうとしているのかははっきりと分かった。つまり、ヴォイドは「俺の敵になるのか?」と、聞いているのだ。
俺はその問いに対する答えとして、刀の切っ先を真っ直ぐにヴォイドに向けた。事ここに至り、言葉など不要。俺はもう選んだのだから。
物事は全て優先順位によって決まっている。俺にとって、ヴォイドはその程度の存在だったというだけのこと。
そして……それはヴォイドにしてみても同じこと。
「そちらさんもやる気満々みたいやし……アネモネ、始めるぞ」
すっ、と細められた瞳に、殺意を感じ取る。
戦い、傷つき、サラが死んだ。
これ以上、犠牲を出さないために……ここで終わらせる。
「役者は揃った! ここが今回の戦争の天王山! 派手にかますとしようや!」
四人のうち、三人が転生者。
そんな戦場の開幕は、三人の祝詞から始まった。
《星は永久に輝き、刹那に流れ堕ちる。人の命も同じなら。決して忘れはしないだろう──愛しい人よ、どうか貴方の為に死なせて欲しい──》
俺の体を包むのは白色のメテオラ。
永遠の理を目指し、光が包む。
《誰も彼にも分からない。何を望み、求むるべきか。生れ落ちたそのときから、問いは今にも続いている──朽ちろ、滅べ。私達はその為にこそ生まれたのだから──》
アネモネの体を包むのは無色のメテオラ。
拒絶の理を発現し、周囲を歪ませる。
《神を名乗りし者共よ、貴様を殺す槍を見ろ──紅蓮の業火よ、神の威光を焼き払え──》
ヴォイドの体を包むのは紅蓮のメテオラ。
神殺しの理を宿し、崩壊の序章を紡ぎだす。
そうして……
《──卑欲連理・永久に続く物語》
《──卑欲連理・絶対領域》
《──卑欲連理・神を殺す者》
此処に、三つの極点が顕現した。




